「モバイルプロジェクト・アワード2012」受賞者に聞く

約1年で4500万のユーザーを獲得し、グローバルを目指す「LINE」


NHN Japanが開催した「Hello, Friends In Tokyo 2012」の様子。イベントでは、LINEのプラットフォーム化が発表された。グラフを見ると、ユーザーが加速度的に増加していることが分かる

 昨年6月にサービスを開始したNHN Japanの「LINE」は、わずか1年間で4500万人ものユーザーを獲得した。日本で生まれたサービスだが、今では台湾、香港、シンガポール、韓国などの東アジア圏や中東にも広がりを見せている。今月開催された「Hello, Friends In Tokyo 2012」というイベントでは、新たにプラットフォーム化が発表され、ゲームや音楽に加え、SNSでおなじみの「ホーム」や「タイムライン」といった機能が取り入れられることが明かされた。

 一方で、スマートフォンでは、SkypeやViberをはじめとしたコミュニケーションアプリは、LINEが登場する以前から数多く存在していた。そもそも、スマートフォンをはじめとする携帯電話は、元々が電話であり、SMSやEメールという形でメッセンジャーツールを備えている。では、LINEは昨年というタイミングでサービスを開始し、どのようにここまで大規模に成長したのか。また、今後、NHN JapanはLINEをどう発展させていくのか。これらの疑問を、NHN Japan 執行役員、CSMO(Chief Strategy & Marketing Officer)の舛田淳氏に聞いた。

LINEの生い立ち

NHN Japanで執行役員、CSMOを務める舛田淳氏

 NHN Japanは「2010年後半あたりに、スマートフォンの時代が一気に来ると考え、自分たちもチャレンジしたいと思い舵を大きくきった」。元々、PCやモバイル向けに事業を展開しており、ネイバージャパンの持っていた検索はアプリ化していたが、ありものの移植ではなく、よりスマートフォンの特性を生かしたサービスをというのが、当時掲げた方針だ。舛田氏は、約1年半前を振り返りながら、次のように語る。

「もともと、ネイバージャパンが持っていた映画検索、画像検索、翻訳サービスを移植してアプリにすることはやっていましたし、一定の評価を受けていました。ただ、目指すものはそうではない。言い方は悪いかもしれないが、国内外でナンバー1になりたい。そこで、PCにとらわれず、ゼロベースでどういうサービスが必要なのか、まずはグローバルのランキングを分析するところから始めた」

LINE以前にも、NAVERブランドでも多数のアプリをリリースしてきた

 分析の結果、1つの傾向が浮かび上がってきた。それは、「上位にいるアプリは、ゲーム、カメラかコミュニケーション。あとはひとネタ的なアプリもあるが、これは継続的なサービスにならない」というものだ。このスマートフォンアプリのトレンドを、舛田氏は自社がすでに展開している事業と照らし合わせた。すると、「ゲームはハンゲームがやっている、画像とコミュニケーションについても、実は『Pick』というカジュアルなTumblrのようなものをリリースしていた。『Nドライブ』や『NAVER Photo Album』といったオンラインで画像を管理するアプリも出していた」と分かった。NHN Japanが手薄になっていたのが、スマートフォンでのコミュニケーション分野だったというわけだ。しかし、「コミュニケーションは熾烈を極めるエリア」(同氏)でもある。FacebookやTwitterなどとは、何が違うのか。この点を日常生活における人間関係と比較する中で、次のことが分かった。

「(既存のSNSは)日常生活の人間関係との間にかい離がある。今までのサービスは、そこに入ってからいくつかのパラメーターによってレコメンド(推薦)される友達をフレンドとして承認してく。つまり、サービスの中に入ってソーシャルグラフを作っている。ただ、そうすると、日常生活とは次第にかい離してくる。Facebookのフレンドリストには友達ではない人があふれているし、Twitterは元々そういうサービスだが、フォロワーには知らない人も多い。もっと日常生活の知り合いを可視化するコミュニケーションがあってもいい。メディア型ではないコミュニケーションには何があるのかを考えたとき、メールや電話があった。メールや電話は、誕生以来大きなイノベーションが起きていない。Gmailのようなものはあったが、ストレージサイズがほぼ無限大になったあとのイノベーションがない」

 こうした検討を進めるなか、2011年3月11日に、東日本大震災が発生した。震災発生当日は、電話が輻輳し、かろうじてデータ通信はダウンしていなかったため、メールやVoIPが連絡を取るための唯一の手段になっていた。舛田氏自身も「家族の安否確認ですら、最終的に取れたのは23時時を過ぎていた」と当時を振り返る。

「妻がViberを使っているかと言えば、そうではない。Skypeも使っていない。その状況では、何もできなかった。当時は、私だけではなく、ほかでも同じようなことがたくさん起きていた。これはなんとかしなければという義務感もあり、ちょうど検討チームで考えていたこととシンクロした」

