インタビュー
シャープ「AQUOS CRYSTAL」開発者インタビュー
シャープ「AQUOS CRYSTAL」開発者インタビュー
「フレームレス」の感動を世界に
(2014/9/2 10:00)
ソフトバンクは8月29日よりシャープ製のスマートフォン「AQUOS CRYSTAL」の販売を開始した。AQUOS CRYTALは、ソフトバンクと米Sprintの共同調達モデル第1弾で、日本だけでなく北米でも発売が予定されているモデルだ。
その特徴はなんといっても、上辺と左右辺の三辺のフレームが極限まで細くなっている「フレームレス」のデザインだ。シャープは従来から三辺狭額縁の「EDGEST」デザインのスマートフォンを投入しているが、フレームレスはそれをさらに上回る、ディスプレイだけを手にしているかのような錯覚を覚える画期的なデザインとなっている。
このフレームレスデザインがどのようにして実現したのか、今回はAQUOS CRYSTALの開発を担当するシャープの通信システム事業本部 パーソナル通信第三事業部 商品企画室 室長の澤近京一郎氏、同事業本部 プロジェクトチーム主事の清水寛幸氏、同主事の二神元氏、同事業本部 要素技術開発センター システム開発部 主任研究員の前田健次氏、プロダクトビジネス戦略本部 デザインセンター 通信デザインセンター 所長の小山啓一氏に話を伺った。
――まずAQUOS CRYSTALの開発背景と概要についてお聞かせください。
澤近氏
弊社の商品戦略としては、従来から「ユーザーに感動を与える商品」ということを考えています。昨年から「EDGEST」として三辺狭額縁の製品を提供しています。これはフレームを細くして画面を大きく見せるという商品です。そのEDGESTの商品化を継続している中で、さらにフレーム感をなくし、さらなる感動を、と検討して、「フレームレス」のAQUOS CRYSTALの商品化に至りました。
もともとこの商品のフレームレス構造は、従来から展示会などで技術サンプル展示を行なっていました。その中で、いろいろな方面から商品化について声をかけていただきました。なんとかこのままの姿で商品化し、新しいユーザー体験を実現し、感動を伝えたい、というのが今回の商品化の背景でもあります。
清水氏
AQUOS CRYSTALの特徴は大きく2つあります。まずは「クリスタルディスプレイ」。新開発のフレームレス構造になっていて、画面を大きく見せているのが特徴となっています。もうひとつは「クリスタルサウンド」。こちらは高音質なサウンド再生を楽しめるようになっています。
まずクリスタルディスプレイのフレームレス構造ですが、このフレームレスを実現するために、狭額縁な液晶パネルモジュールと、端部をカットした前面パネルの2つの技術革新がありました。前面パネルの端部はレンズのように光を外に屈折させるので、液晶を大きく見せる効果があります。
――液晶についてはサンプルをお持ちいただいていますが、従来の狭額縁がさらに狭額縁になってますね。
前田氏
左側が従来の液晶(304SHに搭載されている5.2インチ、フルHDのIGZO液晶パネル)で、右が今回新しく開発した液晶(5インチ、HDのS-CG Silicon液晶)です。細く見える三辺側にも回路が入っているのですが、それを今回、極限まで小さくしました。詳細は社外秘なのですが、三辺の回路部分の幅は従来の60%くらいになっています。
液晶パネルは技術的にハードルの高いところを乗り越えましたが、それに合わせたタッチパネルとバックライトも、フレームレスに合わせて新規開発することで、商品化にこぎ着けています。
――前面パネルのエッジを斜めに切ることで画面を大きく見せるというのは面白いですね。
小山氏
3年前に本社で勤務していたとき、研究開発部門から声がかかり、今回のようにカバーレンズの工夫で画面を広く見せる方法を提案されました。これはどういう仕組みかというと、液晶の前面パネルの端を斜めにすることで、斜め部分の下に液晶がなくても、光の屈折で斜め部分にも液晶が見える、という仕組みです。前面パネルにこれを採用すれば、フレームがない、液晶だけに見えるよね、と。この提案を商品にしたいという思いから開発がスタートしました。
