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コンテンツプロバイダー探訪

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建物最寄りまで案内するゼンリン「いつもNAVI」の工夫とは

 “地図”をキーにさまざまな情報コンテンツを展開するゼンリン。その子会社のゼンリンデータコムが提供しているスマートフォン向けナビゲーションアプリ「いつもNAVI」が、2013年2月にバージョンアップした。

 このバージョンアップにより、新たに建物や施設の最寄りまで案内することが可能になったが、その背景には、ゼンリンの保有する膨大な地図データが寄与していることは想像に難くない。より正確なナビゲーションと高度なユーザビリティーを実現するアプリの開発にあたり、どのような工夫や苦労があったのか、ゼンリンデータコム IT・ITS本部の上野弘貴氏と、同開発本部の小野寺宜宏氏の両名にお話を伺い、「いつもNAVI」の秘密に迫った。

上野弘貴氏
小野寺宜宏氏

1日約1000人の実地調査で作られるゼンリンの地図データ

――2013年2月にバージョンアップしたAndroid版「いつもNAVI」の新機能について教えていただけますでしょうか。

上野氏
 弊社では、徒歩や自動車などで使えるナビアプリの「いつもNAVI」を、KDDIとソフトバンクモバイルのAndroid端末とiOS端末に提供していて、ドコモのAndroid端末には「ドコモ地図ナビ powered by いつもNAVI」としても提供しています。2月のバージョンアップでは、このうちAndroid端末向けの「いつもNAVI」と、「ドコモ地図ナビ」で、従来の“目的地付近”ではなく、まさに目的地の建物入口の最寄りまでナビゲーションできるようになりました。

――これまでは、実際の建物や施設の入口とは異なる場所や、離れた場所に案内されることがありましたね。

上野氏
 たとえば、建物を目的地としてルート検索したときに、ぐるっと回り込んだクルマの通行できない建物の裏などに案内されてしまうケースがありました。新しいバージョンでは、これが解消されています。以前の「いつもNAVI」や他社のナビアプリでは、多くの場合、指定した目的地から一番近くの道路で案内が終了してしまうのですが、新しい「いつもNAVI」では建物や施設の入口を正しく判断して、可能な限りその近くまで案内します。

現在の「いつもNAVI」。きちんと入口に案内される
以前の「いつもNAVI」。クルマでは進入できない裏側に案内されていた
Googleの「ナビ」アプリでのルート
他社のナビアプリでのルート

――なぜそういったことが可能になったのでしょうか。

上野氏
 我々は、親会社のゼンリンのデータを活用して、インターネットやアプリを使った地図サービスを行っています。今回のバージョンアップで実現した入口まで案内する機能を実現するにあたっては、その地図データに依存するところが大きい、という部分がポイントになります。

 この機能を実現するためのデータは「Door to Doorコンテンツ」と呼んでいます。将来的には、まさに建物のドアまで案内したい、という思いからネーミングしているのですが、これについて3つの大きな取り組みをしているんです。

 まず1つ目は、細い道までカバーした道路データの拡充です。ゼンリンには「住宅地図」というものがありますけれども、それをベースにデータを整備しています。2つ目は、細い道に一方通行、進入禁止、右左折禁止といったさまざまな規制が設定されていることがありますので、それらも考慮したこと。3つ目は、建物や施設の“到着地点データ”の整備です。この3つが合わさって、初めて入口までの案内を実現できるのです。

――具体的にはそれぞれでどのような活動をされたのですか。

上野氏
 まず1つ目の道路データの拡充についてご説明しますと、ゼンリンの道路地図データは大元をたどると縮尺が2万5000分の1の地形図で作成されているんですね。これは、細い道路までは整備できていません。

 通常、ナビアプリでルート探索を行うと、ロジックとしては、わかりやすく言うと指定した目的地のポイントを中心にらせん状に検索して一番近い道路を見つけるという処理になるんです。で、見つかった道路が目的地に一番近い場所であるとして案内終了地点に設定し、出発地点からのルートを引きます。しかし、実は現地には地形図に書かれていない細い道路も存在しています。そういった細い道路を整備したゼンリンの住宅地図を用いることによって、目的地のより近くにたどり着けるルートを案内できるようになるわけです。

 地形図は2万5000分の1で作成されていて、住宅地図は2500分の1ですので、精度に10倍の違いがあります。住宅地図データの精度に合わせると、地形図のズレは拡大するほど顕著になります。それを補正する作業というのも行います。このズレは、将来的に自動車の自動運転などにデータが使われるとすれば、致命的なレベルですから。

