フューチャー・プラットフォームズのヒューム氏に聞く

英国のモバイルコンテンツ最新事情


 着うた、待受画像、きせかえ素材、電子書籍などさまざまなコンテンツが流通する日本のケータイ市場。そのラインアップの幅広さには驚かされるばかりだが、一方で海外市場への展開は成功しているとは言い難い。

 しかしヨーロッパでも3Gによる高速通信サービスが徐々にではあるものの進展。アップルのiPhoneやGoogle主導で開発が進むAndroidなど、国際的に販売されるスマートフォンでは独自のアプリストアを用意しており、日本企業による海外進出の道に光明がさしはじめている。

 今回インタビューに応じてくれたのは駐日英国大使館主催のモバイルコンテンツセミナーのために来日した英フューチャー・プラットフォームズ社の社長、トム・ヒューム氏。現地のモバイルコンテンツ最新事情とともに、日本企業の英国進出の可能性について伺った。

英国市場は月額課金が不人気?

英フューチャー・プラットフォームズ社の社長、トム・ヒューム氏

 ヒューム氏はまず英国におけるモバイルコンテンツの販売動向を説明。「6500万の英国民に対し、携帯電話契約数は7500万件。普及率は約124%に達する。販売されているコンテンツは着信メロディやロゴ(待受画像)が中心だ」という。

 課金についてはここ10年ほどの期間で、「プレミアムSMS」と呼ばれるシステムが浸透。通常のSMSとは異なるメールを事業者に送り、その返信メールにコンテンツが添付されている仕組みだ。この仕組みだとWebブラウザを使わずにコンテンツを購入することもできる。料金は月ごとの通話料金と一括請求されるか、プリペイド契約の端末からもクレジットカードを併用することで決済できる。

 クレジットカードを持たない若年世代でも使えるプレミアムSMSだが、コンテンツの単品購入には適しているものの、サイト閲覧権などを購入する形態には向いていない。ページ離脱時にプレミアムSMSを送信するとなると、ページ遷移などの際の手間が増えてしまうからだ。これらの対処として「PayForIt」という決済システムも英国では人気があるという。

 日本におけるコンテンツ販売の形態といえば、現在でもなお自動更新の月額型課金が中心だ。ユーザーが意図的に解約するまでの期間、1契約あたり月300~500円前後の売上が継続的にもたらされるため、コンテンツプロバイダーの財務には非常に効果的だったとされる。

 一方、英国ではコンテンツダウンロードごとに料金を課金する、“買い切り”的な販売が中心だ。ヒューム氏は「月額課金は英国でも利用されている。しかし未使用サービス(課金された分の権利を使い切れない場合など)に対して請求するのはフェアではないという考えもある」という例を提示。規制にまつわる英国内スキャンダルの影響で、月額課金に対する消費者の信頼感が薄らいでいるとも説明する。

 iモードの海外進出が不人気に終わった理由として、月額課金制にもその一端があったと分析するヒューム氏。とはいえ「月額課金で成功しているサービスももちろんあるため、コンテンツの提供形態に応じた課金方法を考えることが一番大事」と話す。着メロを配信する場合は1カ月300円で10曲ダウンロード可能にするのではなく、1曲ごとに30円で販売するといった柔軟な対応も必要になるだろう。

 月額課金制を採用する場合は「ユーザーが解約したいと思ったときに手続きできるわかりやすい仕組み、たとえば特定の電話番号に発信するだけで解約できるといったシステムを盛り込まなければ」とユーザー保護の必要性をヒューム氏は強調している。

SNSやアプリに注目集まる~ロンドン五輪も大きなトピック

 近年、人気を集めているのがモバイル向けのSNSだ。携帯電話向けWebサイトを利用するユーザーのうち23%がSNSにアクセスしているという統計があり、これは米国をも上回る状況という。前年比でも250%増と、まさに市場の立ち上がりの最中といっていいだろう。