スマートフォンでは薄型化のために前面パネルも薄いものにこだわっています。しかしこの斜めカットが入った前面パネルは1.5mmの厚みがあります。いままでの競争とは逆行しているので、社内でも「商品化は難しいのでは」という意見もありました。しかし実際にこれを搭載すれば、その感動は必ず伝わると確信していましたし、その感動を是非ともユーザーに伝えたいとも思っていました。そこで、デザインに落とし込んでどうやって商品になるかを考え続けました。昨年5月に通信デザインセンターの所長に異動となりましたが、そこでも開発を継続しました。
研究開発部門のサンプル通りに作れるかというと、そうではありません。バックライトもタッチパネルも新たに開発して動かさないといけません。商品化はどうなるかと思っていたのですが、「見ただけで感動する良いものだ」とみんなが思うようになって、商品化する方向になりました。
「感動をどれだけ伝えられるか」ということにいちばんこだわっています。この感動を作り出しているのが、斜めカット部分に映像が映り、映像がこぼれ出すような感じになるところです。これを実現するためには、かなり苦労しなければならず、かなりの数のサンプルを作りました。
二神氏
カット部分が肝になっています。こぼれるようなイメージ、それをキレイな形で落とし込む過程で、さまざまなサンプルを作りつつ検討をしました。こちらのサンプル、全部形状が違って見え方も違います。その中で商品に落とし込むのに苦労しました。
――フレームが細いと、握ったときに誤操作とかを起こしそうに見えます。
清水氏
そこはソフトウェアで誤操作防止の仕組みを入れています。EDGESTの端末で導入済みの技術を応用し、フレームレス向けにチューニングしました。
澤近氏
EDGESTで開発しておいて良かったテクノロジーですね。
――近接センサーや照度センサーはどこにあるのでしょうか。
清水氏
照度センサーは下部にあります。従来のような近接センサーはありません。
――近接センサーがないとなると、通話時にはどのような制御をしているのでしょうか。
清水氏
タッチパネルを使い、通話時に面タッチされると、画面が消えてロックされる仕組みです。実はマルチタッチを検出しているだけなので、通話中は2本指でも画面が消えます。
――画面をなぞってスリープを解除するSweep ONという機能がありますが、Sweep ONがカバンの中などで誤動作しないようにするために、近接センサーを使っていたと思うのですが。
清水氏
Sweep ONのために誤動作防止センサーを搭載しています。このセンサーは近接センサーとは違う仕様となっています。
――ディスプレイ以外にも「クリスタルサウンド」などのいろいろな新機能がありますね。
清水氏
音の面では「クリスタルサウンド」として、harman/kardonの「Clari-Fi」と「LiveStage」という技術を搭載しました。
Clari-Fiはデジタル圧縮で失われる音を復元し、高音質化するという技術です。専用アプリが必要とかではなく、YouTubeやほかのダウンロードしてきたアプリで音を聴くときにも効果があります。LiveStageでは伸びのある音を実現します。
harman/kardonの技術は、音楽や動画ファイルなどのメディア音源を再生し、イヤホンもしくはBluetoothを利用しているときに効果があります。通話音声などには効果がありません。
あとは前面パネルを振動させて通話音を発する「ダイレクトウェーブレシーバー」を搭載しているので、レシーバー(受話口)の穴がありません。通話時には画面で耳を覆うようにすることで、周囲の音を遮って通話音を聞こえやすくできます。
カメラは機能的には今夏モデルの機能を引き続き搭載しています。検索ファインダーや翻訳ファインダーといった機能も搭載しています。フレームレスになったことで、カメラ機能は画面の内と外がつながった感覚が強くなっています。
「Clip Now」という新機能も搭載しています。端末の上端を横になぞるとスクリーンショットが取れるという機能です。フレームレスデザインにより画面の上端がほぼ端末の上端になるので、これを使って新しい操作体験を実現したい、と考えました。また、スクリーンショット撮影の利用頻度は高まりつつあるので、そうしたニーズに応える機能でもあります。Webページのスクリーンショットを撮るとURLも同時に保存する、といった機能も搭載しています。そのほかのUI関連は、従来モデルとほぼ共通化しています。
