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YouTubeとJASRACの新契約で何が変わるのか? 著作管理システムや配分までの流れを聞いた

 グーグル(Google)の動画配信プラットフォーム「YouTube」では、許諾を得ずに第三者のコンテンツを利用して作成した動画のアップロードが長年課題となっている。著作権侵害は、権利者にとって本来はデメリットとなる問題であったが、一方で近年では一般ユーザーが著作物を活用して作ったコンテンツ(UGC、User Generated Contents)によってその著作物が話題に上がったり、“バズる”ようになったりすることで、もとの著作物に利益を還元することも多く、権利者にとっても一般ユーザーによる動画投稿は無視できない関係になりつつある。

 著作物のなかでも、楽曲については、日本の音楽著作権管理団体である日本音楽著作権協会(JASRAC)とグーグルが、2008年10月からパートナーシップを結んでいる。

 包括許諾とすることで、条件を満たした作品ではユーザーが個別に許諾を得る必要なく動画を公開できるようになっていることを知っている人は多いだろう。

 そうした取り組みが長く続いていた2023年2月、両者は、新たな許諾契約を締結したことを発表。YouTubeの「Content ID」を活用した新たな契約を結んだという。この新たな契約は、これまでとどのような違いがあるのか。

 今回は、YouTubeの著作物検知の仕組みや新たな許諾契約のポイントをグーグルのミュージック コンテンツパートナーシップ ディレクターの鬼頭 武也氏と、JASRAC 常任理事の宇佐美 和男氏から聞いた。

3つの著作権管理ツール

 鬼頭氏は、まずYouTubeに第三者の著作物を活用してコンテンツをアップロードする場合「原則、作成者が権利者に許諾をとってもらうもの」としながらも、YouTube上のすべてのコンテンツについて「著作権関係がクリアランスされているとは限らない」とし、権利者を保護するための著作権管理ツールを用意していると説明する。

 著作権を管理するツールとして、「Webフォーム」と「コピーライト マッチ ツール」そして「Content ID」の3つを用意している。

  • Webフォーム
    すべての権利者が利用できる。権利侵害を見つけた際に、すぐに削除依頼ができるツール。頻繁に削除依頼をしない権利者が多く利用している。
  • コピーライト マッチ ツール
    頻繁に削除依頼する権利者が利用。200万を超えるチャンネルが利用しており、権利者のチャンネルからアップロードされた動画の一部または全部がほかのチャンネルから投稿があった場合に通知され、ツール上で削除できる。
  • Content ID
     著作物の再投稿が頻繁にあるような権利者が利用できるもの。映画や音楽のコンテンツをもつような権利者向けのツール。

 なかでも「Content ID」は、“強力な”管理ツールとして位置づけられており、利用できるのは「正しく権利を持っているか」や「きちんと運用できるか」、「有意性の権利数があるか」といった審査のうえでツールが解放されるという。

 「Content ID」では、権利者がもつコンテンツをツールに登録することで、システムが自動でYouTube内のコンテンツと照らし合わせて著作物かどうかをチェックし、権利者に通知する。権利者は、動画を見られないように「ブロック」することもできるが、動画に広告を入れて権利者自身が「利益化」できるようにすることや、動画には何にもしないが動画がどれだけ見られているかを「トラッキング」することができるようになる。

 鬼頭氏は、「Content ID」で権利者が細かくコントロールできるとコメント。たとえば、著作物の使用が30秒未満のコンテンツは「利益化」し、30秒以上のものは「ブロック」するといったしきい値を使ったポリシーも作成できるという。

「Content ID」が著作物を見つけるしくみ

 では、「Content ID」ではどうやって著作物を検知しているのか。

 権利者が「Content ID」に著作物を登録すると、その著作物の特徴点を検出し、符号化したファイル「フィンガープリント」が作成される。

 YouTubeでは、アップロードされるすべての動画においても「フィンガープリント」を作成しており、このフィンガープリントを照らし合わせることで、著作物の有無を確認している。

 鬼頭氏によると、このフィンガープリントによる検出方法では、ユーザーの動画で著作物の色味や画角、アスペクト比が変えられていたり反転されていたりしても特徴点は変わらないという。

 音楽データでは、レコード会社など原盤権をもつ権利者からの音源データのフィンガープリント作成に加えて、メロディーについてのフィンガープリントも作成される。これにより、ユーザーがギターなどでカバーしたものや音程、スピードが変えられたもの、ノイズがまざったものも検出できる。

「Content ID」の成果

 「Content ID」による著作物管理の適正化で、2022年6月までの3年間で約500億ドルを権利者に還元することができたとしている。また、「Content ID」の利益化による広告収入の金額は、2021年12月時点で75億ドルになったという。

