【Mobile World Congress 2014】

海外向けらくらくスマホの手応え、国内の状況――富士通に聞く

 日本企業があまり目立っていない「Mobile World Congress 2014」。そのなかで富士通は、会場の中央通路に近い、比較的よい場所にブースを構え、多くの来場者を集めていた。

 富士通がどのような流れでMobile World Congressに出展しているのか。富士通のスマートフォン事業の海外展開について、富士通のユビキタスビジネス戦略本部 プロモーション統括部 統括部長の土井敬介氏に聞いた。

――富士通がMobile World Congress(MWC)に出展する狙いは?


土井氏
 富士通としてMWCに出展するのは4回目になります。出展の目的は当初からひとつで、とにかくケータイ・スマートフォンのビジネスを富士通として海外で展開していくことになります。始めた当初は海外のオペレーターとの具体的な接点が何もない状態で、とにかく国内のフラッグシップモデルも含めて展示して、防水など、得意の技術を来場者に見てもらおう、と考えました。本当の狙いはオペレーター(通信事業者)ですが、そこを軸にしています。ここは4年間、変わっていません。

 昨年(2013年)、タイミングよくOrange(フランステレコムのブランド名)との商談があり、ブースのディスプレイもOrange風にしたりしました。富士通がついにシニア向け端末「STYLISTIC S01」で海外進出を果たしました。

 STYLISTICを発売したのは昨年6月なので、まだ1年経っていませんし、出荷数も国内に比べると少ないのですが、着実にお客さんを掴み、Orangeでのシニア市場を開拓しています。今年はその実績を踏まえ、Orangeグループを大切にしつつ、新たなオペレーターを見つけることを軸として行こうと考えています。そこで今回のブースでも、シニア向けスマートフォンの商談の推進にフォーカスした展示をしています。

Windowsタブレットの存在感が増す

土井氏
 STYLISTIC以外のところでは、去年は“刺身のツマ”のようだったタブレットやパソコンについて、展示比率を増やしています。去年と状況がだいぶ違うところとして、Windowsタブレットが法人のいろいろなシーンで、ワークスタイル変革のキーワードとして普及する兆しを見せています。パソコンとタブレットはもともとグローバルにやってきているので、ブースの真ん中あたりに法人向けのWindowsパソコンとタブレットを並べ、静脈認証などのソリューションを展示しています。MWCの場で法人のお客さまと商談ができるかはわからないのですが、われわれの狙いとしては、各企業のIT部門のキーパーソンにアプローチして商談に繋げたいと考えています。

 毎年やっている先進技術の展示もあります。富士通が元々持っているヒューマンセントリック技術、タッチやウェアラブルとかの展示です。こちらは各製品の商談のために、技術的なバックグラウンドを見てもらうことを目的としています。

他社も「防水」「指紋認証」を搭載する中での強み

――今回、サムスンが「GALAXY S5」で防水と指紋認証に対応しました。どちらも富士通の得意分野です。昨年はアップルが「iPhone 5s」で指紋認証を導入しています。そういったグローバル市場の変化に際し、改めて富士通のスマートフォンの武器はどこにあるのでしょうか。

土井氏
 グローバルで行けば、コンシューマー向けはシニアに絞りましたので、いまさら日本国内で販売している「ARROWS」を(海外で)買ってもらう活動を必死になってやるつもりはありません。もちろん、向こうから欲しいと言われれば、拒むつもりはありませんが。

 そういった市場ではグローバルベンダーがすぐに追いついてきます。そこで消耗戦をしてしまうと、ボリュームがあり、コスト競争力のあるグローバルベンダーに対しては勝ち目がありません。そこだけをやっても仕方がないので、富士通にとって強みである、10年以上培ったシニア向けの技術を武器にしたいと考えています。

 うまくプロモーションされると、シニア向けスマートフォンは同じように見えてしまいますが、実際には中で使われている技術の蓄積はぜんぜん違います。そこにアプローチしないといけません。富士通はお金と時間をかけ、数百万人のユーザーの声をフィードバックし、らくらくホンシリーズの改善に努めてきました。本当にきめ細かなところまで手を付け、製品をよくしています。この部分は、簡単に追いつけないと思っています。グローバルベンダーでも、お金をかけるだけで追いつけるものではありません。ここはしっかりポジションを確保したいです。

