法林岳之の「週刊モバイルCATCH UP」

欧州のインターネットを支えるKDDIとTELEHOUSEデータセンター

 ビジネスにおいてはもちろん、普段の生活においても手放せない存在であるスマートフォンやパソコン。そして、これらの機器のポテンシャルを最大限に活かすために欠かせないのがインターネットだ。

 私たちは普段、スマートフォンやパソコンを手に、何気なくインターネットを使っているが、欧州をはじめ、世界各国のインターネットのトラフィックを支える存在となっているのが日本のKDDIだ。私たちにとっては、「auの携帯電話サービスを提供する会社」というイメージが強いKDDIだが、実は今日のスマートフォンやパソコン、インターネットが拓くICTの世界を、縁の下の力持ちのように、「TELEHOUSE(テレハウス)」と呼ばれるデータセンター事業によって支えている。

プリント基板のようなデザインの外壁を持つTELEHOUSE LONDON Docklands North Two

 すでに、12月6日に国内でもKDDIから報道発表があったが、11月21日にTELEHOUSEが持つデータセンターの内、英国最大の「TELEHOUSE LONDON Docklands(ドックランド)」のキャンパスにおいて、「North Two」と呼ばれる新しいセンターが全面開業した。この全面開業に合わせ、TELEHOUSE LONDON Docklandsの内部や設備の一部が公開され、現地でその内容を取材することができた。データセンターという施設の性格上、残念ながら、内部を直接、撮影することはできなかったが、普段、一般のユーザーがあまり知ることができないデータセンターのしくみを見ることができ、新たに開業したNorth Twoならではの独自の工夫も取材することができたので、ご紹介したい。

データセンターとは?

 TELEHOUSE LONDON Docklands North Twoの内容を説明する前に、モバイルユーザーにとって、あまりなじみのない「データセンター」について、少し簡単に説明しておこう。

 モバイル業界の主役にスマートフォンになって以来、「Cloud(クラウド)」という言葉が一般でも広く使われるようになってきた。本来、「雲」という意味の言葉だが、今日のコンピューターの世界においては、インターネット上にあるサーバーなどの設備を指し、これらの設備をスマートフォンやパソコンなどで利用することを「クラウド・コンピューティング」などと呼んでいる。モバイルユーザーにとって、身近なクラウドサービスとしては、Androidユーザーの「Gmail」や「Googleドライブ」、iPhoneやiPadユーザーの「iCloud」などが思い浮かべられるだろうし、その他にもマイクロソフトの「OneDrive」、「Dropbox」や「Evernote」など、さまざまなクラウドサービスを利用している。現在のスマートフォンはクラウドサービスなくして、成立しないとも言えるほど、切っても切り離せない存在となっている。

 こうしたクラウドサービスは、一般的にそれぞれのサービスを運営する企業が独自に設備を所有し、運営していると考えられがちだが、実は企業が独自の設備を持っているケースはあまり多くなく、他の企業が運営する設備を間借りする形で運営されるケースが一般的となっている。そのクラウドサービスを実現するための設備が今回、取り上げる「データセンター」と呼ばれるものだ。

なぜ、TELEHOUSEが成功を収めたのか

 KDDIがこうしたデータセンターの事業に取り組みはじめたのは、旧KDD(国際電信電話株式会社)の時代まで遡る。当時のKDDは、1989年に米ニューヨークのTeleport、1990年には英ロンドンのDocklandsにそれぞれデータセンターを設立し、本格的に事業をスタートさせている。ちなみに、今回、全面開業したNorth Twoは、この1990年当時に作られたNorthと同じキャンパス(敷地)内にあり、すぐ隣に建てられている。ただ、当時から現在のようなインターネット時代やモバイル時代を見越していたというわけではなく、開業当時はいわゆるバブル時代の後期で、数多くの日本企業が海外に進出していたこともあり、こうした企業のIT部門のサポートや金融機関などのセンターなどを狙って、事業をスタートさせたという。

TELEHOUSE LONDON Docklandsのキャンパスへのエントランス。厳重な警備で、第三者は立ち入ることができない。監視カメラも数多く設置されている

 ところが、開業して、しばらく経つと、日本はバブル経済が崩壊し、相次いで、海外進出していた日本企業が撤退してしまう。その結果、TELEHOUSEのビジネスが思うように展開できなくなりそうになるが、1990年代半ばに差し掛かると、インターネットの商用サービスが始まり、徐々にデータセンターの需要が高まり、事業を成長軌道に乗せることに成功する。その成功のカギとなったのが「キャリアフリー」という考え方だ。

