ケータイソリューション探訪

KDDIが法人端末をBREWベースで提供する理由


 各キャリアとも法人向け端末としてスマートフォンを投入する中、KDDIはかねてから法人専用ケータイを熱心に開発してきた。最近ではE05SH、E06SHといったビジネスケータイを投入している。オープンな環境で開発のしやすいスマートフォンではなく、あえて専用端末に注力する理由は何なのか。KDDI ソリューション商品企画本部 モバイル商品企画部 グループリーダーの渡邉真太郎氏に話を聞いた。

BTOのように組み合わせができるケータイ

上段左から「E02SA」「E03CA」、下段左から「E30HT」「E05SH」(ブラック/シルバー)、「E06SH」。写真中央はE05SHに装着できる「構内PHSカード01」

 KDDIでは、4月に「E05SH」、8月「E06SH」を発売している。どちらとも業務利用を想定したシャープ製端末で、IPX5/IPX7準拠の防水仕様を採用。E05SHはSDIO拡張スロットにより、無線LANカードや構内PHSカードを挿入できる。指紋認証センサーを備え、セキュリティにも配慮する。E06SHはバーコード・2次元コードを読み取れるスキャナを搭載してハンディターミナルとして使えるのが特徴だ。

 もともとKDDIは、無線LAN対応の「E02SA」、防水性能を備えた「E03CA」などのビジネスケータイを手がけていた。しかし、これらの機種だけでは、さまざまな企業のニーズには対応できない状態にあったようだ。

「法人向けモデルといっても、開発費用や台数規模は決して大きくないため、端末をゼロから作るというのは大変なこと。かつてはBREWを活用し、ソフトウェアレベルで対応してきたが、さらにソフトだけでなくハードへの要求も増えてきた。そこで、開発したのが無線LAN対応のE02SA、防水対応のE03CAだった。

 しかし、企業からのニーズはさまざまあり、2つのモデルだけでは対応しきれなくなった。そこで開発したのが、まるでパソコン販売のBTOのように組み合わせができるケータイだった。」(渡邉氏)

 E05SHはSDIOの拡張スロットによって、VoIP対応にもなれば、構内PHS用電話機にも変身する。昨今、製造業などの工場では「カメラ禁止」という場所も多いが、E05SHでは本体と同色の樹脂をレンズ部分に貼り付け、ソフトウェア的にロックをかければ、カメラなしモデルにもなる。このとき、メールやアドレス帳からもカメラ機能を起動できなくさせることも可能だ。

 「防水機能を備えた構内PHS兼用端末」、「ハンディターミナルとして使える携帯電話」など多様なニーズにカスタマイズで対応できるのがE05SH、E06SHのコンセプトなのだ。

 カスタマイズの範囲はなにも機能に限ったことではない。セキュリティにおいても、導入企業の事情に合わせた設定が可能だ。

「管理制限機能を備えており電話帳やメールなどのデータを、Bluetooth、赤外線などから抜けないよう管理者パスワードで設定できる。これはローカルだけでなくネットワーク経由からも管理できる。

 特に金融系では、社員に対してのセキュリティ要求が厳しい。カメラだけでなく、各種データをメールに添付できないようにする、というニーズにも対応できる。

 BREWでアプリケーションの作りこみをすれば、GPSの測位情報により、場所やエリアによって機能を使えなくすることもできる。E05SH、E06SHでは、様々なニーズに柔軟に対応できるようにしており、想定されるセキュリティにはほぼすべて対応が可能だ。」(渡邉氏)

まだまだニーズがある構内PHS

 2モデルともまだ発売されて日も浅いが、どんな業種に人気があるのか。

「E05SHは発売開始から実質4カ月しかたっていないが、これまでビジネスケータイをよくお使いいただいていた物流系や、金融系のお客さまから多くの引き合いを頂いている。フィールドワーカーだけでなく、セキュリティを重視するオフィスワーカーにも人気が高い。特に金融系のお客さまからは大切なデータを扱っているので、セキュリティだけでなく堅牢性も注目されている。また防水仕様になっているので、メーカーの工場や病院で構内PHS端末として使われるケースもある。多少、汚れても、水で洗えたりする利便性が評価されているようだ。」(渡邉氏)

 E05SHでは、構内PHS端末として使える点が、導入企業には評価されている。だが、一般的な感覚では構内PHSは過去のもので、すでに無線LANを使ったVoIPが無線内線電話として普及しているかと思いきや、渡邉氏によると「無線LANでのVoIPはハンドオーバーが難しく、音声を途切れなく使うのはかなりのチューニングが必要になってくる。構内PHSであれば、こなれた技術で簡単に導入できる。構内PHS自体はまだ使える企業も多く、導入コストも数分の一で、出力が弱いので、病院などでも使えるもメリットなので、いまだに引き合いは多い」とのこと。

 実際、構内PHS市場は、若干ではあるが増えているという。大手製造業が新たな工場を建設した際も、構内PHSを導入したことがあるなど、いまだに強いニーズがあるのだ。

 ただ、構内PHS市場で問題なのが「端末」だ。構内PHS端末を製造しているメーカーはほとんどないので、企業側は構内PHSの設備を導入しても、端末だけは古い機種を何度も電池を交換し、修理を繰り返しながら使っているケースが多い。だからこそ「構内PHSとケータイを1台にまとめたいというニーズにE05SHは最適」なのだという。