 LINEのリアルを軸にしたソーシャルグラフという考え方は、ここで固まった。コンセプトは「一言で表すと、人と人をつなげるもの」。当初は、純粋なメッセンジャーアプリで、「電話帳でマッチングし、ログインやステータスという発想をなくした。求めたのは、携帯電話に初期状態で実装されているような電話やSMSのような自然さ」だという。とは言え、すでにこの分野ではSkypeやViber、カカオトークなどが有名だ。LINEについては、当初、その可能性について「社内でも異論があった」そうだ。こうした意見に対して舛田氏は、「でも使ってないだろ、大多数は。」と言って開発やマーケティングを後押しした。「メッセンジャーアプリやVoIPアプリのシェアを見たら、確かにSkypeは1位だが、スマートフォン保有者全体を見た時のリーチ度はそんなに高くない」というのが、その根拠だ。

「こういうサービスは多くの人とつながるのが価値だが、実際にはまだつながれていない。言い方は悪いかもしれないが、たかがSkypeという気持ちで、(社内では)競合のことはいったん忘れようと言ってきた。スマートフォンはこれから伸びる市場で、どんどんユーザーは増えていく」

 こうした議論を経て、4月から約1カ月半という短い期間で、LINEは完成した。「クローズドなコミュニケーションが、裸のままでどこまで数字が伸びるかということで出してみた」というように、当初はメッセンジャー機能のみのアプリで、今のように音声通話やスタンプは、準備はしていたものの搭載まではされていなかった。結果として、手軽さが受け、ユーザーの間にクチコミで広がっていく。市場がスマートフォンにシフトする上で、キャリアの提供するメールの使い勝手が大きく変わってしまったことも、比較的シンプルでやり取りの履歴が一目で分かるLINEにとっての追い風になったのかもしれない。

LINEの初期設定時画面。SMSを使った認証を行い、電話番号とサービスがひもづけられるポップアップで新着メッセージが表示される。そのまま返信も可能と、通常のメールより即時性が高く、使い勝手がいい

プラットフォーム化するLINE

 ユーザーが自然に増えていった頃、無料通話やスタンプといった新機能を実装した。これによって「友達に勧めやすくなった」という。実際には「あくまでもメッセージがコアバリューで、ユーザーの使い方も圧倒的にこちら」だというが、メールが無料でできると宣伝しても、元々パケット定額プランでお金はかからないという認識がある以上、売り文句にはならない。

「いくらアプリが『サクサクしている』と説明しても、『それだったらメールやほかのアプリでいいじゃん』と言われてしまう。使い勝手が違うというのは、非常に説明しづらい。逆に、通話が無料になる、変なスタンプがあるというように伝えやすい機能が追加されると、友達に伝えやすくなる。これらの機能を載せたことで、実際に友達紹介機能のアクティブ度が上がった。Twitter上でも無料通話ができるから使ってみてということが、頻繁に起こるようになった」

スタンプはあとから実装された。文字なしでコミュニケーションを楽しめるのが、人気の秘けつだ。3G網でも比較的高音質な、通話機能も搭載されている。もちろん、無線LANでも利用できる

 ユーザーが急増したとはいえ、LINEはあくまで無料のサービスだ。そのままでは赤字が出る一方で、企業としてはどこかで収益化しなければならない。舛田氏によると、将来的なビジネスモデルについてのイメージは当初から織り込み済みだったという。ただし、「最初から、普通のメッセージや通話で課金はやめようと思っていた。プレミアムパッケージを作って、こっちに入れば品質がいいというのはやらない」方針だ。「無料メッセージ、無料通話はユーザーとお約束していたところ。品質の改善は出し惜しみしない」という考えもある。

スタンプショップで、4月から有料課金を開始した。1つ170円で、プロモーションと連動した無料のスタンプもダウンロードできる

 そこで、NHN Japanはまず有料のスタンプをリリースし、アプリ内で課金を始めた。スタンプは、LINEのコミュニケーションでは人気を博しており、「感情表現を文字ではなく画像にすれば、それ1つで気持ちが伝わる」という発想で始めたもの。「サービスの仕組み自体がコミュニケーションを誘発する」というLINEのコンセプトを、もっともよく表した機能だ。このスタンプを有料で今年の4月から販売を始めたところ、2カ月で3億5000万円の売上を達成した。同時に、他のサービスへの誘導に効果があるのかも、「LINE camera」というカメラアプリを投入し、実験した。ユーザーの規模、課金の可能性、他のサービスへの導線の3つを検証した結果が、既報のとおりのプラットフォーム化だ。売上目標はまだなく、まずは年内に1億ユーザーを目指す。この過程でグローバル展開も進め、「日本が3割、海外が7割になっていくことを予想している」という。