 実は、当時はデータセンターという呼ばれ方も定着していない状況で、こうした設備は各通信事業者が自社の局舎の空きスペースを自社契約ユーザーに貸し出すという形式が一般的だったという。そのため、BT(旧British Telecom)の設備にはBTと契約する企業のみが設備を置くことができ、それ以外の企業は利用できなかったが、TELEHOUSEはISPやASPなど、さまざまなサービス提供事業者や企業が自由に設備を設置できる「キャリアフリー」のデータセンターという方針を打ち出し、これが広く支持される要因になったという。

 中でも「LINX(TheLondon Internet eXchange)」と呼ばれる英国のインターネット相互接続点が入居してきたことで、TELEHOUSEが広く認識されるきっかけになったそうだ。その結果、TELEHOUSE LONDON Docklandsに最初に建設されたNorthビルには、多くの通信事業者や企業が入居するようになり、ビル内で各企業が相互に接続しやすくなったことから、当時のネットワーク技術者や関係企業の担当者の間では「では、Northで会いましょう(接続しましょう)」という言葉が交わされるほど、認知されるようになったという。

 こうして事業を成長軌道に乗せることに成功したTELEHOUSEは、その後、世界各地に拠点を拡大し、現在では世界13の国と地域、24都市、48拠点に展開し、総床面積は約44.7万平方メートルまで拡大している。今回、新たにNorth Twoを全面開業したTELEHOUSE LONDON Docklandsは、ロンドンNo.1の接続性を誇り、現在、530社超の企業とのダイレクトコネクティビティを実現し、ロンドンインターネットトラフィックの約70%が通過するほど、重要な設備となっている。世界でもこれだけ多くのISPや通信事業者が集まっている場所は、他にはないと言われている。

ロンドン塔の近くにあるビルにKDDIヨーロッパのオフィスがある

 インターネットのオープンな接続性を支えるキャリアフリーというコンセプトによって、事業を軌道に乗せることができたTELEHOUSEだが、それだけが市場から支持されてきたわけではない。データセンターとして、しっかりとした実績を持ち、クライアントからも市場からも高く評価されていることが挙げられる。たとえば、2012年には米ニューヨークを大型ハリケーン・サンディが直撃した際、ニューヨークの広範囲が浸水し、大規模な停電が発生したことで、各社のデータセンターが次々とダウンしたが、TELEHOUSEのデータセンターはマンハッタンで唯一稼働し続けたという。なぜ、TELEHOUSEのデータセンターだけが稼働し続けたのか。この点について、取材に対応したKDDI 取締役執行役員専務グローバル事業本部長の田島英彦氏は、「一般的に、データセンターには停電時や災害時に備え、自家発電の設備などが備えられています。ニューヨークのハリケーン・サンディのときに限ったことではありませんが、TELEHOUSEのデータセンターは定期点検時だけでなく、普段から自家発電を動かしています。自家発電の発電機も機械ですから、クルマと同じように、普段から動かしていないと、いざというときに動いてくれないことがあります。たとえば、夏場は電力需要が増えるため、電力会社から節電の協力を依頼されることがありますが、TELEHOUSEではこのタイミングでも自家発電の発電機を動かしています。その他にも発電機の燃料調達など、いろいろな要素がありますが、やはり、普段から備えているからこそ、対応できるということですね」と話していた。

KDDIのグローバル戦略を語る取締役執行役員専務 グローバル事業本部長の田島英彦氏

 この他にも2014年には「British Business Award」において、英国経済の発展に貢献した事業者として、KDDIとTELEHOUSE EUROPEが「UK-Japan Partnership」部門を受賞。2015年には英国ギルドホールで行われたシティ主催の晩餐会において、安倍晋三内閣総理大臣がスピーチでTELEHOUSEのデータセンターについて触れるなど、日英両国の関係において、官民を通じて重要な存在であることが相互に認識されるほど、評価されている。

TELEHOUSE LONDON Docklands North Twoとは?

 KDDIのTELEHOUSE事業は、日本のモバイルユーザーにとって、あまり知ることがないKDDIの一面だが、今回、全面開業したDocklands North Twoというデータセンターは、どういうものなのだろうか。

 まず、TELEHOUSE LONDON Docklandsは前述のように、旧KDDが米ニューヨークに続いて、データセンターを開業したキャンパスであり、現在も1990年に開業したDocklands Northが稼働している。そのすぐ近くには1999年に開業したDocklands East、2010年開業のDocklands Westが建ち並び、その隣に今回開業したDocklands North Twoが建っている。

 ちなみに、このDocklandsのエリアは17世紀から19世紀にかけて、アジアと欧州の交易を担った東インド会社が所有していた跡地であり、周辺の道路は「ナツメグレーン」や「ローズマリードライブ」など、当時の貿易でやり取りされた香辛料の名前が付けられている。かつては貿易の拠点だった場所が現代ではインターネットの拠点として活用されているというのも面白い巡り合わせだ。

