世界のケータイ事情

非キャリアを目指すキャリアのスゴいCEO

 アメリカの携帯事業者(キャリア)のトップに面白い人物がいる。T-Mobile USのCEO(最高経営責任者)であるジョン・レジャー氏だ。

 アメリカのキャリアというと、日本ではソフトバンクが買収したスプリントが有名だが、そのスプリントが買収しようとしているといわれるのがこのT-Mobile USである。契約数は全米第4位で、トップに君臨するベライゾンの半分以下。料金重視のプリペイド顧客が多いため、売上に至ってはベライゾンの3割ほどでしかない。しかし、昨年からこの第4位のキャリアがアメリカの携帯電話市場を引っ掻き回している。そして、その原動力となっているのがレジャー氏の進める「アン・キャリア(Un-Carrier)戦略」なのだ。

 T-Mobile USは同国の携帯大手4社の中でiPhoneの導入が最も遅れ、顧客対応や通信品質の満足度が低かったこともあり、長らく新規加入よりも解約の方が多いという純減の状況が続いていた。しかし、2013年の春からアン・キャリア戦略に基づく施策を実施したことで、これが好転する。前の年には年間で200万超のポストペイド顧客を失った彼らが、この1年でほぼ同じだけの数を取り戻したのである。

 T-Mobile USが謳うアン・キャリアとは「キャリア(通信事業者)ではないこと」――つまり、彼らはこれまで携帯電話市場で常識と考えられていた商習慣を打ち壊すような革新的なサービスを提供しようとしている。例えば、日本でもお馴染みの2年契約。「端末の値段を割引く代わりに、契約者は一定期間の加入をコミットする」というそれまでアメリカで一般的だった契約形態を最初に全面廃止したのはT-Mobile USだ。高価な最新スマートフォンは値引きせず割賦で毎月少しずつ代金を支払うこととし、その一方で月々の通信料金を値下げした。

 2年契約の廃止を皮切りに、レジャー氏は次々とアン・キャリア戦略を実行に移し、競合他社から顧客を取り戻した。そして、料金競争には参加しないとの態度を強固に貫いていた最大手のベライゾンさえも、2014年に入ると、ついに月額料金の値下げに手を付け始めた。

 ベライゾンとAT&Tというアメリカの2大キャリアを料金面での競争に引きずり込んだT-Mobile USの施策の力には目を見張るものがあるが、それ以上に興味を惹かれるのがレジャー氏(ひいてはT-Mobile USというキャリア)の言動である。彼らは競合他社や市場の商習慣を大胆かつ強烈な言葉で批判し、さまざまな手立てで挑発し、人々の目を惹きつけた。

 例えば、今年に入りT-Mobile USは他社から自社への乗換えで発生する早期解約違約金の一部を負担する施策を始めたのだが、そのプレスリリースでも激しい言葉が踊っていた。このときレジャー氏は「私達は皆さんに監獄からタダで抜け出すためのカードを提供する」と言い放った。

 さらに、自社のFacebookではそれまで契約していたキャリアに対する決別状を自動作成するアプリを提供し、ショップでは乗り換えを行った顧客に以前契約していたキャリアへの思いを書いたボード(当たり前だが、賞賛の言葉などではない)を持たせて店員と記念撮影。こうした決別状や写真は顧客のTwitterで世界中に配信された。ちなみに、T-Mobile USに乗り換えた皆さんによる決別ツイートの一覧は同社の公式サイトから見ることもできる。

 T-Mobile USは基本的にはどのキャリアに対してもこの調子だが、中でも同じGSM/W-CDMA方式を採用するAT&Tへの当たりは特に容赦がない。

 テレビ広告において「通信速度が遅い」と名指しで批判するなどまだ序の口である。AT&Tが対抗施策としてTモバイルUSのユーザを対象としたキャンペーンを実施すれば、レジャー氏は「自分たちの施策でAT&Tを悩ませることができて光栄だ」であるとか「AT&Tは消費者を騙そうとしているが、誰もそこまで愚かではない」であるとか、(とても)公式(とは思えない)声明を出していた。さらに、プリペイドサービスで競合するAT&Tの子会社に至っては、ロゴの色が自社とそっくりだとして商標権侵害の訴訟までも起こしたのである(ちなみに、この件ではT-Mobile US側が勝訴したそうだが、これが同じ色なのだろうか?)。

 そして、この2社の間に生まれたテンションが2014年1月に開催された家電見本市(CES)で思いもしない事態を引き起こした。いつものように派手なピンクのロゴ入りシャツを着たレジャー氏が突然AT&T主催の関係者向けパーティーに現れ、会場の警備員に追い返されたというのである。氏曰く、「マックルモア(このパーティーに招待されていたラッパー)のパフォーマンスを見たかっただけなのに」。そして、そばに居合わせたメディアがこれを瞬く間に配信し、翌日のヘッドラインを賑わせたのは言うまでもない。

 しかも、話はこれに止まらない。次の日には、レジャー氏が現場で撮影された自らの写真入りTシャツを披露し、さらにその数週間後には、T-Mobile USがマックルモアのコンサートを主催するというある意味の意趣返しまでやってのけたのだ。

 だが、彼らはその後もまたスゴいことを仕出かした。「AT&Tは暗黒面から抜け出し、光の下へ戻った。これからはT-Mobile USとともにアン・キャリアの道を進むだろう」という言葉で始まり、AT&Tの無線事業部門のトップであるラルフ・デラベガ氏の嘘発言まで仕込んだとんでもないプレスリリースを発表したのである。なお、発表日は2014年1月28日なので、決してエイプリルフールのお茶目な冗談ではない。

 もちろん、プレスリリースの途中で「デラベガ氏はそんなことは言っていないけどね」とネタを明かした。しかし、その後段でも、レジャー氏は携帯電話市場の伝統を踏襲するAT&Tを映画「スターウォーズ」に登場する悪役ダース・ベイダー(暗黒卿)にたとえ、「ダース・ベイダーが自らの最期のときに(主人公である)ルーク・スカイウォーカーにヘルメットを外してもらったシーンを思い出すね。彼はとても醜いが、それでも結局は人間だったのだ」という非常に“彼らしい”挑発的な表現でAT&Tにアン・キャリアへの転向を勧めていた。

 そんなT-Mobile USとAT&Tだが、実は蜜月ともいえる時期もあったりする。2011年3月には、AT&TとT-Mobile US(当時はT-Mobile USA)は合併することで合意していたのだ。結局は司法省と監督機関である連邦通信委員会がこの合併を認めず、同年の末には破談となってしてしまったのだが、立場が変わればかくも変わるというのは、人もキャリアも同じ……ということだろうか。

 今後もT-Mobile USとレジャー氏によるアン・キャリア戦略に基づく新たな施策が予想されている。きっとまた突飛な言動が繰り返されるだろう。彼らが次にどのような施策を繰り出し、どのような発言をするのか。AT&Tには申し訳ないが、密かに楽しみにしている。