 日本国内ではSNSを出会い系サイトに転用される恐れから、業界団体による自主規制、フィルタリング義務化などが昨今の話題となっている。英国でも同様の危惧はあるものの、現在は各業者が自主的な安全策を講じている段階で、英Ofcom(情報通信庁)による法的規制までには至っていないとヒューム氏は補足した。

 またヒューム氏は「iPhone登場を契機に、アプリへの関心が再び高まっている」とも解説する。「従来はアプリを探したり、ダウンロードする過程が面倒で、アプリ自体の品質も高くはなかった。ただiPhoneのApp Storeが登場したことで一気に状況が改善した」と語り、ユーザーの接し方大きく変わったという。ヒューム氏は私見として断った上で「音楽のようにアプリを楽しむ」といった価値観が生まれていると話す。つまり一度買ったアプリを長年使い続けるというよりは、飽きたらすぐライブラリから消去するスタイルが生まれつつあるのだという。

 ヒューム氏自身が日本発のコンテンツとして興味を持ったのは電子書籍だ。「英国にはケータイ小説のようなコンテンツはまったくなく、大変興味深い。また日本の菓子メーカーなどで積極的に行われているQRコードを使ったプロモーションにも注目している」という。

 日本ではハードウェアスペックの面での下支えもあり、おサイフケータイ、ワンセグなど通信の枠を飛び越えた機能が携帯電話に実装されている。ヒューム氏も「GPSの地図サービスは、『携帯電話が通話とメールだけができるもの』と思っている人の意識を変える格好の素材だろう。私の両親にもウケそうだ」と冗談を交えてコメントした。

 また英国において、テレビを携帯電話で楽しむための1つの契機になりそうなのが2012年のロンドン五輪。北京大会やロンドン大会では、1大会で5000時間分に相当する映像コンテンツを制作する。しかし、北京大会で実際に放送されたのは2750時間分程度(英国BBC)。ロンドン大会では、このリソースを有効活用するために、関連団体がさまざまな取り組みに乗り出しており、新たなプラットフォームを使い、ほぼ5000時間分の映像にアクセス可能になる見通しだ。

英国にない新しいコンテンツを

 日本のモバイルコンテンツ市場は、端末買い替えサイクルが短く、それに伴う急速な新機能普及に支えられているといっても良い。販売奨励金制度の後退に伴ってこの流れは少しずつ衰えつつあり、“2年縛り”を意識して新サービスや端末の投入時期を調整する傾向もうかがえる。

 さまざまな質問に答えてくれたヒューム氏だが「英国で“萌え”が受け入れられそうか?」という質問に対しては苦笑するばかり。言葉自体初耳だったようで、まさに理解不能といった面持ちだった

 英国においても端末買い替えサイクルの平均は1年半~2年とされている。ただし3G通信サービスの普及は遅れており、普及率も25%前後と見られている。「英国人は通信規格などにあまり興味がない」(ヒューム氏)らしく、LTEやWiMAXの動向についても一般消費者が興味を抱くことはまれ。英国におけるiPhoneは2Gないし2.5G世代の低速ネットワークで運用されているにもかかわらず人気である点が、その証拠のようだ。

 LTEやWiMAXが重要になってくるのは、通信の信頼性が揺らぐ、つまり無線帯域の逼迫で安定的な通信が不可能になるといった懸念が消費者に十分理解されてからになるだろうとヒューム氏は説明。「現在の2Gから3Gへ完全移行することの方が、より大きなインパクトになるはず」と付け加える。

 最後にヒューム氏は「日本市場は、新しいサービスを消費者に伝えるのが上手で、我々のお手本。個人的な思いとしては、着メロなど英国にある既存サービスとは異なる、まったく目にしたことのないような新らしいものを英国市場にも投入してほしい」と期待のメッセージを寄せている。



(森田 秀一)

2009/12/2 06:00