NECカシオモバイルコミュニケーションズ 山崎社長に聞く

法林岳之
1963年神奈川県出身。携帯電話をはじめ、パソコン関連の解説記事や製品試用レポートなどを執筆。「できるWindows 7」「できるPRO BlackBerry サーバー構築」(インプレスジャパン)、「お父さんのための携帯電話ABC」(NHK出版)など、著書も多数。ホームページはPC用の他、各ケータイに対応。Impress Watch Videoで「法林岳之のケータイしようぜ!!」も配信中。


 昨年9月に事業統合が発表され、今年6月からNECの携帯電話部門とカシオ日立モバイルコミュニケーションズが完全に合流し、いよいよ本格的なスタートを切ったNECカシオモバイルコミュニケーションズ。今回は同社の山崎社長のインタビューを交えながら、これからの同社への期待と国内の業界動向について、考えてみよう。

3つのブランドが展開される出展ブース

WIRELESS JAPAN 2010のNECカシオブース
これまでNEC、カシオ日立の2社が展開してきた3ブランドの携帯電話

 先週、東京ビッグサイトで開催された「WIRELESS JAPAN 2010」。通信事業者や端末メーカー、国内外の関連企業が出展する通信関連のイベントとして、すっかり定着した感があるが、今年の展示会場では昨年まではなかった新しいネーミングのブースが登場した。そう、今年6月から本格的なスタートを切ったNECカシオ・モバイルコミュニケーションズがはじめて展示会に出展し、NEC、カシオ計算機、日立コンシューマーエレクトロニクスの製品ラインアップが並べられていたのだ。ちょうど両隣のブースには、シャープ、富士通という国内市場を争ってきたメーカーが出展し、各社のデモンストレーションブースは例年にも増して、来場者の関心を集めていた印象だった。

 NECの携帯電話部門、カシオ日立モバイルコミュニケーションズの統合については、昨年9月に発表後に本コラムでも取り上げ、文化の違う2社3ブランドがどのように融合していくのか、本当にシナジー効果を生み出せるのかを見極めていく必要があると書いた。その後、昨年12月には統合の受け皿会社を設立し、海外の競争法の審査の関係上、当初、予定されていた今年4月の営業開始が今年5月1日にずれ込んだものの、6月1日にはカシオ日立モバイルコミュニケーションズも合流し、いよいよ本格的に稼働を開始している。

 今回の「WIRELESS JAPAN 2010」の展示ブースでは、従来の2社3ブランドの夏モデルが一同に並べられており、本誌の開発者インタビューなどにも登場いただいた商品企画担当者が各製品の説明を担当していたが、筆者がカシオ計算機製端末の説明を受けている隣で、NECの関係者もいっしょに話に参加するという、ちょっと不思議な光景もあった。各社の担当者はまだぎこちなさがあるものの、それぞれにお互いを意識しながら、NECカシオモバイルコミュニケーションズという新しいブランドをアピールしようと取り組んでいた印象だ。

 

お互いの特徴を上手に活かせる会社にしていきたい

 6月1日から本格的に稼働し始めたNECカシオモバイルコミュニケーションズだが、同社は今後、どのような形で3つのブランドを扱い、どんな企業にしていくのだろうか。NECカシオモバイルコミュニケーションズの山崎耕司社長に話をうかがってみた。

――6月からNECカシオが本格的にスタートしたわけですが、今後、どのような企業にしていくのでしょうか。

NECカシオモバイルコミュニケーションズの山崎社長

山崎氏
 今年6月、新会社が本格的にスタートするとき、社員や幹部を集めたキックオフをやったんですよ。我々にはいろいろな事業課題があり、それらをしっかりクリアしていこうという話をしたわけですが、それ以前にもっと重要なものがあるという話もしました。それは、この会社は3つの会社から人が来ていて、それぞれに文化も違えば、考え方も違う。だから、まずはお互いの違いを認識して、尊重しあうことが大切だということです。3社の文化が調和して、ハーモニーを奏でるようになり、その結果として、本当の意味のシナジーが生まれてくるわけです。この考え方は、ちゃんとNECカシオが掲げる「Challenge and Harmony for Next Era」というコーポレートステートメントにも反映されています。

――単純に3社がいっしょになるわけじゃないということですね。

山崎氏
 そうです。いっしょになるから頑張ろうという姿勢も大切ですが、お互いを尊重し、3社のそれぞれのいいところをどう伸ばしていくかがもっと大切というわけです。カシオは「EXILIM」にしても「G-SHOCK」にしても、ブランドに対する強いこだわりを持っていますし、日立はテレビや炊飯器など、数多くの家電製品があります。最近、ケータイの世界でも家電連携なんていう話がよく出てきますが、残念ながら、今までのNECには今ひとつリアリティがなかった。ところが、日立が加わったことで、そういったことも一段と現実的に見られるようになるわけです。

