石川温の「スマホ業界 Watch」

HISモバイルの新料金プランに見る「MVNOが生き残るための術」

H.I.S. Mobile 猪腰社長(9月5日撮影、以下同)

 9月5日、HISモバイルが新料金プランを発表した。記者説明会に登壇した猪腰英知社長の発言からはMVNOが置かれた現状が赤裸々に語られた。

楽天モバイルの“0円廃止”が追い風に

 MVNOにとって「神風」が吹いたのは2022年だ。楽天モバイルが「月額0円プラン」を廃止したことで、MVNOに一気にユーザーが流れてきたのだ。

 HISモバイルが公表した「新規MNP転入事業者状況」では、2022年7月には楽天モバイルからの転入が41%と、市場のシェア状況に比べれば異常なほどの数値をたたき出している。

 月額0円で回線を維持できなくなったことで、できるだけ安価に回線を維持できるMVNOにユーザーが流れてきたということが言えるだろう。

ユーザーに合わせた新料金プラン

 今回、HISモバイルでは、ユーザーの利用状況に合わせた新料金プランに改定してきた。

 2021年にNTTドコモがahamoを開始して以降、業界的には「20GB」がスタンダードなデータ容量になってきた。ahamoと比較してお得な料金設定をアピールしようと、競合他社はこぞって20GBのプランを出してきたのだ。

 しかし、HISモバイルの調べでは、20GBでは足りないユーザー、逆に20GBを余らせるユーザーが増えてきているというデータがある。そこで、HISモバイルでは10GBと30GBというプランを新設。ユーザーが選びやすいようにAIによる料金プラン診断も導入した。

 特に10GBは、LINEMOが「ベストプラン」ということで10GB以下で最安というアピールをし始めたため、HISモバイルとしては対抗プランを用意せざるを得なかったという背景もあるようだ。

 LINEMOの動きに対して、povoも120GB(365日間)で2万1600円、1カ月あたり10GBで12カ月間、利用した場合、最安というトッピングを投入してきた。

 今後は20GBではなく、10GBでの料金プラン競争が過熱してくる可能性も見えてきた。

大容量のプランを撤廃したのはなぜ?

 一方で、料金プランのラインアップから撤廃したのが50GBというデータ容量だ。

 50GBで5990円では、MNOの使い放題プランとどうしても競合してしまう。また、50GBのプランでは、回線を借りてサービスを提供するMVNOにとって負担が重く、ユーザーが殺到すると、低容量プランの料金設定の維持が難しくなってくる。

 当然、楽天モバイルが3000円程度でデータ使い放題という最強プランを提供しているということもあり、どんなに「NTTドコモ回線」だからといって、3000円以上を支払うというのは、安価なプランを求めるユーザーにとって、どうしても財布の紐が固くなる。

 MVNOにとって50GBのような料金プランは重荷で旨みもないため、やむを得ず、撤廃ということになったようだ。

 本来、通信事業者としてはARPUを上げていきたいというのが本心だろうが、MVNOにとっては50GBで6000円程度という値付けでの勝負は難しく、自ずと3000円以下という値が、主戦場になっているようだ。

HISならではの強みを活かす

 HISモバイルでは月額290円で100MB未満まで使えるプランがあったが、これを280円に改定した。月額290円ということで「とりあえず回線を維持」するために契約していたり、普段は海外に在住しているが、日本に帰国するときだけ使うというユーザーが全体の半分近くを占めている。

 HISモバイルとしてはなんとか寝た子を起こそうと躍起になりつつあるのだ。

 そこで投入してきたのが本業であるHISとのシナジーだ。ハワイ・ホノルル周辺を走るトロリーバスの1日乗り放題パスなどが「契約者優待特典サービス」として提供されるようになった。

 実際、この乗り放題パスだけで35ドルの価値がある。このLeaLeaトロリーはホノルルを中心に周辺の観光地まで走っており、ハワイ観光する上で本当に使い勝手のいいトロリーなのだ。

 単に料金プランの値下げだけでは、個人的に心が躍ることはなかったが、LeaLeaトロリーのパスがもらえるというだけで、ハワイ好きはHISモバイルに乗り換えようかと思ったほどだ。

 アクティブなユーザーが契約すれば、月額280円に収まることなく、上位のプランを契約するようになる。

 MVNOとしてはここ最近、料金プランだけで差別化がしにくくなっている。料金プラン以外の魅力を出すという点において、HISグループとのシナジーが効いているというわけだ。

 今回のHISモバイルを見ていると「3000円以下の料金設定で安価」を狙いつつ「料金プランだけではない魅力的な特典」を用意できるかが、MVNOが生き残るための術のように感じた。

石川 温

スマホ/ケータイジャーナリスト。月刊誌「日経TRENDY」編集記者を経て、2003年にジャーナリストとして独立。携帯電話を中心に国内外のモバイル業界を取材し、一般誌や専門誌、女性誌などで幅広く執筆。