世界のケータイ事情

オックスフォードで電波について学ぶ

 皆さんが初めて訪れた海外の国はどこですか。私の場合はイギリスです。大学時代、語学学校に通うためにオックスフォードでひと夏を過ごしました。ヒースロー空港からオックスフォードへ向かうバスの中で見た、なだらかに続く緑の丘と羊に感動したこと、毎食出てくる豆料理に閉口したことなど、今でも懐かしく思い出します。

 今年の9月下旬、そんな思い出の地、オックスフォードを二十数年ぶりに再訪する機会がありました。今回の目的地は語学学校ではなく、オックスフォード大学のカレッジです。といっても、大学の正規の授業を受けたわけではなく、英国のコンサル会社が主催する電波や無線をテーマにした研修に参加しました。学生が夏休みの間、教室や寮をこういったイベントや観光客に開放するカレッジは少なからずあるようです。

 よく知られているように、オックスフォード大学は40近くのカレッジから構成されており、それぞれが独立して運営されています。今回の滞在先となったハリス・マンチェスター・カレッジは、オックスフォード大学の中でも最も小さいカレッジの1つで、21歳以上の学生だけを受け入れるというユニークな存在です。

ハリス・マンチェスター・カレッジが誇るテート・ライブラリー。実際には、調べ物というより憩いの場として利用(筆者撮影)
ハリス・マンチェスター・カレッジの時計塔。研修中に改修した塔のオープニングセレモニーが行われ、なんと英国ロイヤルファミリーの一員、アン王女が訪れた(筆者撮影)

 研修はわずか1週間足らずでしたが、欧米、中近東、アフリカなど世界各国からの参加者と一緒に、古い調度品に囲まれた教室で講義を受けたり(寒かった)、ロンドンのテートギャラリーで知られるヘンリー・テート卿が設立した美しい図書館で調べ物をしたり(ここも寒かった)、壁一面に肖像画(誰かは不明)が飾られた食堂でイングリッシュブレックファスト(結構おいしかった)を食べたりと、すっかりオックスフォードの留学生気分に浸ることができました。

 イギリスといえばパブが有名ですが、学生の街オックスフォードにもたくさんのパブがあります。ハードな研修が終わった後、1日の疲れを癒すには何よりもアルコール。私も他の参加者と一緒に、毎晩のように“Pub-Crawl”(パブ巡り)を楽しみました。中でも一番多く訪れたのが、滞在先のカレッジのすぐ近くにある“Turf Tavern”。ミステリーや海外ドラマ好きの人なら知っているかもしれませんが、ここは、英国の推理小説家、コリン・デクスター原作の人気テレビドラマ「モース主任警部(Inspector Morse)」シリーズで、主人公のモース警部のお気に入りのパブとして、度々ロケが行われたところです。

モース主任警部の愛するパブ、Turf Tavern。路地の奥にあって、見つけるのが大変(筆者撮影)
イギリスの食卓に欠かせないHPソース。研修中の朝食の席では、ハムとこのソースをはさんだホットサンドイッチがちょっとしたブームとなった(筆者撮影)

 さて、研修もあと半日を残すのみとなった木曜日の夜、すっかりお馴染みとなった“Turf Tavern”の奥のテーブルを囲んだ私たち。1杯目のビールがそろそろ空になり、2杯目は何にしようかというとき、誰からともなくこんな会話が交わされました。

「そういえば、最初の方の授業で電波に関わる人は何とかを飲め、って言ってなかったっけ?」

「そうだ。無線の歴史のところで出てきたね。有名な発明家の先祖がウィスキーを作ってるとか。えーっとモールスだっけ?」

「いやヘルツじゃない?」

「ああ、それだ」

 講師の先生がいたら「授業をちゃんと聴いてなかったのか」とがっかりしそうですが、正解は無線の父(father of radio)と言われるマルコーニです。大西洋横断無線通信を成功させたことで知られるグリエルモ・マルコーニ(Guglielmo Marconi)は、イタリアのボローニャ出身ですが、母親がアイルランドの有名なウィスキー蒸留所、ジェムソン(Jameson)の創業者の孫にあたるそうです。マルコーニの名前は出てこなかったけど、飲むべきお酒の名前はちゃんと覚えていた各国の電波関係者たちは、ジェムソンのグラスを片手に、偉大な先人たちに思いを馳せつつ、オックスフォードの最後の夜を満喫したのでした。