――山崎社長をはじめ、よくNECの方々は、シャープやパナソニックなどの他社が家電製品を手掛けていることがアドバンテージだと言われますが、そんなに違うものなのでしょうか?

beskeyは3種類のキーパッドを用意

山崎氏
 文化というか、考え方というか、発想が違うところがありますよね。たとえば、au向けの夏モデルに日立製の「beskey」という機種があります。これは3種類のキーが同梱されていて、自分の好きなキーに交換できるのが売りです。NECもNTTドコモ向けに供給した「マイセレクトモデル」(N-01Bマイセレクトモデル)のように、カスタマイズできるモデルは作りましたが、どちらかと言えば、デザインを変えたいという声に応えるものでした。しかし、beskeyはお客さんの打ちやすいキーに交換できるというアプローチ。この発想はなかなか出てこないもので、ある意味、家電的だと思うんです。作り手の「使ってもらおう」という努力が感じられる商品ですね。

――そうすると、NECカシオとしては、そういうところを取り入れていきたいということになるわけですか?

山崎氏
 カシオのブランドに対するこだわり、日立の家電的な物事の考え方、そして、NECにはクラウドをはじめとしたコンピュータテレコムワールドの発想がある。これだけ、いい材料が揃ったんだから、おいしいものができるはずです。ただ、それぞれを無理に混ぜようとしているわけじゃないんです。たとえば、「NECっぽいCASIO」なんて、想像できませんよね。むしろ、スタッフには他の会社が持っている強みや要素をうまく活用したり、取り入れられるようになって欲しいんですよ。

――NECカシオは今後、端末メーカーとして、どういう方向を目指すのでしょうか?

山崎氏
 やはり、よく言われることですが、メーカーとしては国内市場だけでなく、グローバルへの展開を考える必要があります。ただ、グローバル展開も、掲げるだけでできるわけじゃありません。たとえば、カシオの腕時計の「G-SHOCK」がありますよね。この防水、防塵、耐衝撃というのは普遍的な価値を持っていて、グローバルにも通用するものです。しかもカシオはその価値をブランドとして、仕上げる力を持っている。グローバルに展開するときは、こういう力をうまく活かしたいわけです。他社で言えば、シャープやパナソニックはグループ内に液晶やカメラなど、デバイスを持っていて、それらをうまく製品に活かしている。

 NECとしてはネットワークと絡めたサービスや商品をどう提供するか、カシオが持つ商品を作り込む力やブランディングのノウハウをどう活かすか、日立が持つ家電を造り出せる生活者目線をどう取り込んでいくかがカギになっていくと思います。

――そこで大切なのがNECのよく言われるクラウドやネットワークということなんですね。

山崎氏
 元々、iモードはサーバーやネットワークと連携したサービスだったはずです。サーバーやネットワークの力を利用することで、端末の魅力が活きたからこそ、多くの人にケータイが支持され、普及したわけです。ところが、その後、カメラやワンセグ、液晶などの付加価値でケータイが評価されるようになり、個人的にもちょっと違和感を覚えていたんです。でも、スマートフォンなどを見てもわかるように、時代はまたネットワークやサーバーと連携する方向に進み始めています。だからこそ、これからはもっとNECの強みが発揮できるようになるんじゃないかと期待しています。

――ところで、新会社では具体的にどのように製品を企画する人たちを構成しているのでしょうか?

山崎氏は事業開発本部の設立などについて語った

山崎氏
 まず、各キャリア向けの事業を横断的に見るために、事業開発本部という部署を作りました。ここにはNEC出身の人もカシオ出身の人も日立出身の人もいますし、要素技術を見る人、先端技術のわかる人たちを配置しています。LTEなどのプラットフォームを見ていた人たちも含まれています。

 従来は部品メーカーさんが何か新しいデバイスを売り込むとき、今まではどんな部品を採用するのかを開発担当者が検討したので、どうしても目先のコストばかりを重視してしまってたんですね。でも、もしかすると、中長期的な視野で見ると、その部品が非常に重要で、継続的に検討するべきものかもしれない。この部署ではそういうことを将来のこともきちんと見られるスタッフが揃っているので、今まで以上に的確に判断が下せると思います。

――各キャリア向けの商品はその部署で企画されるのでしょうか?

