キーパーソン・インタビュー

スマートパス500万加入へ、高橋氏が語るauパス戦略の目論見


 auのスマートパスポート構想が波に乗ろうとしている。3月にスタートした割引サービス「auスマートバリュー」と、定額コンテンツサービス「auスマートパス」がともに、開始約2カ月で100万契約を突破し、同社の掲げるスローガン「自由」を結果につなげる形となった。


100万契約突破コンテンツのパスポート

 さらに5月、auの夏モデル発表会では、構想の第2ステージとして「ビデオパス」と「うたパス」が発表された。動画と音楽というエンターテイメントの中心を拡充することで、KDDIはエンターテイメントの視聴スタイルを変えると息巻いている。

 今回、KDDIの代表取締役執行役員専務である高橋誠氏に、スマートパスの現状と今後の展開を訊くとともに、ビデオパスとうたパスなど、KDDIの「……パス」戦略について、その詳細を語ってもらった。

好調なスマートパス、500万加入に向け店頭での8割加入が目標

KDDIの高橋氏

――「スマートパス」が好調のようですね。現在の状況と好調要因をどう見ていますか?

 先日、100万契約突破を発表しましたが、今もそのペースのまま伸びています。まだ正式に公表してはいませんが、現在120~130万契約といったところですね。年度末までに500万契約を達成しようと目標の数字を出しているので、なんとかそれをキャッチアップできるよう一生懸命にやっているところです。月額制のサービスで500万って結構大変な数ですからね、まだまだこれからです。

 好調の要因はいくつかあると思います。スマートフォンのユーザーが情報をチェックする中で、スマートパスを“なんだかちょっと安全なもの”と思っていただいている状況です。auショップでは、安全にコンテンツ等が楽しめますよ、とオススメしています。

 スマートパスはショップ側でも説明しやすいサービスなので、今、店頭での加入率をなんとか8割まで持って行こう、と社内目標を立てています。今のところそこまでには達しておらず、大体6~7割ですね。

――6~7割でも高い加入率ですね。お話の中に出てきた“安全”というのは、月額390円でいろいろ使えるという意味ですか? それともセキュリティ面での話ですか?

 それは両方ですね。スマートパスでは、中で提供される前に必ず検証試験をやっていますし、最近話題になっているような、勝手にデータを抜かれてしまうアプリは配信できないような仕組みです。そういった意味では安心して使っていただけると思っています。

 そして、なんといっても500本のアプリが取り放題というのは大きいですね。フィーチャーフォンの時代なら月額制が当たり前でしたが、スマートフォンでは1本あたり数百円ですよね。それが月額○○円という形で利用できるとやっぱり安心して遊べると思います。


auスマートパスダウンロード数が4倍に

有料サービス減少の懸念

――スマートパスの提供により、従来の有料サービスが減少するといった影響は出ていますか?

 それは全くないみたいですよ。スマートパスユーザーの2カ月前のデータを取ってみると、大体、アプリのダウンロード数は一人あたり平均で2.5本程度で、それがスマートパスの利用によって約4倍になりました。数は公開していませんでしたが、大体10本ぐらいになっています。アプリの1日あたりの接触時間も増えているみたいですね。

 ただ、あまり良いことばかり言っていてもしょうがないので、この際言ってしまうと、これから500万契約まで、このままそう簡単にはいかないだろうなとは思ってます。たぶん、カテゴリーに応じたオススメの仕方も考えていかなければならないし、コンテンツのラインナップも今のままでいいのかという疑問があります。現在、毎週のように定例会を開いて動向を見ている状況です。

“スマホでもフィーチャーフォン”な女性層

エンタメへのパスポート

――現状の人気アプリや利用動向に顕著な例がありますか?

 とくに女性なんですが、フィーチャーフォンっぽいんですよ、使い方が。もちろん、ウイルスバスターなどが一番使われているけども、それ以外のところを見るとカスタマイズ系が多い。昔懐かしい着メロを落としている人も結構いますし、壁紙系をダウンロードする人も多くて、やっぱりスマートフォンの時代でもカスタマイズって重要なんでしょうね。

 男性層だと、いわゆるギーク層は新しいアプリを落としているけど、ここはまだちょっと弱いところで、ギークだからといって海外のアプリをバリバリ落としてくれるかというと、そこまでには至っていません。僕らのレコメンドが弱くて、もう一歩先に行ってないですね。

――ところで、スマートパスの現状のユーザーは、ギーク層寄りなのか、もう少しライトな一般層寄りなのか、どちらが多いのでしょうか?

 それは一般層、店頭で6~7割を獲得しているので、ギーク層から入ってくる傾向はないですね。スマートフォンを買い求める一般層が加入している状況です。



――なるほど、一般層がメインとなる、ギーク層よりも提案力が求められるのでは?