関係者のレセプションでは鏡割りが行なわれ、日本酒も振る舞われた
サーバーなどを設置する前の巨大なホール。中央部分に柱がない構造にも注目

 今回、全面開業したDocklands North Twoは、鉄骨構造11階建ての建物で、総床面積は2万4000平方メートルとなっている。既存の3棟と合わせて、Docklandsの総床面積は7万3000平方メートルに達する。Docklands North Twoは最新設備を持つデータセンターということになるが、都市型のデータセンターとしては初の間接外気空調システムを導入している。一般的に、データセンターというと、巨大なクーラーが設置され、ビルを丸ごと冷やすため、膨大な電力を消費するというイメージだが、Docklands North Twoはサーバーから発生した熱を間接的に外気で冷やすしくみを採用。そのため、データセンターとしては最高レベルのエネルギー効率「PEU 1.16」(PEU=Power usage effectiveness)を実現している。

間接外気空調システムにより、冷却された空気が送り込まれるため、サーバーホールの壁面は網目のパネルを採用
サーバーが並ぶ小さな部屋はパネルで密閉するように仕切り、外部から詰めたい空気を取り入れ、通路内から上部に排気するユニークな構造

 この間接外気空調システムは、サーバーから発生した熱をダクトで集め、最上階のユニットに送り、そのユニット部分を外気に触れさせることで、空気の温度を下げ、下げられた空気を各フロアの壁面から均等に風として送り込み、再びサーバーを冷やすというしくみとなっている。サーバーそのものの設置方法もユニークで、通常はいくつもサーバーが並ぶ小部屋を作り、その床から冷却された空気を入れ、サーバーを通って(冷やして)、サーバーの小部屋の外に暖まった空気を排出するというしくみだが、Docklands North Twoでは外気で間接的に冷やされた空気が壁面から送り込まれるため、サーバーの小部屋の外からサーバーを通して空気を取り込むことで、サーバーを冷やし、発生した熱はサーバーの小部屋の通路の上に排出し、前述の最上階のダクトへ送られるというしくみを採用する。文章で説明すると、少しわかりにくいが、「TELEHOUSE North Two Virtual Tour」という動画がYouTubeでも公開されているので、興味のある人はそちらをご覧いただきたい。

最上階にある外気によって内部の空気を冷やすエリア。間接外気空調システムの中枢とも言える。ちなみに、足下はすべて網状なので、かなり怖い

 また、電源については、Docklandsキャンパス内変電所を持っており、Docklands North Twoには自家発電の発電機も備え、万全の体制を整えているという。ちなみに、自家発電の発電機は、日本ではガスタービンのものがよく使われるそうだが、Docklands North Twoの発電機はV型20気筒95.4リッターのディーゼルエンジンを採用しているという。ガスタービンではなく、ディーゼルエンジンの発電機が採用されるのは、英国ではメインテナンスを含め、技術者が揃っているからだそうだ。

V20型デイーゼルエンジンによる発電機。排気もダクトを通じて、環境に配慮する構造を採用している

 ネットワークについては前述のように、同一敷地内のDocklands Northをはじめ、既存の3棟に数多くの通信事業者やISP、ASPなどが入居しているため、これらの企業と直接、接続できるコネクティビティを確保している。つまり、業界トップレベルのコネクティビティを持つ場所に最新の設備を持ったデータセンターが建てられ、環境にも十分に配慮しているという位置付けになるわけだ。今回、Docklands North Two内を見学した際、すでにいくつかの設備が稼働していたり、サーバーなどを構築中だったシーンを見かけたが、順調に入居の受注を受けているという。

万が一のときに備え、消化器などのシステムも配備

もう一つの注目拠点「TELEHOUSE FRANKFURT」

 もっとも古くから運用されているロンドンのDocklandsキャンパスに、最新の設備を持つデータセンターが開業したDocklands North Twoだが、その他の地域のデータセンターはどうなっているのだろうか。実は、今回のDocklands North Twoを視察する前日に、独フランクフルトに立ち寄り、もう一つの注目拠点である「TELEHOUSE FRANKFURT」も視察することができた。

フランクフルトにあるTELEHOUSE FRANKFURTのエントランス。ここも厳重に警備され、第三者が立ち入ることはできない

 独フランクフルトは欧州中央銀行をはじめ、さまざまな金融機関の本社や本店が置かれるユーロ圏最大の金融センターとして知られている。TELEHOUSE FRANKFURTはFrankfurt中央駅からクルマで10分ほどの場所に位置しており、東京ドームの約1.5倍に相当する6万5000平方メートルという広い敷地に、現在、3つのビルでデータセンターを運営しており、さらに増床を進めている。