山崎氏
 この部署の下に、各キャリア向けの企画を担当する部署が個別にあります。NTTドコモ向け、au向け、ソフトバンク向け、グローバル向けにそれぞれの部署が商品を企画し、開発することになります。商品によっては、各キャリア向けでコンセプトを共有したり、共通の技術を使うこともあるかもしれませんが、元々、それぞれにユーザー層が微妙に違うので、より新鮮な端末が出てくることになるかもしれません。
――そうすると、今後は一段と幅広い商品ラインアップが展開されそうですね。

QWERTYキーを備える「N-08B」

山崎氏
 多様性のある商品ラインアップを取り揃えていきたいと思います。NECカシオとしてはまだ始まったばかりなので、これから企画・開発していくわけですが、たとえば、夏モデルのN-08Bなども面白い取り組みですよ。発想の起点はネットブックなんですが、ネットブックは数時間しか使えませんよね。でも、そこに携帯電話のパワーマネージマントを活かし、ネットブックよりもグッと軽い300gくらいにまとめることで、本当に常に持ち歩けるモバイル端末ができたわけです。こういう商品を発展させていけば、AVプレーヤーやパーソナルナビのようなものも見えてきますし、ユーザーのみなさんにはどんどん新しい使い道を提案していきたいと思います。

――ありがとうございました。

 

今までにない事業統合に新しい個性を期待したい

 ここ数年、ケータイ業界では何度となく、事業統合や合併が行なわれてきたが、NECカシオモバイルコミュニケーションズの事業統合は、少し趣が異なるようだ。

 たとえば、最近の事業統合では、三洋電機と京セラの携帯電話事業統合が記憶に新しいが、このケースは三洋電機が携帯電話端末事業を京セラに売却したもので、SANYOブランドのケータイは事実上、市場から消滅している。昨年冬と今夏のau向けモデルでは、SAの名を冠したモデルが復活しているが、これは三洋電機からの売却時、一定の条件の下で、SANYOブランド(「SA」型番)の使用を認めていたためと推察され、auがSAシリーズに対する根強い人気に応えた形のものでしかない。

 また、NECカシオのベースとなったカシオ計算機と日立製作所の携帯電話事業の統合については、51対49という出資比率を見てもわかるように、ほぼ対等の比率での事業統合であり、カシオ日立モバイルコミュニケーションズ設立後もCASIOブランド、日立ブランドで、それぞれが端末を携帯電話事業者に納入している。開発や商品企画部門を統合しながら、生産などは基本的に自社や系列の企業を利用し、プロモーションなどはそれぞれのメーカーが独自に行なうという形を取っており、どちらかと言えば、CASIOブランドと日立ブランドを支える裏方的な存在のように見えた。

 まだ、どういう形で統合されるのかは明らかになっていないが、富士通と東芝の事業統合も控えている。

 これらに対し、NECカシオはNEC、カシオ、日立という3つのブランドで商品ラインアップを展開していくが、商品戦略を横断的に見る部門を作り、3つのブランドの持つ個性や特徴を活かしながら、それぞれのブランドの価値を高めていこうという構えだ。具体的な商品はこれから登場することになるため、事業統合の効果がすぐに見えてくるわけではないが、NECの端末ラインアップは従来の保守的なイメージを少しずつ打破し、夏モデルのN-08Bのように、他社にはないユニークな商品が増えてきており、今後はこうした個性がさらに拡がってくることが期待できる。

 もちろん、カシオも自らが持つ“タフネス”や「EXILIM」といったブランドを、端末のみで表現するのではなく、NECが持つネットワークやサーバーといったものと連携することで、新しい価値を生み出すことが期待できそうだ。日立もAudio&Visualをはじめ、数々の家電製品を生み出してきた発想を新しいジャンルの商品に活かすことができるだろう。

 NECカシオの山崎社長は、5月25日に行なわれた新商品発表会の席において、「2年でびっくりするような商品を作り、3年以内に国内シェアNo.1、4年以内に2000万台出荷、8年以内に5000万台出荷、その後1億台を目指す」という目標を掲げている。さらに、Android端末についても開発を検討中であることを明らかにしている。台数については、現在の市場環境から考えれば、かなり高い目標ということになるが、NEC、カシオ、日立という3つのブランドはお互いに補完し合える要素を持ち合わせており、これらがうまく噛み合っていけば、可能性は大きく拡がることになりそうだ。ぜひ、ユーザーにとって、本当に役立つ、便利で楽しいNECカシオならではの個性的な商品ラインアップが登場することを期待したい。

 



(法林岳之)

2010/7/22 12:14