 そうですね、だからアプリの中で毎日のオススメをどんどん出しています。ただ、それだけではユーザーとの接触が面白くないので、いろいろなことを考えているところです。Notification(Androidの通知枠のこと)の仕組みを使ってみるだとか、メルマガを作るだとか、もっと言うと、500本あるアプリの1本だけをどこかでプロモーションするとか、そういったいろいろな可能性にチャレンジしようかなと思ってます。

スマホからタブレット、夏にはテレビにも

Smart TV Box

――KDDIでは、スマートパスをマルチデバイスに拡げていく計画ですので、テレビ向けの施策をうかがいます。タブレット専用、テレビ専用のアプリが登場するのでしょうか? テレビ用に複数人で遊べるようなアプリが出てくるとか。

 今は、スマートパスの500本のアプリをまず、タブレット端末に拡げようと準備していて、夏にはテレビ用の「Smart TV Box」(セットトップボックス、STB)があるので、それ向けのコンテンツを集めようとしているところです。

 テレビの場合、STB経由なので操作はタッチパネルではなくリモコン操作です。で、そうするとアプリを少しいじる必要が出てくるかなと思っています。同じIce Cream Sandwichだけど、デバイス対応が必要ですから。

 アプリについては今のところ、スマートパス共通のものを使って欲しいなと考えてますが、テレビ用のアプリはいろいろ想像しています。でも、どうですかね? スマートTVって日本でも来るのかな?

――リビングにテレビがあって、ある程度のサイズのスクリーンに目が向くのはどこの国でも同じでしょうから、使いやすさ次第でしょうか。

 というのも、欧州や米国ではネット機能が載って、アプリをバリバリ動かすようなことが始まりつつあると聞くけど、日本はどうなるかなぁと思っているところなんですよ。


マルチデバイス対応、テレビにもケーブルテレビ事業者とも提携関係にある

 「Smart TV Box」はケーブルテレビ会社から、ケーブルテレビ会社のサービスとして提供されます。基本的には機器はレンタルのはずです。ケーブルテレビのSTBとのデュアルチップ構成で、「HTC J ISW13HT」が一緒に載っているような構造になっています。無理矢理1つのチップで動かすのは面倒だったから、ケーブルテレビのチップが載っていて、その隣にHTC Jが載っているような形にしたんです。もっとも、後者には通信チップはいらないのでOMAPが1枚入っている感じかな。

 ご存知の通り、OMAPはIce Cream Sandwichのパイロットベンダーで、それをそのまま持ってきました。実はチップをどうするか悩んだんですけど、OMAPじゃないと最初は動かないとGoogleさんが言うので採用を決めました。動作は結構サクサクですよ、理論的にも2枚のチップが分かれて動いていることになるし。

――スマートパスを利用して気づいたのは、定額でなければ絶対落とさなかったであろうアプリも利用するようになったということです。この前も手相のアプリで盛り上がったんですが(笑)、利用料の障壁が下がり、キャリアとユーザーとの新しい接点になるように感じました。

 ああ、ホントに? 今はアプリとクーポン、ストレージだけ提供してますが、でも実はもう少しいろいろ載っけていけたらいいなと考えているんです。今時の言い方じゃないのであまり言いたくはありませんが、スマートパスってある意味、昔で言うポータルじゃないですか。だから、お客さんをどうやって飽きさせず、何度も訪れてもらえるようにするか工夫が重要で、それは昔と同じだと思ってるんです。

ビデオパス、まずは「店頭をきれいに」



――5月15日から「ビデオパス」がスタートしましたね。開始2週間といったところですが、状況はいかかでしょう。

 ビデオパスは、年間で十数万ユーザーぐらいのサービスを目指しているんですよ。これは社長(田中孝司氏)ともさんざん議論しましたが、今回僕らは“店頭をきれいにしたい”と思っているんです。

 実は今、店頭が大変なんです。「スマートバリュー」はあるし、光(auひかり)も売らなきゃいけないし、コンテンツだって売らなきゃいけない。そうなると、待ち時間がすごく長くなってしまう。だからショップでの待ち時間を徹底的に短くする仕組みを、それはもちろんショップのスタッフが使うシステムの見直しも含みますが、そういった店頭をきれいにすることを議論しているんです。そこで我々はまず、上位レイヤーのところではスマートパスを徹底的に売っていこうと考えています。

 スマートパスを500万契約にするだけでかなり大変なことですよね。加えてショップでは、リアルアフィリエイトの形でほかのコンテンツサービスも店頭売りしています。実はこれをちょっとやめて欲しいとお願いしているところで、店頭のコンテンツはスマートパスの1本だけにしようと取り組んでいます。そうはいっても、なかなかきれいにいかないところもありますが、まぁそういう方向で動きだしています。