調査員が目視でデータを集めて行く

――住宅地図の作成自体は自動化されているのでしょうか。

上野氏
 すべて目視による手動作成です。実際にその場所を練り歩いて調査し、手で描画していきます。その調査の際には、一方通行などの基本的な規制情報も拾っています。

 これで、細い道路の整備とズレの補正、一方通行かどうかなどもデータ化できます。が、これだけでは足りなくて、さらに現地に別の道路規制に関する調査が入ります。住宅地図の調査では、調査スタッフが現地を歩いて、建物の形状や表札の名前などを確認しているんですけども、道路規制に関する調査は、カメラを積んだ自動車で撮影しながら走行して、その映像を見てデータを作成します。

 そのときにチェックするのは交通標識です。住宅地図上では通行できるような道に見えているけれども、現地に行くと実は通れないということもあったりします。さらに時間規制の有無も調べます。地図には載っていないポールなどが立った“状況的通行止”のように、道路はあっても入れない場所など、現地におけるクルマの走行に役立つあらゆる情報を取得して、地図データに反映しているとお考えください。

 そして最後が、建物や施設の“到着地点データ”の整備です。住所検索などで目的地に建物を指定した場合、その建物の場所が目的地として設定されて、ルート検索すると、先ほど申し上げたようにらせん状に周囲を探索し、一番近くにある道路をナビゲーションの終了地点にしてルートを引きます。でも、その地点が必ずしも目的地にたどり着ける場所とは限らないんですね。目的地との間に障害物があったり、通れる道がなくて結局遠回りしなければならなかったりすることもあります。どんなに細い道路を追加したり、規制情報をデータとして整備しても、この問題は解消できません。

 きちんと指定した目的地にたどり着けるよう、その建物に入れる道路はどこにあるか、という点を実地調査します。クルマによる走行調査ではなく、練り歩いての調査です。目的地の建物の緯度・経度と、建物に入れる道路地点の緯度・経度をひもづける形でデータ化していきます。そうすることで、大きな建物や公園等の施設だけでなく、個人宅であっても、正確なナビができるようになっています。

――現地の実地調査はどんな方法で行われているのですか。

上野氏
 現地調査は、1日当たり約1000人が歩いて行っています。具体的な手順としては、建物の名前や入口の場所を調べて、調査スタッフが持っている紙の図面上で1軒1軒、入口から最も近い通路に線を引いていきます。そうやって得られた紙の情報を、今度はコンピューターのシステム上でも同じように手動で線を引いて写していきます。最終的にはロジックでその通路に近いクルマの通行可能な道路にひもづけられます。こうすることで、多数の住宅が密集している細い通路しかない地域でも、個別の住宅を目的地として設定したときに、クルマで到達可能な最も目的地に近い道路がナビの案内終了地点に設定されるようになるんです。

――そういったデータ整備がなされている建物・施設は何カ所くらいになるのでしょう。

上野氏
 現在のところ政令指定都市と県庁所在地にある約1100万棟となっています。全国はまだ整備できておらず、順次拡大しているという状況です。このデータ整備はゼンリンの住宅地図の調査と合わせて行われていまして、2010年からスタートした「Door to Doorプロジェクト」の一環としての活動となっています。ですので、およそ3年間ほどかけた調査結果が、今回のバージョンアップに反映されていることになります。

 ちなみに、全国のデータ整備は2015年度を予定しています。伊豆諸島の一部や北海道の人が住んでいない場所を除いた住宅地図を対象にしていまして、国内の99%以上を網羅することになる予定です。

――スマートフォンの場合、地図画面を操作して任意の地点を目的地として設定することも多いと思います。そういった場合でも問題なく建物の入口が案内されるのでしょうか。

上野氏
 たとえば建物の隅を目的地に設定したときは、正しくその建物の入口にひもづけられない可能性はあります。建物を中心にした円の範囲で認識しているようなイメージですので。

 認識する範囲を広げようという話もあったのですが、「目的地を地図上で指定したユーザーは、絶対にそこへ行きたい人である」という意見もあって、認識範囲を広げてしまうと本当にユーザーの行きたい地点を選べなくなってしまう、という問題も出てきてしまうんです。悩んだのですが、今はあえてその範囲を狭くしています。建物の形などを考慮して処理するなど、利用者の反応を見ながら調整していこうと考えています。

――ナビアプリの分野は競争の激しいジャンルですが、その中でも御社の強みはどこにあると考えていますか。

上野氏
 やっぱり、きめ細やかな地図を使ったきめ細やかな機能、に尽きると思います。今回の入口までのナビゲーションについても、ゼンリンという会社が親会社であるからこそ、他社に先行してできたことです。何かをやりたいときにデータを作ることができる、というのは非常に強い部分かと思います。今あるものを料理するのはもちろん、今ないものでも考えて作ることができるわけですから。

 他社では航空地図などをベースにしていて現地に行っていない場合もあるようですが、当社はすべてのデータが現地調査に基づいていて、建て替えなどで建物の形が変わっても、すぐに対応できる点も大きい。もちろん、ユーザーインターフェースの改善も他社製品と比較しながら向上させていたりしますし、それとプラスして地図データをもとに新しいことにチャレンジし続けています。