 あとは法人向け分野で、富士通の持っているICT技術でお客さまの環境を改善したいと考えています。いよいよタブレットとスマートフォンが当たり前になってきました。ウェアラブルも同様です。企業を切り口に、より入り込んで行こうと考えています。たまたま今年に入ってすぐに、ドコモから法人向けスマートフォン(F-04F)が発売されましたが、ああいった製品が増えていくでしょうね。

――海外ではコンシューマー向けにシニア端末を展開し、あとは法人向け、と。

土井氏
 もちろん国内ではフラッグシップモデルに手を抜かずやっていきます。戦いを挑むところは変わりません。シニアに絞るのはあくまでも日本以外での話です。

地道な種まき

――らくらくスマートフォンが海外進出を果たし、日本と違った反響はあったのでしょうか。

土井氏
 日本で2001年にらくらくホンをだしたとき、当時買ったお客さまは、ほとんどがケータイは初めてという方でした。今回フランスでスマートフォンとして発売したわけですが、フランスのお客さまとして想定している人は、すでにケータイを持っている人、へたをすればスマートフォンを使っている人になります。ベースとなるところがまず違っています。

 また、日本では「らくらく」というブランドが確立していますが、フランスではそれがありません。日本だと同じ「らくらく」だけど、スマートフォンになって何が違うの、というのが課題になっているところがあります。スマートフォンのメリットがしっかりと、買う前のお客さまにも、買った後のお客さまにも十分に伝わっていないと考えています。

――日本のらくらくスマートフォンの通常モデルはGoogleの標準アプリがインストールされず、Googleアカウントが使えないようになっていましたが、海外のモデルは最初から対応しています。この違いはなぜなのでしょうか。

土井氏
 海外ではスマートフォンなのにアプリがダウンロードできないとなると、市場から「なにそれ」という反応になってしまいます。

 一方、日本の場合、らくらくホンのイメージを踏襲したとき、アプリがダウンロードできないことがネガティブな要素にならないと考えました。「らくらく」ならシニアが安心して使えるというブランドイメージがあります。また、料金プランも「らくらく」だけ異なるので、そこは受け入れられるだろうな、と。

 しかし、らくらくスマートフォンでもアプリをダウンロードしたい、というような声もありましたので、その後、Google Playに対応した「らくらくスマートフォン プレミアム」も投入しました。そちらは出してみて、最初は売れたのですが、そのあとは少し苦戦しています。

STYLISTICの展示

――STYLISTICも普通のAndroid端末とは操作の仕方がだいぶ違います。このあたりは受け入れられたのでしょうか。

土井氏
 フランスでSTYLISTICを出す前に、調査会社にお願いして、実際に55歳以上の人たちに集まってもらい、色の変わるボタンとか押し込むタッチパネルとかを体験してもらいました。同時に普通のスマートフォンも触ってもらい、「どうですか」とインタビューをしました。

 そこでSTYLISTICのタッチパネルはよすぎるくらいの反応をいただきました。「これが出れば使うよ」と。ただ難しいと感じたのは、ちゃんと説明する人がいて、使ってもらって、それで初めて良さがおわかりいただけるということです。ちゃんと説明をして販売したときとそうでないときで、買った後の満足度がかなり違っています。

 販売店でしっかり説明を行うために、もともとOrangeはフランスで1000店舗ほど展開されているのですが、説明やサポートができる250店舗の直営店だけに絞り、STYLICTICを展開しています。取り扱い店舗数が少ない分、販売数も少ないですが、そこはあまり気にしません。日本だって最初は苦労しました。フランスでも出した年からいきなり売れるとは思っていません。STYLISTICの本当の価値をお客さまに浸透させることから焦らずじっくりとやっていって、満足してもらい、口コミで広まっていくことを期待しています。説明不十分で買われて、悪いイメージが先行してしまうと火が消えてしまうかも知れないので、そうならないように新調に展開しています。

――日本だとNTTドコモがシニア向けの電話教室を開催しています。そういった取り組みはOrangeでも実施されているのでしょうか。

土井氏
 われわれも日本でらくらくホンが浸透した大きなポイントは、その教室にあると思っています。だからフランスでも、と思い、委託できる企業などを探したのですが、なかなかそこに至っていません。