 ということもあり、ショップ店頭ではビデオパスについてもバンドルして提案することはやっていません。まず、スマートパスを徹底し、スマートパスからビデオパスや「うたパス」を売っていこうと考えています。

 スマートパスを契約すると、ビデオパスが2週間無料で利用できるのもそのためで、スマートパスありきでビデオパスを拡販していこうと考えています。6月からはCMも打ち始めたので、大体、年間十数万契約のレベルにはいけると思っています。とりあえずは順調ですね。


旧作見放題コンテンツ供給体制

LISMO Videoの失敗

――auではこれまでも「LISMO Video」で、動画サービスを展開されてました。今後、ビデオパスとの切り分けはどう考えてますか?

 いやぁ、LISMO Videoはいまいちうまくいかなかったなぁ(苦笑)。もうそう言っちゃうしかないですが、やっぱりフィーチャーフォンでは限界があったんだと思っています。スマートフォンの時代になって、ストリーミングベースでマルチデバイスになり、さらにHulu(動画配信)や海外ではNetflix(オンラインDVDレンタル)も出てきて、やっと競い始めたところです。やっぱり、ここからじゃないかなぁと思っています。これからビデオ関係はかなり力を入れていきますし、世の中でも盛り上がってくると見ています。

 それから、ビデオパスと他社動画サービスとの差別化要因はいくつかあると考えています。1つは新作が観られること。米国では、コンテンツのマルチデバイスでの権利処理が進んでいて、1つの許諾でどんなデバイスでも観られる代わりに、DRMがしっかりしていなければならないとなっています。レンタルショップなんかもうないので、DVDと同じタイミングでVOD(ビデオ・オン・デマンド)を出すという動きが加速しています。ところが、日本の映画会社はまだそこは堅くて、VODで大作を出すことすら手間取っているところ。とはいえ、それも時間の問題かなと思っています。


ビデオパス概要他社比較

――ビデオパスでは、旧作が定額で見放題、それに新作が毎月1本無料で付き、新作は複数タイトル楽しむなら追加料金がかかる形になっています。料金施策に関連するところですが、新作と旧作、利用者のニーズはどちらにあると考えていますか?

 それは絶対に新作。僕らは新作をトリガーに使って、旧作も楽しんでもらおうと考えています。

 我々の差別化ポイントは、新作とマルチデバイス対応、もう1つはFacebook連携です。この展開は夏ぐらいになると思います。ビデオパスでは現在、単純に「いいね!」が付けられる形にしていて、リアルタイムフィードに利用状況が表示されます。Facebookでは、このリアルタイムフィードの情報をあるルールでニュースフィードに出すオープングラフの仕組みがあるので、リアルフィードに利用状況を出すとともに、まずはau Smart Sportsからオープングラフを日本でいち早く取り入れているところです。

 ビデオパスではたとえば、津田さんがこんなエッチなものを観ているという情報もFacebookで……。

――えっ!? それもわかっちゃうんですか?

 と、いうのは冗談ですが(笑)、まあ、そういうソーシャルが連携した世界はこれからもっと当たり前になるのかなと思っています。

 このほか面白いところでは、エヴァンゲリヲンの庵野さん(庵野秀明)がジブリの巨神兵を使って特撮作品を作るんですが、それをビデオパスで流しちゃおうかなと考えています。

音楽業界を納得させた「うたパス」の仕組み



――続いて「うたパス」ですが、月額315円の聴き放題の音楽サービスと発表された時、正直言って驚きました。同じくサブスクリプション型の「LISMO unlimited」の利用料(月額1480円)を知っていましたから。うたパスについて、レコード会社とのやりとりはスムーズにいったんでしょうか?

 それは聞いて欲しいポイントでした。KDDIでは、定額の音楽サービスとして「LISMO unlimited」をやっていて、あれは月額1480円と結構高いですよね。それでもレコード業界の人は破格と言うんですが、LISMO unlimitedでは洋楽中心の100万曲の中から自分が一番好きな曲を選んで聴けます。選んで聴き放題でマルチデバイス対応です。

 音楽業界からすると、このLISMO unlimitedの提供形態をやり過ぎると、アラカルト(1曲選んで購入する形)が減ってしまうんじゃないか? と懸念するわけです。このため、LISMO unlimitedでもほとんど邦楽は提供されません。徐々にそれも変わりつつありますが、映画の状況と同じように、新曲CDを出し、レコード会社によっては着うたを売って、少ししてからLISMO unlimitedという流れになるんだと思います。


