ニュース

「ゆくゆくは普段のスマホで衛星通信を」、ソフトバンクが新技術の実験

 ソフトバンクは、LTE-Advancedに対応した衛星通信システムの試作システムを開発した。衛星をLTEの中継局にできるというシステムで、将来的にはユーザーが普段使う携帯電話が直接、衛星と通信できることを目指す。

 9日、報道関係者向け説明会が開催され、技術の仕組みが紹介された。現在は衛星を利用できないことから、衛星を使った場合と同じ遅延が発生するような仕掛けを用いつつ、気球型の中継局を衛星に見立てて、システムがどのように動くか、デモンストレーションが行われた。

災害対策に活用

 今回のシステムは、通信対応の静止衛星をLTE-Advanced対応の中継局にして、国内のどこでも通信サービスを利用できるようにするというもの。通信プロトコルは従来のLTEそのままとのこと。地上にある衛星基地局(バックボーンに繋がる設備)→衛星→地上の携帯電話という流れになる。同社では、「LTEはソフトウェアのアップデートでスペックを向上できる」として、衛星は変更せずとも速度をアップできる仕組みとアピール。VoLTEなどもそのまま使えるという。

 東日本大震災で、広範囲にわたってネットワークが利用できなくなったことをきっかけに開発が進められてきたシステムで、災害で圏外になるエリアでも、スピーディに復旧できるという。

上空3万6000km、遅延と伝搬損失が課題

 今回のシステムでは、日本の上空3万6000kmに位置する静止衛星の活用が想定されている。現時点では、国内外の調整が必要とあって、衛星を実際に利用することはできない。将来的に、ソフトバンクでは同社単独での衛星打ち上げも視野に入れている。

 衛星と直接やり取りできる携帯電話、いわゆる衛星携帯電話ではなく、通常の携帯電話が直接、衛星とやり取りするという今回のアイデアで、課題となったのは遅延と損失。たとえば遅延については、携帯電話~衛星~衛星基地局とルートの往復で約0.5秒かかる。一般的なLTE通信の場合、基地局と携帯電話は約200km離れた場合で約0.00066秒遅延し、ここまでは許容されるレベル。通常は数百m~数km程度のサービスエリアで200kmも離れることもないが、衛星経由の約0.5秒という遅延は、LTEの標準規格からすればタイムアウトと判定されてしまう。

 そこでソフトバンクでは、端末と基地局のパラメーターを少し手直しして、0.5秒という遅延でも通信を続けられるようにした。この遅延対策部分は独自の取り組みで、LTE標準規格には含まれていないが、その他の部分はLTE標準規格のまま。9日に披露されたデモンストレーション(気球局を衛星に見立てたシステム)では、0.5秒の遅延を意図的に発生させた状態でビデオコールを行い、遅延はしているものの、コミュニケーションできることが紹介された。

 もうひとつの課題は、電波の損失。約3万6000kmも離れているため、「電力がどんどん損失される」(ソフトバンク研究開発本部 特別研究室の藤井輝也室長)。これは、電波をとらえるアンテナを大型にすることでカバー。今回は、手の平より一回り大きなサイズの筐体で、左右に伸びる板状のアンテナを格納した端末を試作した。この端末はモバイルルーターのような役割を果たすものだが、今回は実験とあって、携帯電話にあたる試作端末とはケーブルで繋がっていた。

アンテナ装置

 LTEは、受信電力(電波の強さ)に応じて通信速度が変わる。アンテナが小さければ100kbps~1Mbps程度という速度になる。今回の試作システム(10MHz幅)が、本当に携帯電話に内蔵されれば、通信速度はその程度になる見通しだ。卓上に設置するような、もう少し大きなアンテナであれば1~10Mbps、建物に備え付けるようなパラボラアンテナであれば10~100Mbpsになる。

今回は衛星の代わりに気球中継局を利用
地上の携帯電話基地局に繋がる端末は遅延がほとんどない
地上から衛星セルに切り替わると遅延は500ms程度に(写真左のディスプレイ)

 利用する周波数帯は柔軟に対応できるとのことだが、衛星~ユーザーが使う端末の間はSバンドと呼ばれる周波数を利用することが想定されている。Sバンドは、一般的な携帯電話向けの周波数帯を含む帯域で2GHz帯などがそれにあたる。10GHz帯よりも低い周波数帯であれば雨による減衰の影響を受けないという。

日常的に衛星用の電波を

 災害発生時の対策として想定されるシステムで実現すれば、普段使いの携帯電話が直接、衛星と繋がることになる。そうなれば、もし山深い場所など、携帯電話のサービスエリア外であっても通信できるということがメリットのひとつに挙げられる。

 ソフトバンクの藤井氏は、電波の利用効率向上策としてさらにもう一歩、踏み込んで提案する。それは衛星用の周波数を、通常の携帯電話基地局でも使えるようにする、というもの。そのままでは衛星からの電波と干渉してしまうため、衛星と地上の基地局で時刻を同期し、「今は衛星からの電波」「次は地上の基地局からの電波」と切り替える仕組みにする。

 この仕組みを実現するのは、現在、LTE-Advancedの標準仕様に含まれる「eICIC」という技術。これは広いエリアをカバーするマクロセルと、狭いエリアをカバーする小規模なセルとの間で干渉が発生しないよう調整するためのもの。藤井氏のアイデアは、衛星をマクロセル、地上局を小規模セルに見立てたもの。衛星との同期では、遅延も含めたパラメータにしておく。藤井氏は「世界初の技術だと自負している」と語る。今後は3GPPでの標準での採用を目指して、ソフトバンクとして働きかけていく方針だ。