――基本的には自動車用としてデータを整備しているようですが、歩行者や自転車用のデータはどのようになっていますか。

上野氏
 データの枠としては歩行者用の地下街や横断歩道、歩道橋などの情報もあるので、おいおい歩行者と自動車とで異なる地点に案内させるといったこともできるようにする計画です。

 サイクリングロードの情報はすでに整備しています。自転車の通行できない高速道路ですとか、レインボーブリッジなどは案内しないようになっています。

 ただ、ナビゲーションの善し悪しを決めるのは、こういった細かい部分の積み重ねなんですよね。地味ですけれども、コツコツ続けていくことによってより良いサービスを目指していきたいと考えています。

新OSには積極的に対応、NFC連携も検討を進める

――フィーチャーフォン版やiOS版、新しいTizenやFirefox OSなど、その他のプラットフォームに対応する予定はありますか。

上野氏
 フィーチャーフォンに関しては、ドコモのiアプリではすでに対応しています。iOS版は今期中、秋口には対応する予定です。Androidの新しい端末を含め、これから出てくる端末やOSプラットフォームについても、すべて対応していきます。

――Webサービスにおいては、HTML5も意識せざるを得ない状況になりつつあります。

上野氏
 HTML5についてはすでに研究を始めています。ただ、ナビゲーションに耐えられるサービスかというと、現状ではまだそこまでいっていないですね。機種によって挙動にすごくばらつきがあるようです。Webコンテンツだから1個作ればあらゆるWebブラウザーやプラットフォームに対応できるとか、そういう状況ではないというのが実態で、そのへんにどう対処するかが悩みどころではあります。

 たとえばGPSを連続して取得していたらなぜか処理が止まってしまう、といった問題もありました。Webブラウザーを介した場合にしっかりナビゲーションできるようになるのか、引き続き研究を進めていきます。

――位置情報とSNSとを連携するサービスなども出始めています。そういったソーシャル機能に関してはどのようなアプローチをお考えですか。

上野氏
 今のところ、我々のサービスからFacebookに投稿するという機能はあります。その一方で、他社のSNSサービスに地図などを提供して、そのサービスの部品として使ってもらうような活動もしています。また、そのサービス内でルート検索したくなったときに「いつもNAVI」を呼び出すといった連携も進めています。

 今のところ、我々のサービスの中にSNS的な機能を組み込むことはしていません。昔、「地図トーク」という機能をドコモのiアプリで提供したことがありました。利用者が5人までのグループを作ってお互いの位置を共有したり、おしゃべりできたり、というものだったのですが、全然流行らなかった(笑)。Google Latitudeに似ていて、今ならアリなんじゃないかと感じてはいるんですが、日常的に使わせる何らかのギミックがないと継続的に使っていただけないので、そこを考えるのが非常に難しいですね。

――車載カーナビとの競合については意識されていますか。

上野氏
 まず、携帯電話のアプリですので、助手席向けであるということから、直接的な競合にはならないという認識です。

 ただ、車載のカーナビというと、少し前までは高級路線の機種と下位のPND(ポータブルナビゲーションデバイス)というものに大きく分かれていて、今はそのPNDがスマートフォンのナビアプリに置き換わっているように感じています。高級車に乗っている人は車載の高級カーナビを使うのだと思いますが、そういう人たちも、家の中でもルート検索などができるということで利用されている場合もあるのではないでしょうか。

 最近ではスマートフォンで表示している内容を車載ディスプレイに転送する、という使われ方も現れ始めました。ナビ機能はないがディスプレイは車載している、というパターンも多くなってくるでしょう。スマートフォンのナビ画面を車載ディスプレイに映し出すといった使い方が今後は増えてくるだろうなと思います。

――NFCと連携して簡単に目的地を設定できるような機能や、窓の風景とともに楽しめるようなガイド機能なども楽しそうです。

上野氏
 まだ予定にはありませんが、NFC連携はやりたいですね。NFCと連携した機能を実現する場合、SNSなどのコミュニケーション機能も活用しないと広がりが生まれなさそうなところもあって、まだこれというアイデアがつかみきれていませんが。

――最後に、「いつもNAVI」のおすすめの便利な使い方があればぜひ教えてください。

上野氏
 「いつもNAVI」はWeb版もありますので、PCで調べ物をして目的地やルートを登録しておき、後からスマートフォンで呼び出す、という使い方は自分自身よくしています。あと、アプリであらかじめルート検索しておいて、一旦そこでアプリを終了させて、出かけるときにアプリを起動すると、ナビゲーションをすぐに再開できるというテクニックもあります。乗車してから目的地を設定する、という手間がなくなるので、おすすめですよ。

――本日はありがとうございました。

日沼諭史