携帯向けマルチメディア放送の公開説明会、参入2社が火花散らす
総務省は、6月25日、アナログテレビ放送終了後の跡地であるVHF-HIGH帯(207.5MHz~222MHz)を利用した「携帯端末向けマルチメディア放送」の実現に向け、開設計画に関する公開説明会を開催した。
テレビ放送がアナログにから地上デジタルに切り替わることに伴い、周波数が再編される。これにより空いた帯域は、2011年7月25日から携帯電話などの移動体向けマルチメディア放送(VHF-HIGH)用として、14.5MHz幅が利用できるようになる。
VHF-HIGH帯への参入を表明したのは、ISDB-Tmm方式を採用するマルチメディア放送と、MediaFLO方式を採用するメディアフロージャパン企画の2社。総務省の情報通信審議会では、この2つの放送方式の技術条件が検討され、ISDB-TmmとMediaFLOはいずれも総務省の求める要件を満たすとされた。
ただし、総務省ではVHF-HIGH帯で採用する技術方式を1つに絞ることを決定しており、2社を天秤にかける策をとった。総務省の開設指針では、複数社が参入を表明した場合に比較審査を行うとし、2社の開設計画の確実性や基地局整備計画などが問われることになった。なお、VHF-HIGH帯では受託放送事業者1社に対し、コンテンツを保有する多数の放送局(委託放送事業者)がそれぞれ番組を提供する。
なお、放送開始日はマルチメディア放送、メディアフロージャパン企画ともに2012年の4月1日としている。
■出席者
25日夕方、総務省で行われた公開説明会は、両社が公の場で放送方式や基地局の置局計画、受託放送事業者としての事業計画などをプレゼンテーションするものとなった。モデレーターは、東京理科大学の伊東 晋氏、上智大学の音 好宏氏が担当。マルチメディア放送側とメディアフロージャパン企画側で各5名ずつ代表者が出席した。それぞれの出席者は以下の通り。
マルチメディア放送側は、代表取締役社長の二木 治成氏、取締役 経営企画部長の石川 昌行氏、取締役 技術統括部長の上瀬 千春氏、NTTドコモ 代表路取締役社長の山田 隆持氏、同社執行役員 プロダクト部長の永田 清人氏。
メディアフロージャパン企画側は、代表取締役社長の増田 和彦氏、事業企画担当 部長の佐藤 進氏、法制度担当およびサービス担当 課長の門脇 誠氏、KDDIの代表取締役社長兼会長の小野寺 正氏、KDDI研究所 研究主幹の河合 直樹氏。
説明会では申請2社の代表者が15分ずつプレゼンテーションを行い、その後15分交代でそれぞれ質疑と意見交換を行う形式となった。
ドコモの山田氏 | ドコモの永田氏 |
■マルチメディア放送
マルチメディア放送の二木氏 |
くじ引きにより、最初にプレゼンテーションすることになったのはマルチメディア放送。社長の二木氏は、重要なことは早期事業化と委託放送事業者の発展だとし、委託放送事業者の事業性、普及効率化がポイントとした。マルチメディア放送にはNTTドコモのほかに、フジテレビや日本放送、日本テレビ、テレビ朝日、TBSら放送事業者も出資しており、こうしたいわば豪華な顔ぶれが事業性の担保になるとの見方を示した。
基地局整備に関しては、既存放送局の放送用鉄塔を採用し、大規模局から優先して設置するとした。シミュレーションの結果、サービス開始当初に約60%の世帯をカバーし、道路施設のカバー率はサービス開始2年で50%になるとした。なお、特定基地局の開設数は2015年度末で125局、2016年度~2018年度にかけてそれぞれ25局程度程度増設するとしている。
マルチメディア放送側がアピールとしたのは、携帯電話への早期普及に関する部分だ。二木氏は「NTTドコモとソフトバンクモバイルから搭載協力を得ており、携帯以外のデバイスについても複数メーカーと取り組んでいる」とした。サービス開始5年目で累計5000万台の対応端末が出荷される予定とし、ワンセグ携帯と同等の搭載率になるとした。
ISDB-Tmm方式の伝送符号化規格については、「標準規格(案)」の審議が終了し、今後ARIBでの標準化策定作業に入る予定とした。運用規定については現在策定中としており、2010年秋頃に公開するとしている。
中継回線網には衛星回線を利用し、「SFN混信」と呼ばれる障害も最小限に抑えられるとした。「SFN混信」とは、親局と中継局から発射された放送波に時間差がある場合に、映像が正常に受信できなくなる受信障害のこと。二木氏は出資会社でもあるスカパーJSATの衛星回線を利用すると話した。
料金関連については、放送局の既存アナログ設備などを利用することで、コスト安な置局できるため、委託放送事業者が参入しやすい料金、環境作りが行えるとした。
