インタビュー

総務省が進める「競争政策見直し」とは何か

総務省が進める「競争政策見直し」とは何か

「多彩なサービスで競争を」、発展に向けた土壌作りを求めるKDDI

 総務省で進められる「2020-ICT基盤政策特別部会」は、「2020年代に向けて、通信・ネット関連の業界の在り方を見直して、世界トップレベルの環境を作ろう」という目標を掲げて、これから議論していこう――という会合だ。2013年6月に政府から発表された「日本再興戦略」をきっかけにしたもので、これからの通信業界の在り方が検討されることになりそうだ。

 さて前回は、NTTドコモの主張を紹介した。その主張は「事前規制の撤廃」「MVNOへの接続義務を撤廃して卸に一本化する」というものだ。

 そして今回は、KDDI渉外部副部長の岸田隆司氏、渉外部グループリーダーの山本雄次氏への取材で得られた、“KDDIの視点”を紹介しよう。両氏からは、これまでの歴史を踏まえつつ、「進化をもたらす競争環境」の重要さが語られた。

日本の通信市場は、NTTの在り方とともに

 現時点で、KDDIは何を求めていくのか。山本氏は、各社が通信インフラを維持、発展できるような競争環境が必要だと説く。そして岸田氏は、ドコモが求めるような「事前規制の撤廃」は行きすぎだと指摘する。この背景には、やはりNTTグループの支配力の大きさがある。

 日本の電話網が、かつて電電公社と呼ばれる組織に担われていたことは、多くの方がご存知だろう。今のNTTの前身であり、1985年に民営化され、それと同時に日本国内で“通信の自由化”による競争がスタートした。民営化以降も「NTTグループは巨大であり、そのままでは他社は対抗できない」と見なされ、NTTグループの在り方が議論され、規制がかけられている。

電気通信事業法と通信業界のこれまでの流れ(総務省資料より)

 たとえばNTTドコモが1992年に、NTT東西やNTTコミュニケーションズが1999年に誕生したが、これは一体だったNTTを、モバイルや東西、長距離といった形で分離した、というもの。ただ、あわせて持株会社が設立されて固定系の完全親会社となり、ドコモの株式も6割以上を手にしている。通信技術の進化にあわせて、基地局や通信網は民営化以降、設備投資されてきたものとは言え、競合他社からすれば、管路と呼ばれるネットワーク敷設用の設備など、全国津々浦々にあるNTTグループの資産は今も莫大なものであり、持株体制もあいまって、「あまりにも強大なNTTグループ」という見方を今も崩すことはできない。

 この巨大なNTTグループに対する法的な規制の1つは、いわゆるNTT法。これはNTT東西の事業に対して規制をかけている。もう1つが電気通信事業法の第30条であり、一定の市場シェアを持つ通信キャリアを対象に、「やってはいけないこと」を示している。NTTドコモとNTT東西はこの第30条による規制を受けている。

NTTグループの概要とNTTへの法規制(総務省資料より)

これまでの競争の成果は?

 KDDIでは、モバイル市場ではいち早くパケット通信定額制を導入し、固定通信でも1Gbpsという高速な通信サービスを手頃な価格帯で導入。今は影が薄いものの、MVNOについても、トヨタ自動車の「G-BOOK」、セコムの「ココセコム」といったユニークなサービスの実現に寄与してきた。たとえば東京では、東京電力傘下だったパワードコムを2006年に吸収合併してFTTH事業を拡大するなど、都市部を中心に自前の固定網も整備してきた。

数多くの通信事業者の興亡を経て、現在の形に(総務省資料より)

 モバイル市場のシェアも、携帯電話事業者だけに限れば、ドコモはいまだ44.3%(2013年9月時点)あり、さらにiPhoneを導入して、勢いを盛り返してきた。ドコモ側は約10年前と比較して大きくシェアが下げたと説明しているが、KDDI側は2011年度の45.7%というシェアはほとんど変わっていないとする。さらにドコモ側が脅威とする「auスマートバリュー」導入後も携帯電話市場シェアを2012年3月と2014年1月で比べると、ドコモが3.4%減となったのに対して、auは0.8%増、そしてソフトバンクが2.5%増、イー・モバイルが0.1%増となり、ソフトバンクのほうが伸長した。ただ、auの増加分は、0.8%とはいえ、CATVと提携して展開する固定網とのセットと考えれば、なかなか解約に繋がりにくい“質のいい0.8%”とも言える。しかし、これもFTTH市場の7割を占めるNTT東西の存在を考えると、当然「セット割」解禁を認めることにはならず、「忘れてはいけないのは、NTTグループはドミナント(支配的な事業者)であり、同じ質で語らないで欲しい」と山本氏は語る。