 2022年上半期で、「Content ID」の申し立て件数は7億5000万件以上としている一方、侵害していないコンテンツだという異議申し立ても1%未満ではあるが存在する。このうち55%以上が動画を作成したユーザーの主張が通った結果になっている。

 鬼頭氏は、常に「Content ID」のシステムをアップデートし、誤検出が少なくなるように対応していると説明する。

JASRACとの包括許諾契約について

JASRAC宇佐美氏

 JASRACの宇佐美和男常任理事が説明したのは、グーグルとJASRACが結んでいる包括許諾契約についてだ。

 宇佐美氏は、約20年前に当時の着信メロディなどを担当する送信部に所属しており、「あの頃から配信環境がずいぶん変わってきた」と心境を述べつつ、音楽を創造する人がユーザーを楽しませ、その対価を権利者に還元することで新たな創造につなげる「創造のサイクル」を循環させることで文化の発展に寄与できるとコメント。

 この「創造のサイクル」で欠かせないのが、権利者とのライセンス契約だ。楽曲を製作した段階で、だれもが権利者となることができ、数多のクリエイターが楽曲を発表している。この権利者の楽曲を使用したい場合、権利者と直接交渉して条件を定めた上で利用できるが、多くの権利者と個別に取得することは困難だと宇佐美氏は説明。また、数多くのユーザーと個別に交渉することが、権利者側にも負担となり、作品づくりに集中できなくなってしまうと指摘する。

 JASRACでは、楽曲の権利管理を引き受け集中管理することで、権利者と使用者両方の負担軽減ができると説明。利用者にライセンスを与える仕組みとして「曲別許諾」と「包括許諾」の2種類を用意している。

 「曲別許諾」は、許諾申請時に利用曲目がわかる場合に利用するもので、曲別の使用料を利用者に支払い、権利者には曲ごとに分配する。

 一方、「包括許諾」は、許諾時に利用曲目が判明しない場合に利用される。どのような曲が利用/再生されるかわからないYouTubeなどの動画サービスやサブスクリプションサービスなどでは、この「包括許諾」により、JASRAC管理楽曲のすべてを利用できるようになる。

 「包括許諾」においては曲別使用料のほかに包括使用料が用意されている。包括使用料では、サービスの収入に対して一定の割合を使用料として納めるもので、個別契約の困難さを解消し、ユーザーがさまざまな音楽を楽しむことができるようになっていると宇佐美氏はそのメリットを協調する。

 この方法での権利者への分配については、使用者からどの楽曲を利用したか報告を受け、それをもとに各権利者に分配するようになっている。

最新のJASRACとの契約ではこの分配がポイントとなる

 前置きが長くなってしまったが、この「権利者への分配」について、今回のグーグルとJASRACとの新しい契約が関連してくる。

 2023年の新しい契約では、「Content ID」に登録されているメタデータにJASRACの著作権メタデータが登録されることで、より正確に権利者へ分配できるようになるという。

 「Content ID」へレコード会社などの原盤権者から録音音源などの原盤データが登録される際、これまでもメタデータとして権利者情報が登録されていた。しかし、そのデータには一部で抜けがあるなど必ずしもすべての権利者情報が整ったメタデータではなかった。

 メタデータが不十分な場合、権利を持っている人が誰かわからなくなってしまい、その結果、正確な分配ができなくなっていた現状があった。今回の新しい契約で、JASRACのデータも備えることで、権利者情報がより正確なものとなることで、権利者への分配がより正しいものに近づくことが期待される。

 YouTubeでは、これまで以上により正確な著作権管理を行うことで、権利者自身のコンテンツ発信や、権利者からの使用許諾を得ることでさらなるコンテンツの充実を目指す考えが見て取れる。一方JASRACにとっても、より正確な分配によって、権利者保護の充実を進めたいという考えがあると思われる。

YouTubeショートでの利益化のしくみ

 一方、鬼頭氏からは2月に開始された「ショート動画」の利益化の仕組みについても聞いた。

 通常の動画では、「動画ごとに広告が挿入」されていたが、ショート動画では「いくつかの動画をスワイプしている中で広告が挿入」されるため、これまでのような広告収入プロセスでの分配ができないという。

 そこで、ショート動画に関しては、まずショート動画全体の分配できる広告収益を1つのプールにまとめる。その後、第三者の著作物が使われている動画と使われていない動画それぞれで所定の計算式を使用してユーザーごとに分配する仕組みをとっている。

 なお、YouTubeのショート動画では、YouTubeが包括契約で利用できる著作物を手軽に利用できる機能を備えている。ショート動画作成ツール内の「サウンドを追加」で、音楽を選択し挿入することができる。個人的な非営利目的であれば、別途ライセンスを取得することなく利用できるもので、鬼頭氏は「より多くのクリエイターに音楽を使ったコンテンツを作成してほしい」とし、ショート動画の活性化にも取り組む姿勢を見せていた。