 前述のように、ロンドンのDocklandsが1990年にデータセンターとして開業し、それを徐々に拡張してきた形になるが、TELEHOUSE FRANKFURTはその成り立ちが少しユニークだ。取材に対応したKDDI Deutschland GmbH Managing Director兼TELEHOUSE Deutschland GmbH Co-CEOの杉山尚氏によると、「実は、この場所は元々、BOSCHなどが電話機の工場などとして利用してきた敷地で、建物の一部も当時のものが使われています。入口のショーケースには古い時代の電話機が飾られているのはそのためです」とのこと。このBoschの電話機工場をネットワーク機器メーカーである「AVAYA(アバイア)」が受け継ぎ、周辺一体はAVAYAの工場やオフィスとして利用されてきたという。そんな中、AVAYAで顧客の電話機などを預かるサービスが始まり、これを受ける形でデータセンターのサービスが提供され、この事業部門が「Databurg」という会社として独立するという経緯を辿ったそうだ。そして、このデータセンター事業者のDataburgを2012年にKDDIが買収したことで、現在のTELEHOUSE FRANKFURTができあがる。つまり、ロンドンのDocklandsはデータセンター事業を一から構築してきたのに対し、TELEHOUSE FRANKFURTは他のデータセンター事業の会社を継承し、そこにKDDI/TELEHOUSEが持つさまざまなノウハウを注ぎ込むことで、現在の形にまとまってきたというわけだ。

TELEHOUSE FRANKFURTの概要を説明するKDDIドイツ GmbH Managing Director兼TELEHOUSE Deutschland Co-CEOの杉山尚氏

 ロンドンのDocklandsは「LINX」というインターネット相互接続点が入居し、これを有利と捉える通信事業者やISP、ASPなどが集まってきたという流れだったが、TELEHOUSE FRANKFURTも非常に優れた立地条件を持つ。たとえば、ドイツ最大のインターネット接続点までダークファイバーで100メートルの位置にあり、約400社のキャリアにすぐに接続できる環境にある。TELEHOUSE FRANKFURTの敷地周辺の光ファイバー網も充実している上、2017年には変電所を誘致したため、今まで以上に安定した電力の供給が望める状況にある。近くにライン川が流れているが、洪水などが起きるリスクは非常に低く、全体的に見ても欧州エリア内のデータセンターとしてはもっとも恵まれた立地条件にあるという。

TELEHOUSE FRANKFURTのロビーには、かつてここで製造されていたBOSCHの電話機が展示されていた。1990年代終わりまで製造されていた携帯電話もある

 また、他のエリアのTELEHOUSEがラック単位での契約が比較的、多いデータセンターであるのに対し、TELEHOUSE FRANKFURTはラック単位だけでなく、パネルで区切った複数のエリアの貸し出しやフロア単位の契約なども多いという。実際にどういう企業が入居しているのかは、守秘義務があるため、明かしてもらえなかったが、敷地内を歩いていると、駐車スペースには筆者もよく知る海外の携帯電話事業者の社名が掲げられているのを見かけた。この他にも日本でおなじみの端末メーカーやサービスプロバイダなどが数多く入居しているという。

欧州をはじめ、各地ののインターネットを支えるTELEHOUSE

 今や私たちはスマートフォンやタブレット、パソコンなどをごく当たり前のように利用しているが、これらを利用する上で欠かすことができないのがクラウドサービスの存在だ。普段の利用シーンでは「インターネットのどこかにあるサーバー」程度のイメージしか持ち合わせていないが、実際には本稿で紹介したように、「データセンター」と呼ばれるところにサーバーが設置され、そこにはモバイル端末にも負けず劣らずのさまざまな工夫が込められている。そして、そのデータセンターにおいて、実は日本のKDDIが欧州をはじめ、世界各国でTELEHOUSEのデータセンター事業を展開し、各地のインターネットを支える存在になっている。KDDIというと、国内の携帯電話サービスの主要3社の一角というイメージが強いが、やはり、こうしたインターネットを支える技術や事業があるからこそ、ケータイ時代から料金やサービスにおいて、で強みを発揮してきたという見方もできそうだ。

 また、これはKDDIのグローバル事業の一つであるミャンマーのMPTを視察したときにも感じたことだが、今回のTELEHOUSE LONDON DocklandsやTELEHOUSE FRANKFURTで取材をした際、日本から派遣されているKDDIの人たちが生き生きと楽しそうに仕事をしていることが非常に印象に残った。当然のことながら、海外赴任の難しさや日本から離れている不安などもあるようだが、それ以上に日本ではなかなか体験できないようなスケールの仕事に取り組むことができるやり甲斐や楽しさを取材中の言葉の端々に感じることができた。こうした経験が国内のauのサービスなどにも活かされ、私たちユーザーにとっても楽しいモバイルライフが拓かれることを期待したい。