携帯電話のシェア(総務省資料より)
FTTHのシェア(総務省資料より)
CATVなども含めた固定ブロードバンドのシェア(総務省資料より)

 いずれにせよ、これまでは、規制がある中でドコモ、KDDI、ソフトバンクの競争が機能して、各社からさまざまなサービスの提供、より安価な料金プランが登場してきたことは間違いない。

「買収せずとも提携している例はある」「規制を明確に」

 日本の通信業界は、そもそもNTTグループの再編と密接な関わりを持ちながら歩んできたものの、NTTグループは持株制度を採り入れて厳密には分離されず、グループとしての一体性を保っている以上、市場に与える力、すなわち市場支配力は今もなお強力。健全な競争を促すには、規制が必要――というのがKDDIの基本的な姿勢だ。そのため、ドコモが求める「規制の撤廃」には、当然、反対する。

 「一般論としても、事後的に“~をやってはいけない”というのは当然のこと。その上でなぜ事前規制をするのか。もし一度規制がなくなると、再び規制するのは難しい。市場の競争を歪めるような動きがあった場合、それを戻すことは難しいからこそ、事前規制はしっかりとしておくべき。今の規制には当たり前のことが書いてある。(ドコモにとっては)やりにくいと主張し、他社との関係作りでも買収しかないと言う話もあるが、たとえば旅行サービス(dトラベル)の提供では、JTBと提携したものの、買収していない」(山本氏)

第30条第3項で示される禁止行為(総務省資料より)

 そして岸田氏は「これから、もしauが規制対象のシェアに達した場合は、当然、KDDIにも規制はかけられることになる」と述べる。

 その上で、総務省と公正取引委員会が示す、電気通信事業法での「禁止行為」を紹介するガイドラインはもっと明確にしてもらえれば、と要望する。つまり「○○をすると違反になるかもしれないから自粛する」という形にするのではなく、「△△までは実行しても大丈夫」として規制をかけられても動きやすい環境にすることも十分、検討すべきという考え。これはつまり、ドコモへの規制は維持しつつも、行動範囲を明らかにして、ドコモが抱える萎縮効果を和らげるような取り組みになり得そうだ。

OTT、ソフトバンクには?

 Webサービスやアプリを提供するFacebookやLINE、そしてグーグルやアップルといった企業はOTT(Over The Top)と呼ばれる。大手は端末まで手がけ、その影響力は日に日に増しているが、国内の規制の対象ではない。グローバルにサービスを提供する企業に対して日本だけ規制する、といったことも現実的に難しいだろう。

 KDDIからは、今回の取材で、こうしたOTTへの指摘は示されなかった。これは「今回の競争環境見直しとは別枠の話」(岸田氏)と捉えているため、とのことだが、市場を構成する重要なプレーヤーの一員としてOTT各社の存在を踏まえ、KDDI側から何らかの意見が出ることも期待したいところ。特に、先述した通り、KDDIでは規制があればこそ、これまで競争が促進されたと主張しているが、OTTが主役級の存在感になってきたことは、大きな変化であり、「これまでうまくいった方法」をどう見直すべきか、という視点があっても良いように思える。

 さて、ソフトバンクに対する考えについては、「競争によってインフラ整備が進む」という観点から、岸田氏は「インフラを作った会社から設備を借りるという形でいいのか。KDDIでは、NTTから設備を借りている部分もあるが、たとえば光分岐装置は独自のもので、サービスのスペックを維持している。こういうことが大事で、設備に投資を続けることで、多様性が保て、サービスがいろいろと出てくるようになる」と語る。

 山本氏も「ドミナント事業者(現在はNTT)のサービスの再販になって、サービスの品質がドミナントそのままになると、独自性のないサービスでは競争が進まない。全部作ってもらって、それを安く借りてという形がいいのかどうか」と説明した。

 サービス競争を促すには、多くのプレーヤー(事業者)が参加するほうがより効果的。そのためには多様性を維持するための仕組み作りが必要であり、インフラへの注力がサービスの多様性に繋がる、という考え方のようだ。

ソフトバンクの考えは?

 今回は「支配力のある事業者を規制して公平な市場環境を保ちつつ、各社が設備投資などで競い合っていく」というKDDIの考えを紹介した。

 ドコモへの反論もあれば、ソフトバンクへの指摘も上がった。ソフトバンクの考えはどうか、近日、取材結果を掲載したい。

関口 聖