恐竜と位置情報<後編>

KDDI総研 山本雄次
 KDDI総研 調査1部 海外市場・政策グループ。海外の情報通信市場動向や制度・政策に関する調査、分析を担当。普段は公正競争ルールやプライバシーといったお堅いテーマを相手にすることが多いが、実は最も関心の強い分野は、野球と恐竜(?!)。今回の執筆では「安全装置」が外れたかも。


 前編では、恐竜発掘調査とGPSの関係を紹介した。後編では、衛星電話と恐竜絶滅の深い関係を紹介し、その後の恐竜の行方を追ってみよう。

 山や海、砂漠といった、携帯電話の電波が届かないような地域では、衛星携帯電話が便利だ。この衛星携帯電話を世界的に有名にしたのは、1990年代後半に登場した「イリジウム」である。一時運用を停止するなど、紆余曲折はあったが、今では災害時に基地局がダメージを受けても通信可能な「命綱」として再び脚光を浴びている。当初77基もの通信衛星を打ち上げようという壮大なプロジェクト(実際は66基)の名前の由来となった「元素としてのイリジウム(原子番号77)」は、実は恐竜と深い縁がある。

イリジウムの特徴(2009年の本誌記事より)

 1980年、カリフォルニア大学の地質学者ウォルター・アルバレスと、その父にしてノーベル物理学賞受賞者であるルイス・アルバレスらは、巨大隕石による恐竜絶滅説を発表した。その根拠となったのがイリジウムだ。世界の至るところで、恐竜が絶滅した白亜紀後期の地層と、その後の新しい時代の地層の境界部分から高濃度のイリジウムが発見されたのだが、このイリジウム、地表では極めて稀な元素で隕石に多く含まれるという。メキシコのユカタン半島からは、この時期に衝突したとされる巨大なクレーターの跡も見つかった。イリジウムは地球内部(深部)にも存在するため、大規模火山活動(インドのデカン高原)による絶滅説との間で今でも熱い論争は続いているが、いずれにせよ、高濃度のイリジウムの検出が、恐竜絶滅の議論に大きなインパクトを与えたことは間違いない。少なくとも、衛星携帯電話の「イリジウム」サービスが発表される10年以上も前に、世界中の恐竜ファンの間では、「イリジウム」は特別な意味を持って語られていたのだ。

 恐竜は、「絶滅」の象徴として「環境変化に適応できず時代遅れとなったもの」にも喩えられるが、実は恐竜は今も生きている。「鳥」に姿を変え、今日も大空を自由に羽ばたいている。教科書でおなじみの「始祖鳥」だけでなく、近年中国等で続々と発見される「羽毛恐竜の化石」は、“ティラノサウルスのような大型の肉食恐竜にも羽毛が生えていた”とする説を裏付けているようだ。「羽毛=空を飛ぶ」ではないが、鳥の祖先が恐竜から枝分かれしたとの考えは古生物学の世界ではほぼ定着しているという。

 渡り鳥は、道も標識も無い大空を迷うことなく羽ばたいていく。GPSや航空管制技術にも頼らず、片道数千kmもの長距離を往復し、隊列を組みつつ大陸や海を越えて同じ場所に戻るのだから不思議だ。砂漠に眠る恐竜の子孫は、ただ単に飛翔する力を手に入れただけでなく、人間には未だ解明できない高度な感覚を発達させて、大空を駆けまわっているのだ。

 手元のケータイやスマホのGPS機能を使う時、空を見上げてみよう。道に迷う私たちを、姿を変えた恐竜たちが、微笑みながら上から眺めているかもしれない。




(山本雄次)

2012/10/31 09:00