AndroidもiOSも1つの開発で、組込用ソフト開発基盤「Qt 5」


 C++用のクロスプラットフォームのソフトウェア開発環境「Qt(キュート)」の開発者イベント「Qt Developer Conference Tokyo 2011」が東京・秋葉原で開催されている。モバイル機器から自動車、医療、航空機などさまざまな事業分野で採用されるクロスプロフォームの開発環境が、近くバージョンアップするという。


写真左から、Knoll氏、Kihlberg氏、Almstrom氏

 「Qt」は、WindowsやMac OSなどのパソコン環境から、Symbian OS、Windows Phone、Windows CE/Mobile、iOS、Android OSなどのモバイルおよび組込機器まで幅広くサポートするアプリ開発フレームワーク。Qtを使って開発されたアプリは、他の端末プラットフォーム向けに生成し、動作させることが可能となっている。ノキアは、2008年にノルウェーのTrolltechを買収する形でQtの事業を取得し、Qt Development Frameworksを立ち上げた。

 「Qtは成長し続けている。Qt Quickによって、組込機器に動きのあるユーザーインターフェイス(UI)が簡単に取り入れられるし、ノキアの戦略にとってとても重要なんだ」そう説明したのは、ノキアのQt Ecosystem DirectorであるDaniel Kihlberg氏だ。Qt Quickとは、CSSやJavaScriptに似たQMLという言語を使うUI周りのプログラム環境で、C++の開発者とUIのデザイナーがソースを共有しながら開発を進められるものという。

 Kihlberg氏はノキアの戦略となる3つの柱を紹介する中で、「新しいノキアの戦略には3つの柱がある。1つはWindows Phone、2つめは“Next Billion”(次の10億人)へのサービス提供、3つめは『Nokia N9』(N9)のような破壊的技術(disruptive technology)だ。Next Billionへの戦略には、Qtが核となるだろうし、N9の経験は将来に活かされていくと思う」と語った。

 ノキアは、2011年2月に米マイクロソフトとの提携を発表し、10月にはWindows Phoneの投入が明らかにされた。スマートフォン事業はWindows Phoneを中心に据える方針で、同社の中心だったSymbian OSは、数としてはノキアの端末プラットフォームの中心だが年内にもAccentureへ事業が移されることになっている。

 また「N9」は、LinuxをベースとしたMeeGo OSを搭載したスマートフォンで、ノキアのMaemoとIntelのMoblinが統合された次世代プラットフォームとして期待された。しかし、ノキアがWindows Phoneに軸足を移したことで、MeeGo端末は「N9」の1モデルで開発が終了すると見られる。

 Qtで開発することのメリットをKihlberg氏は、「WindowsもMac OSも全てのプログラムが描ける。ノキアのアプリ配信ストアでは、5、6カ月前の10倍のアプリが生まれていて、いろいろなアプリが収益をあげている。もちろんアプリ内の広告も提供可能だし、なによりSymbian端末と合わせると1億5500万台の端末にアプリが届けられる環境があるんだ」と話した。

Qt 5

Qt 5で開発したグラフィックスのデモ

 Qtはオープンソースのプロジェクトとして、さらに歩を進める。まず、最新版となる「Qt 4.8」がまもなくリリースされ、2012年春にβ版「Qt 5」が登場、正式版は来夏にも提供される予定だ。Qt 4シリーズは、7年間という息の長いバージョンとして提供されている。Qt 5はこのQt 4シリーズと互換し、ソースコードに少しの修正を加えるだけでQt 5へポーティングできるという。

 これまでもオープンだったQt 4だが、Qt 5からはQtを牽引してきたノキアとTrolltechの手から、開発者コミュニティに移行していくという。Qt Development FrameworksのR&D部門のディレクターであるLars Knoll氏は、「開発者のコミュニティに移行していくが、ノキアはQtプロジェクトと一緒に開発を進め、投資を減らすのではなくむしろ増やしていく」と語る。

 Qt 5の提供は、市場のトレンドの変化もあるようだ。Qt 5ではタッチ操作や、よりなめらかな操作性といったトレンドへの注力が1つのポイントとなる。機能はモジュール化され、メモリの占有量はより小さなものになるほか、グラフィック関連も新たにOpenGLに対応する。Knoll氏は、「モジュール化することでアプリは1/3になり、グラフィックスは60fpsを実現する。それがローエンドな端末でも利用できるようになるんだ」と話す。またQt 5では、「V8」と呼ばれるGoogleのJavaScript用エンジンも採用されるという。

 「Qtはかつてないフレームワーク。AndroidにもiOSにも対応し、それら全ての開発が1回で済む。自動車市場やIPTVのセットトップボックス市場など、Qt Quickを利用して、より簡単に動きのあるかっこいいUIが開発できる。Qt 5ではさらにオープン性が増し、より多くの人がQtの将来に影響を与えられるようになる」(Kihlberg氏)。

 このほか、ノキアのQt Ecosystem部門にアジア太平洋地域の代表であるDavid Almstrom氏は、中国市場でビジネス展開する上でもQtの活用を勧める。今週北京で開催された開発者イベントでは1100名の開発者が集まったという。中国版のアプリ配信ストアでもダウンロードが増えており、ビジネスチャンスが拡大しているという。

 ノキアのアプリ配信ストアは、グローバルで1日1000万ダウンロードを超える。Kihlberg氏は「ノキア端末のシェアが伸びていないと言われるのにね」と冗談交じりに語り、アプリダウンロード数が今後さらに伸びるとした。

 秋葉原のイベントでは、イーソルやPTP、富士通コンピュータテクノロジーズ、サイエンス ソリューションズらの日本企業がQtへの取り組みを説明する予定だ。日系企業では、米国拠点のPanasonic Avionicsが航空機の機内エンターテイメントシステムでQtを採用しているという。Kihlberg氏は最後、「日本はコンシューマーエレクトロニクスの分野が活発で、これまでもQtとKDE(K Desktop Environment)のコミュニティは活発だ。組込機器の優秀なエンジニアもたくさんいるし、もっと多くの日本人開発者に使って欲しい」と語った。

 




(津田 啓夢)

2011/12/16 12:05