 一方で、急成長の反動ともいえる課題も、今後は超えていかなければならない。その1つが犯罪に繋がるリスクのある “出会い”の増加だ。LINEは、機種変更時や電話帳に載っていない友達との利用のために、IDを設定できる仕様になっている。このIDを、App StoreやGoogle Playのレビューコメント欄で交換し、そこから犯罪に巻き込まれるという事件も実際に起きている。LINEのIDを書き込む、専用の非公認掲示板までNHN Japanと関係のないところで登場してしまった。

 ある意味、既存の電話やSMSといった連絡用のツールがLINEに置き換わっただけとも考えられるが、サービスがホームやタイムラインを設けたSNSの性格を帯びてくると、対策も求められるようになる。これについて舛田氏は「プラットフォーム化とは関係なく、国内2000万人以上のユーザーを持つサービス事業者の責任として、見過ごすわけにはいかない」と述べ、対策を進めていく構えだ。仕組み上、片方の電話帳に載っていると一方的にメッセージを送れてしまうが、これも「スパムが発生してしまうので、取り組みは強化している」。また、LINEのIDについても「不特定多数に公開するのではなく、電話番号と同じような存在だと思っていただきたい」と注意を喚起していく方針だ。ただ、SNSとは異なりあくまでLINEはメッセージが主のサービスであり、同意のあるなしに関わらず監視はされたくないというユーザーもいるだろう。舛田氏も「当然『通信の秘密』を守る原理原則がある。電気通信事業者として届け出もしている以上、そこは守る」というため、両者のバランスを取った舵取りに期待したいところだ。

出会い系としての利用や、スパムに対する対応策も発表された。こうした取り組みには、提携したKDDIの力も借りていくという

LINEの課題とこれから

「Hello, Friends In Tokyo 2012」にはKDDIの専務、高橋誠氏も登壇し、協力関係を推進していくことを語った

 また、LINEのようなリアルタイムで通信を行うアプリが接続状態を維持するために、通信網側に過大な負荷をかける問題も起こっている。「3G回線であの音声を実現するためには、圧縮しきらなければならない。独自コーデックを使って、パケットはあまり発生しない仕組みにしている」というものの、制御信号という落とし穴があった。ドコモで1月に発生した通信障害も、LINEが名指しされたわけではないが、原因の一端だと考えられている。だが、舛田氏によると、「よく言われる制御信号は、そもそもアプリケーションベンダーが検知できない。逆に、通信キャリア側は、アプリの挙動が分からない」。お互いが暗中模索をしなければいけない状況だったというわけだ。これを踏まえ、NHN JapanはKDDIとの提携を発表。今後も、KDDIを含め、キャリア各社とトラフィック対策も含めた取り組みに関する検討を行っていく。

「国内で2000万という数字は、1キャリアに匹敵する大きさ。トラフィックが大きく発生するのは、ある意味避けようがないこと。今後、各キャリアとどういう方法があるのか、ベストなソリューションを探す話し合いをしている」

 KDDIとは提携関係を結んだが、ドコモとも同様にトラフィック対策に向けた協議を行っているという。

 サービス面では、メッセンジャーとして発展してきたLINEに、性質が異なるホームやタイムラインといったSNSのような要素が加わることを、好ましく思わないユーザーがいるのではないかという懸念がある。これに対して舛田氏は「ご心配の点は、我々も心配してきたこと」とし、あくまでシンプルな設計は貫いていくと語る。

LINEにホームやタイムラインといった、SNS的要素が加わっていく

「複雑になりすぎないことが重要。コアバリューはやはりコミュニケーションであり、無料通話や無料メッセージ。それを使っているユーザーが、わざわざほかのものを使わざるをえない状況にはしない。たとえば、プラットフォーム化の一環で『LINE Birzzle』というゲームを出したが、LINEで通話だけをする人には関係がないし、興味がなければ無視できる仕組みになっている。SNSがあってメッセージを追加したFacebookとは順番も逆で、通話やメッセージの拡張機能として、ソーシャルネットワークがある」

 もちろん、ユーザーの声には耳を傾け、「シンプルでないという時は、再度アップデートするのは躊躇しない」という。そのために、サービス開始当初から「Twitter、ブログなどをモニタリングし、毎日レポートにしてみんなで必ず目を通している」。ユーザーの意見には優先度をつけた上で、実際に改善も行っているそうだ。

 このように、LINEは急成長している一方で、サービス提供者としての責任も大きくなりつつある。GoogleやFacebookがそうしてきたように、グローバル展開をするうえでは、各国の規制当局との連携も今以上に必須になるだろう。「Facebookのような存在を目指す」という同社の目標には、こうした将来に対する“覚悟”も含まれている気がした。




(石野 純也)

2012/7/19 15:10