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Firefox OSを取り入れたオープン開発の大学講義レポート
SFCの学生が身近な課題の解決をテーマにモノづくりに挑戦
(2014/12/16 07:00)
慶應義塾大学の湘南藤沢キャンパス(SFC)開講されている講義、「オープンデザイン実践」では、学部生を対象に、Firefox OS搭載の開発端末「Open Web Board」などを使ったユニークかつ実践的な取り組みがなされている。
今回、この講義を取材する機会を得られたので、講義を担当する慶應義塾大学の環境情報学部 准教授の筧康明博士と、Mozilla Japan 代表理事の瀧田佐登子氏、研究員の赤塚大典氏、そしてOpen Web Boardの提供などで支援しているKDDIのプロダクト企画本部 プロダクト企画1部 端末1グループ マネージャーの長池輪氏にも話を聞きながら、講義の模様をレポートする。
「オープンな開発」を習得していくカリキュラム
「オープンデザイン実践」では、学生が身の回りの生活を観察し、問題を解決したり生活を豊かにするツールを考案し、それを実際に作っていく。そのアイデア出しから製作作業までの過程で、さまざまな技術や考察を学んでいくことが講義の目的だ。
学生は製作の過程をMozillaが提供する「gitFAB」というオンラインツールで記録・共有も行う。たとえばオープンソースのソフトウェア開発を共有する「GitHub」というWebサービスがあるが、gitFABではハードウェア開発も取り扱えるようになっている。こうしたハードウェアを含めた開発全体のオープンソース化も、この講義のテーマとなっている。
講義はプログラミングなどについて一定の知識を前提としており、必修科目でもないため、受講者は10人程度だったが、学年などの制限はないため、学年や技術力もさまざまだ。
しかしプログラミングや工作の技術力だけを問う講義ではないため、学生は自分の力だけで開発を行う必要はない。オープンソースとして公開されているリソースを活用したり、技術を持っている人を探して手伝ってもらったりすることも許される。こうした製作過程でのディレクション能力を養うことも、この講義の目的となっている。
講義はプログラミングなどの知識を前提にしているので、学生はディレクターに徹することはできないが、逆にプログラミングの技術力が高くても、ディレクション能力がないと成り立たないというわけだ。
成果物は、学生が自分や身の回りの人の生活をサポートするようなものをテーマとしている。たとえばヨット部に所属する学生は、ヨット部における下級生の役割である「潮の流れの計測」を自動化するツールを開発したり、コーヒーにこだわりのある学生は、コーヒーの入れ方をデータ化し、その入れ方を再現するツールを開発したりするなど、学生が自分自身の生活からテーマを見つけ出している。
開発にはKDDIが開発しているFirefox OS搭載の開発端末「Open Web Board」や、Webベースの開発プラットフォーム「Gluin」を利用する。ここが講義のテーマであり制約ともなっている。これらだけでは、センサーやアクチュエーターの制御などは難しいので、汎用のマイコンボード「Arduino」も利用していた。
この講義は秋に開講し、年明けに終わる秋学期(後期)のカリキュラムとなっている。取材時(12月9日)は終盤にさしかかっており、各学生はアイデア出しを終えて具体的な製作を開始した段階だったが、Open Web Boardなどネットにつながる部分に着手できていない学生がほとんどだった。一方、実際に人とインタラクションする部分については、ほとんどの学生が試作段階に入っており、講義では実際に動くものを使い、開発の経過報告が行われていた。
Firefox OSのオープン性を教育に応用
慶應義塾大学がMozillaと協力してこうしたカリキュラムに取り組むのは、今年で3年目になるという。もともとオープンソースの授業について、2006年ごろから産学官の連携プロジェクトとして取り組んでいたが、プロジェクトの終了後、慶應義塾大学の筧氏とMozilla Japanが協力し、インタラクションデザインの講義を2年前に開始したという。
筧氏によると、この講義は実験的な取り組みとしての要素もあり、テーマは毎年変わっている。2年前はArduinoとWebを連携させたもの、昨年は格安のボールマウスをベースにしたものがテーマとなっていたが、今年はちょうどKDDIのOpen Web BoardやGluinが発表されたこともあり、テーマとして採用できたという。
Open Web BoardやGluinを採用した理由としては、そのオープン性にあるという。オープンソースとして開発内容を共有するとき、Open Web BoardやGluinのようにオープンなプラットフォームを使えば、開発内容を共有しやすく、全員が同じ土俵で語り合うことができる。開発内容が共有できれば、それをさらに発展させたアイデアが登場することも期待できる。
開発内容の共有にはMozillaが提供しているgitFABというオンラインツールが利用される。筧氏によると、今回の講義では「ものの作り方のレシピだけでなく、作ってみてどうだったかという物語をシェアする枠組みを授業でやっている」という。こうすることで、プロジェクトがどんどん展開・変形・転用され、「その問題はこっちにも当てはまるよね」というような着想も得られる。学生にそうしたオープン開発を経験してもらうことが、この講義の狙いのひとつというわけだ。
筧氏は、「(Firefox OSには)まだ色がついていない、何にでもなれるかもしれない」というところも採用の理由のひとつだと語る。たとえばiOSやAndroidを使っても、授業としては成立するが、学生は「iPhone/Androidのアプリだとこうなるよね」という既成概念に影響され、発想が制限されてしまう懸念があるという。
Mozilla Japanが取り組む背景
Mozilla Japanがこうした取り組みに協力する背景について、Mozilla Japan 代表理事の瀧田氏は、「Webのあり方の次のフェーズに入るにあたり、これからの環境でユーザー体験がどうなるかというところを研究している最中だが、それは我々だけではダメで、エンジニアと企業とコンシューマーに近い人が必要になる」と説明する。固定概念にとらわれない発想を生み出し、オープンソースのモノ作り環境を整備する、という意味合いがあるというわけだ。
Mozilla自体がオープンソースの先がけとも言える存在だが、Mozilla JapanはWebやMozillaという枠組みにとらわれることなく、オープンソース的なモノ作り環境への支援には力を入れている。
瀧田氏はオープンソースについて、「日本のモノ作りは『これを作ったらいくら儲かる』というところから始まる。だけどオープンソースはその真逆で、『これが必要だから作った』から始まる。ユーザーは1人でもいい、というやり方。自分のために作ったけど、みんなが欲しければ使えば、という考え。そういうのが重要だと思っている」と語る。
「オープンソースの成果物の採用、もっとあっても良い」
KDDIは、10月5日に開催された「Mozilla Open Web Day in Tokyo」でOpen Web Boardをお披露目したところ、Mozilla Japanに声をかけられ、今回の協力に至ったという。KDDIとしても、Open Web Boardを発表した後、どう展開するかを検討中で、ちょうど渡りに船だったとのことだ。
KDDIは12月23日、「au Firefox OS Event」を開催する。そこではFirefox OSを採用したスマートフォンが発表されると予想される。加えて、同イベントではFirefox OSを利用したハッカソンの成果発表や、懇親会も行われる。KDDIはただFirefox OSのスマートフォンを発売するだけでなく、オープンソースコミュニティを支援していく構えだ。
オープンソースを企業が取り入れ、そこから利益につなげていくというのは難しいことだが、KDDIの長池氏は「企業的視点で見ても、オープンソースの成果物をいち早く採用する考えが、もっとあっても良いと考えている。いまは転換期で、モノ作りはこれから面白くなるのでは」とも指摘する。
KDDI自体がオープンソースベースのFirefox OS製品を発売することにも期待できるが、KDDIのような巨大な企業がオープンソースコミュニティを支援することで、新しいモノやサービスが生み出されていくことにも期待したい。