 一方、バーコードリーダー機能を備え、ハンディターミナルとして使えるE06SHに関しては「売上・在庫管理のお客様が中心。アパレル関係や酒類、水産卸、小売りやサービス業に導入が進んでいる。物品管理は多岐にわたるので自販機や青果、さらにはパチンコ業界にも広がりをみせている」(渡邉氏)のだとか。

 パチンコ台は、実は中古機のマーケットが形成されており、メンテナンスをする上で、どこに設置されているかなどの管理が必要になっている。そこで活躍するのがバーコードリーダーというわけだ。

 また、一般的にハンディーターミナル市場は、10万円程度のWindows CEベースのものが中心だといわれている。他にも20~30万円のプリンタを内蔵した複合機タイプやタブレット型、バーコードリーダーを内蔵したものもある。安価なところでいえば、ペンタイプでバーコードを読み取り、PDAなどにデータを送信するタイプが人気だ。

 E06SHであれば、手軽な価格で導入ができ、しかも通信機能を備えている。BREWアプリによって、業務内容に合った機能を持たせられる。

 携帯電話をオフィスの内線回線として接続できる「ビジネスコールダイレクト」と組み合わせた導入事例もあるという。いつもはE06SHを内線電話として使い、月末の棚卸しの時はハンディターミナルとして活用するのだ。専用のハンディターミナルが不要となるので、イニシャルコストコストもランニングコスト大幅にカットできる。

スマートフォンではない理由

KDDI ソリューション商品企画本部 モバイル商品企画部 グループリーダーの渡邉真太郎氏

 昨今、法人向け市場といえば、どちらかといえばスマートフォンに注目が集まりつつある。では、KDDIが専用の法人向け端末を開発するのはどんな理由があるのか。

 渡邉氏は「法人と言ってもメインは音声、メール、ウェブ、さらに一部ではグループウェアがある。やはり重要なのはケータイとしての使い勝手。さらにネイティブな機能が使え、管理機能も充実しているという点で考えると、最終的にはBREWが選ばれるケースが多い」と語る。

 とはいえ、スマートフォンやミドルウェアにはさまざまなプラットフォームが登場してきている。本当にこれらと比較してもBREWが選ばれるものなのか。

「市場を見渡すと、Windows MobileかBlackBerry、さらにはJavaなどの選択肢がある。しかし、Javaはネイティブの機能まで触れることができず、プロトコルの制限もある。一方で、Windows Mobileはセキュリティを考慮するにはミドルウェアやグループウェアなどのサーバーも導入しなくてはいけない。ウイルスの心配などもつきまとう。そうなると業務以外の投資や管理コストも必要になってくる。オープンで何でもできるが、逆にハードルが高い。」(渡邉氏)

 では、BlackBerryはどうか。渡邉氏は「確かにBlackBerryはRIMのサーバーで完結し、セキュリティは高いが、自社のシステムとの連携が大変。イニシャルコストが増大してしまう」と見る。

 スマートフォンは業務アプリでは開発しやすいが、メールや電話などのケータイとしては使いにくい。その両方のニーズを満たすのがBREWというわけだ。

 一方でKDDIでは「E30HT」というHTC製のWindows Mobile端末もラインナップに用意しているが、「外資系企業は、本社の指示でWindows Mobileを採用しなくてはならない、ということがある。そういった企業ではBREWは比較検討の材料にもならない。そこで、必要なのがE30HT」(渡邉氏)という。

「.net by au」でBREWの課題を解消

 BREWが優れていることがわかっても、導入する企業側とすれば、いちいち携帯電話向けのソフトウェア開発をするのはかなりの負担に感じるはずだ。特に最近では、すべてのシステムをワンストップで導入したいと考える企業も多い。

 そこで、KDDIが用意したのが「.net by au」だ。BREWのVM上で、マイクロソフトの「.NET Framework」と互換性を持つアプリケーションを動かすことができる。

 これにより、Windowsパソコン、Windows Mobile、Windowsサーバーと同じ環境で、開発が可能になる。わざわざ端末のソフトウェア開発とシステム開発を別のベンダーに発注するという煩わしさもない。

 渡邉氏は「BREWの強みを生かして、ネイティブの機能をVM上の.netアプリから触れる。開発現場は.netのアプリケーションをVisual Studioで作り、コンパイルして、Bluetoothで端末に配信できるのが魅力」と語る。

 これまでBREWアプリは、ガイドライン通りに作られているか、KDDIの検証作業を経てからでないと端末に配信できなかった。そのため、検証のための費用と時間が必要とされた。「.net by au」では、検証部分はVMのなかに吸収されている。そのため、企業は自由にアプリを開発して、端末に乗せることが可能なのだ。

 「.net by au」は現在はα版だが、年内にもβ版となり、正式版も登場する予定だ。BREWの良さを生かしつつ、低コスト・短期間で業務用アプリケーションが開発できるようになった。

 端末と開発環境の両方で様々な選択肢を用意しているのが、KDDIの法人向けソリューションの強みと言えそうだ。

(石川 温)

2009/10/5 13:49