うたパス概要好みの楽曲が見つかればハートマークをタッチ

プロモーションツールとしてのうたパス

 では、うたパスが月額315円をどうやって実現したかというと、それは曲を選べないからなんです。さまざまな特集で楽曲が聴き放題になるわけですが、音楽業界からするとそれはプロモーションに見えるんです。

 うたパスでは、曲を飛ばす回数が制限(起動あたり10回)されていて、それは、何回でも曲を飛ばせると楽曲を買ったのと同じになってしまうからです。ただし、楽曲の好き嫌いの意思は画面をタッチで表せるし、だんだん好きな音楽が集まってきて、どんどん心地よくなっていきます。

 ユーザーが好きな曲を見つけ、そこから楽曲購入への導線も用意されています。音楽業界としては、うたパスはプロモーションと同じ状態になるので協力的になるわけです。この仕組みは結構苦労しましたが、協力するレーベルも増えて、どんどん新曲が出せるような状況になっていくと思います。レコチョクと組んで、LISMOの音楽プレーヤーアプリで楽曲購入できるようにして以来、スマートフォンでも着うたを購入する流れが出てきたところなので、よいプロモーションツールになるといいなぁと思っています。

 また、プロモーションツールだと、それではタダでもいいのではないか? と、言う声もあると思いますが、そこは権利料があるので月に300円はいただこうとなっています。最初はサービスに火を点ける意味もあって、スマートパス会員は8月まで無料としています。


うたパスの各チャンネルFacebook連携

音楽は大好き、でも語れるほどではない人たちに

――なるほど。それでは、うたパスをどういうユーザーに届けたいですか?

 音楽を詳しく知っている人はいるけど、私自身、アーティストの名前もほとんど覚えられないし、正直言ってあんまり知らないんです。でも、なんか気に入ったジャンルの音楽を聴きたい気持ちはあって、聴きながら曲の好みをタッチしていくと、だんだん好きな曲がそろってくるんであればそれは便利でしょう。うたパスは、音楽は大好きなんだけど、人に音楽を語るところまではいかない人にとって、背中を押してくれるようなサービスになればいいんじゃないかなと考えています。

 今回、うたパスでは「J-POP」とかそういう音楽の分け方はしていなくて、「10代のうちに聴いておきたい……」とか、「クセになる……」とか、音楽のイメージが沸きやすいジャンルの付け方をしています。これは音楽業界の人のアドバイスを受けてやっていて、ディレクションはKDDIの音楽好きの連中と、KKBOXがやっています。KKBOXの彼らは音楽がすごく好きで、配信のノウハウも持っていますし。

 それに、KKBOXというブランドでは、アジア圏に手を広げていきたいと思っていて、うたパスのようなサービスをアジア圏で展開すれば、ゆくゆくは日本のレーベルがアジアに展開できるようになるかもしれない。担当者に発破を掛けていきたいですね(笑)。

――うたパスが315円、unlimitedが1480円となると、その中間のサービスがあってもいいような気もします。

 2つのサービスというよりも、LISMO unlimitedはコアな洋楽ファン向けのサービスとして、粛々と進めていければいいなと思っています。洋楽100万曲はCD発売のタイミングで聴けるし、レンタルサービスの場合1年経過しないと洋楽は並ばないので、本当に音楽が好きな人はunlimitedを選ぶと思います。今年1年はまず、「うたパス」の訴求を優先しようと考えています。

次なる「……パス」


まずは500万獲得、と高橋氏は語る

――ワイヤレスジャパンの講演では、KDDIのキーパーソンから、新サービスとして「……パス」を拡充するいく方向性が示されました。スマートパスでアプリやストレージ、クーポンを提供し、ビデオパスで映像、うたパスで音楽が埋まりました。では次はどうなるのでしょうか? これまでのLISMOサービスとのつながりで考えれば、電子書籍というのも想像できるところかと思います。

 マルチデバイスで安心して使ってもらえるサービスが「……パス」だとすれば、エンターテイメントでは、本やアニメなのかはわからないが、とにかくそういうものを用意していくことにはなります。ストリーミングベースのもので検討段階です。それに、これはやらないとは思いますが、「……パス」を募集してみたらどうか、なんてことも考えていますね。

 KDDIのスマートパスポート構想の中で、次のパスを何にしようかという議論はしていますが、ここ1~2年はまず、スマートパスで500万人以上を獲得して、もう一度ユーザー接点をしっかりと確保する、ということのプライオリティが高い。次から次へと「……パス」を出して行く形にはならないとは思いますが、まず、ユーザー接点をしっかりと確保しないとダメなんだ、と今更ながら感じていますね。

――今日はお忙しい中ありがとうございました。

 




(津田 啓夢)

2012/6/6 15:00