 フランスでは地域ごとにコミュニティがあり、そこでシニア層が何をしているかと聞けば、食事をしたり、ビンゴパーティをしたりしているそうです。そこで、そういったところで教室を実施しました。

 Orangeには、基本的にショップ内で教室をやるという前例がないようです。しかし富士通はフランスではそういった基盤がありませんし、なかなかうまくいっていません。

 ですので、Orangeの店舗の軒先を借り、Orange Welcome Dayという施策をやっています。ショップ近辺に住んでいるOrange契約者にダイレクトメールを出し、STYLISTICの体験会を告知して、そこでスタッフが説明しています。

 日本ではケータイショップは“端末のお店”というイメージですが、こちらでは基本的に契約の窓口です。ですから、普通に来店された方には反応がよくありません。放っておくと売りにくい状態です。しかし、Welcome Dayのようなことをすると、時間も手間もかかるのですが、「いいよね」と納得して買ってくれるお客さまがいます。

 まだ種まきの段階です。地道に頑張ってやっていけば、1年後、2年後に、まいた種が芽を出し、使って満足している人たちの口コミで広がっていけば、と考えています。焦っていないのはそういう背景があります。焦ってとにかく数だけ売って、「日本の端末はダメだ」と思われないようにしたいと考えています。

フランス以外での展開

――ほかの欧州各国への展開は?

土井氏
 まずはOrangeグループでの展開を狙っていきたいと考えています。その次に、Orangeが入っていない国です。しかし、そうなるにはまず実績が必要ですね。実績がないとなかなか振り向いてもらえません。ほかのオペレーターに「実績はどうなの?」と聞かれても、いまのようなトーンだと、積極的になってもらえません。まず先にOrangeで実績を作ります。国を広げることだけをやっても仕方ないと考えています。

――欧州以外、たとえばアジアへの展開は?

土井氏
 反響という点では、特別にアジアのオペレーターから何か言われているわけではありません。アジアはまだシニア層の人口比率が高くないので、そういったところではシニア向けスマホに感心が示されないという状況です。一方、フランスはシニア層が多く、日本に近い状況です。そういった意味で、STYLISTICはフランスに向いた端末でした。

苦しい状況、それでも

――国内の話題に戻ります。昨年冬からau向けモデルが復活し、3キャリア体制となりました。この狙いは?

土井氏
 外からはそう見えるかも知れませんが、われわれとしては「今回はauはやらない」とかそんな偉そうなことは言えません。毎回、手を挙げているのですが、我々の力不足で、なかなか指名してもらえないというだけです。「いいね」となり、採用されればやるだけです。

 iPhoneがNTTドコモにも入ってきたおかげで、Android全体のボリュームが減っています。少しずつ挽回し始めているのですが、“iPhone以前の状態”に戻ることはないでしょう。数は見込めない状況です。そこで複数のオペレーターに、同じベースの端末を提供する方針です。特定のキャリア向けに開発費をつぎ込めば採用されやすくなりますが、数が見込めない状況でそれをやるのは、なかなか大変です。

――今回のMobile World Congressでは、さまざまなプラットフォームがローエンドもやります、といった説明をしています。

土井氏
 いまのところは考えていないですね。ボリュームを増やすために価格を下げる、というような土俵には行きません。そっちに行くと長続きしないと思っています。上り坂で苦しいけど先のある道を選ぶ、という感じですかね。

――苦しいところですよね。

土井氏
 苦しいですね。決算などでご覧いただけますが、昨年はモバイルフォン事業設立以来、最大の危機の年でしたから。

――今後、力を入れていきたいところは?

土井氏
 一般コンシューマー向けは基本を変えず、フラッグシップでスペックや機能を磨き、お客さまに受け入れていただけるところをやっていきたいです。一方でスマートフォンの価値が届いていないところは、サービスでてこ入れします。

 出荷数は、ピーク時には年間800万台といった形でしたが、工場の集約などで、300万台レベルでも利益がでる体制にして、良いものを提供できることを目指しています。

 あとは法人のところでも、いろいろと手を打っています。また、富士通全体で打ち出している“ヒューマンセントリック・インテリジェントソサエティ”として、富士通が実現する社会の基盤としてのスマートフォンやタブレットをどのように展開するかをしっかりやっていきたいと考えています。

――本日はお忙しいところ、ありがとうございました。

白根 雅彦