具体的な料金は、1セグメント放送の場合に基本料金は月額100万円、13セグメント放送の場合に月額300万円とした。基準伝送容量は1セグメントあたり、いずれも年間4.5億円。サービス開始当初は基準伝送容量料金の割引が受けられるため、1セグメントあたりの年間負担額は、1セグメント放送で1.38億円、13セグメント放送で1.73億円と試算された。
このほか開設計画において、送受信設備をリースによって調達するとした。当面の運転資金については出資する各社から調達する予定という。マルチメディア放送では開設計画の認定を受ければ、資本金を100億円に増資する計画。増資については、すでにドコモからその合意念書を受けているという。リースは複数のリース会社と準備を進めているとした。
■メディアフロージャパン企画
メディアフロージャパン企画の増田氏 |
メディアフロージャパン企画の増田氏は、まずMediaFLO方式がすでに米国で商用化されているサービスであることをアピールした。国内では沖縄のユビキタス特区において、世界で初めてVHF帯におけるMediaFLOの実証実験を展開し、「End to Endの設備を公開しており、すでに商用レベルの実装となるため、認定後はすみやかにサービスを提供できる」と説明した。
マルチメディア放送と大きく異なったのは基地局の整備計画だ。マルチメディア放送が2015年度末における基地局数を125局としたのに対して、メディアフロージャパンは同年度末までに865局を敷設する計画となっている。
増田氏は、基地局敷設計画について「我々は受託放送事業者として手を挙げており、携帯端末の利用者がユーザーであることを前提とした置局だ」と語る。同氏は携帯コンテンツの利用状況について、夕方から深夜にかけて利用率が高くなることを紹介したほか、アンケート調査でも7割が屋内での利用意向を示したことを報告。屋内でのサービス品質の重要性を訴えた。また、全国のauショップを対象としたワンセグの品質調査の結果、特に都市部においてサービス品質に課題があるとし、基地局整備計画の妥当性を主張した。
メディアフロージャパン企画では、各基地局の電界強度を高く設定することで、屋内への浸透率を高めるほか、中規模基地局を多用することで、屋内やビル影などの受信品質向上を図るとした。中継回線については、マルチメディア放送と同様に衛星回線が用いられ、一部光回線など地上のインフラも活用しながら補完ていく方針だ。
携帯向けマルチメディア放送の発展には「受信設備の普及が鍵になる」とし、MediaFLO方式が米国の通信事業者であるベライゾンやAT&Tで採用されていることを紹介した。国内メーカーの端末開発を後押しするためにも、海外市場にも端末が流通できる環境が重要であるとした。
なお、2020年度における端末普及予測によれば、携帯端末型が7000万台、そのほかの端末が600万台とした。受信端末用には、MediaFLOとワンセグのデュアル対応チップなどが開発されているほか、消費電力がフルセグ受信の1/5~1/3程度であることなどがアピールされた。商用インフラであるため、標準化についてはFLOフォーラムにおいてすでに仕様が確定しており、ITUにおいても放送システムとして勧告されている。
このほかマルチメディア放送と大きく異なった部分は、委託放送事業者の料金だ。メディアフロージャパン企画では、1MHzあたりの年間契約料を29億200万円と算出している。10年契約の場合には長期割引が適用されるため、年間21億2000万円とした。なお、マルチメディア放送では1MHzあたりの料金はサービス開始初年度で3.13億円としている(1セグメント契約)。
■質疑応答
KDDI研究所の河合氏 | マルチメディア放送の上瀬氏 |
両社のプレゼンテーションは、いずれも15分間の制限された時間では全て説明できるものではなかった。今回の公開説明会では学術発表のように、制限時間をもって強制的にプレゼンテーションが終了する。説明会第2部では、15分ずつ交互に両社が質疑応答を繰り返す論戦スタイルとなった。
まずメディアフロージャパン企画は、マルチメディア放送の基地局数の少なさを指摘した。これに対し。マルチ・メディア放送の二木氏は、カバーエリアについては計算済みとしたほか、技術担当の上瀬氏はフジテレビの地上デジタル放送用技術でシミュレーションしたことを紹介した。
これを受け、メディアフロージャパン企画の増田氏は、地上デジタルのワンセグ放送レベルではサービス品質が厳しいと語り、放送事業者の経験をベースとしたものでは携帯ユーザーを満足させる品質にはならないと追求した。上瀬氏は、地上デジタル放送そのままでシミュレーションしたのではないと返答した。
KDDI研究所の河合氏は、SFN混信について指摘し、現状のワンセグ放送では混信があちこちで生じており、その流れをくむISDB-Tmmではますます混信が生じるのではないかと懸念を示した。マルチメディア放送の上瀬氏は、シミュレーションによって調整できるとした。
なおMediaFLO方式では、混信原因局が特定できるように各基地局にIDが割り当てられるという。河合氏は上瀬氏の回答に対して「シミュレーションで問題なくとも、実際の置局では違う。それは今の地デジがそうではないか。だから原因を特定することが必要なのに、どうやらマルチメディア放送には新しい技術はないようだ」などと述べた。
一方のマルチメディア放送側は、メディアフロージャパン企画の設備コスト高さを追求。コスト高となるため、事業性が厳しいのではないかと指摘した。メディアフロージャパン企画の増田氏は、「ご指摘の点は確かにある」とよりコストが高くなっていることを認めた上で、「安かろう、悪かろうでは携帯ユーザーの求めるエリア品質をクリアできない」と説明した。同氏は「携帯ユーザーのエリア品質の要求レベルは非常に高いことを我々は再認識しなければならない。コストは回収できるものと算定している。事業の根幹をなすエリア設計についてはしっかり作る必要があるのではないか」とコメントした。
マルチメディア放送側はさらに、設備コストが委託放送事業者の料金に反映されるため、参入障壁になると指摘した。増田氏は、コンテンツ保有会社をまとめるコンテンツアグリゲーターの登場など、委託事業者といってもさまざまな提供形態が考えられるとしたほか、モバイルマルチメディア放送の端末普及想定に言及し、「このペースで端末が普及した場合、我々の料金で成り立たないのか、是非検討して欲しいところだ」などと述べた。
このほかマルチメディア放送の石川氏は、サービス開始にあたり受託放送事業者がサービスを加速させる必要があると主張。「我々はドコモとソフトバンクの2社体制、委託事業者が事業性を判断しやすい形ではないか。MediaFLOの普及予測は、どの程度の確度のものなのか」と端末普及に関して懸念を示した。
KDDIの小野寺氏 | マルチメディア放送の石川氏 |
すると、これまで口を閉ざしていたKDDIの小野寺氏がこれに反論した。「MediaFLOはすでにモノ(製品)が出ており、米国にはサービスがある。そもそも受託事業者が1社採用ならば、それを皆が使わざるを得ない。ベライゾンはCDMA方式だが、AT&Tはドコモやソフトバンクと同じ(W-CDMA)方式ですでにMediaFLOを導入している。だが、もし受託がモバイルマルチメディア放送に決まった場合、我々が製品を作れるのかわからない。(マルチメディア放送は)情報が公開されているというが、我々は知らない。むしろ聞きたいぐらいだ」と語り、公開情報の少なさを指摘した。このほか、米国においては、iPhoneに対応したMediaFLOジャケットなどが提供されていることなども紹介された。
質疑応答では、双方から計画性や事業性、透明性、技術など多方面で舌戦が繰り広げられた。メディアフロージャパン企画側からはISDB-Tmmの省電力化への懸念、マルチメディア放送側からは865局の基地局敷設計画に関する懸念などが示された。
また会場からは、国内の端末を海外で利用した場合の対応を問う声があった。まず、海外の多くのマルチメディア放送がUHF帯を採用しており、VHF帯は珍しいことが両社の共通見解だった。このうちMediaFLO陣営は、複数の周波数帯をサポートしたチップがあるとし、技術的にはクリア可能であると回答。国をまたいだ権利処理が課題だとした。ISDB-Tmm陣営は、南米やアフリカなどでワンセグ放送が提供または検討されており、その流れをくむIDB-Tmm方式の将来的な採用に期待する旨が語られた。いずれにしても現時点では周波数と権利処理が課題とした。
なお、公開説明会終了後、KDDIの小野寺氏が囲み取材に応じた。小野寺氏は、テレビ放送事業者が主導する放送波の送信方法は、家庭の屋根にアンテナを設置する固定利用には有効かもしれないが、携帯機器での移動利用には適さないのではないか、との懸念を示した。1つの大規模基地局で広範囲をカバーするマルチメディア放送のやり方で、屋内利用や移動利用が中心となる携帯向けマルチメディア放送に対応できるのか疑問を呈した格好だ。また、メディアフロージャパン企画の増田氏は、マルチメディア放送側が多くを公開していないとし、「正直なところ、わからない点が多すぎる」などとコメント、比較審査ができる状況ではないとの見方を示した。
2010/6/25 22:16