あとは電池については、従来からこだわってきていますが、今回のモデルでは3日超えを実現しました。電池容量は2040mAhと大きくはないのですが、弊社の省エネノウハウで3日超えを実現しています。
――ダイレクトウェーブレシーバー、シャープとしては久しぶりですが、これはフレームをなくすには通常のレシーバーだと邪魔、という考えなのでしょうか。
澤近氏
レシーバーの穴を作るスペースがありませんからね。優先順位はそちらにあります。フレームレス向けに音がちゃんと聞こえるように作っています。
――サウンドについては今回、スピーカーも付属しますが、こうした音質へのこだわりもAQUOS CRYSTALの世界観の中で重要なのでしょうか。
清水氏
コンセプトを「透き通る一体感」としていますが、これは画面の内と外の一体感です。視覚的にはこれをフレームレスで実現していますが、音についても、圧縮されて音が悪いと、元の音とのあいだに距離があるように感じてしまいます。その音を高音質にすることで、一体感を向上させようと考えました。
――電池容量のわりに電池の持ちが良いですが、ここはHD解像度液晶というのは大きいのでしょうか。
前田氏
それだけではありません。ソフトウェア面での省電力制御もあります。
澤近氏
シャープがこれまで培ってきた省電力技術を投入しています。CPUの細かいクロック制御や各アプリの低消費電力化など、地道にやっています。従来からやっていることですが、ノウハウが貯まっているので、今回はこのスペックで3日間持つようにできました。
――デザイン面では、ディンプルパターンの背面パネルもAQUOSとしては新機軸ですね。
二神氏
背面に関しては、大きなパターンを作りながらも、手で持ったときの心地よさを考えました。ディンプルパターンとマット仕上げを組み合わせて手触りをよくしています。
小山氏
パターンをよく見ていただくと、小さいドットが混ざっています。このようにすることで、光の反射が未来的に見え、AQUOS CRYSTALらしさを引き出すとして採用しました。あとは側面のフレーム部分についても、金属のきらりとした部分とマット部分の表現で苦労しました。
二神氏
従来の蒸着塗装だと、マット仕上げならマット仕上げ、光沢仕上げなら光沢仕上げしかできませんでした。しかし今回、蒸着塗装ですが、差し分けをしています。ここにも技術的なハードルがありましたが、塗装メーカーに協力してもらい、最終商品にこぎ着けました。
小山氏
そのような感じで、デザインすべてにこだわりました。フレームレスディスプレイの感動がいちばん大事なので、そこに共感できたからこそ、商品ができたと考えています。技術サンプルをそのまま商品化するというのはなかなかないことですが、今回は魅力を削ることなくやりきれました。
――ディンプルパターン、サムスン電子のGALAXY S5でも採用されていますが、グローバルで流行っているのでしょうか。
小山氏
とくに意識していなかったので、登場して驚きました。傾向としてあるのかわかりませんが、各社、雰囲気感とか持ち味を出せる背面にしたいと考え、少しずつこだわりを出してきているのでは。
裏側の表情にもこだわれるのはいいことで、お客さまそれぞれに思い入れを持ってもらうときに重要です。そのなかで例えば革シボだとラグジュアリーなイメージになり、幾何学的だとサイバーな感じになります。持ち物としてそういった雰囲気やコンセプトが表現できる場として、背面を活用したいと考えています。他社も同じような考えなのではないのでしょうか。
――こうしたデザインだと、ケースは付けたくないですね。
小山氏
気持ちとしては付けて欲しくないです。
――しかしユーザーとしては、ボディを保護したいという気持ちもあります。
小山氏
今回、前面パネルはコーティングを強化しています。側面に関しては、非常に強い樹脂を使っています。強い樹脂では塗装が難しかったのですが、中の構造を含め、ノウハウを総動員して品質を維持しています。
――ストラップホールもありませんが、これはグローバルで展開するから不要という判断でしょうか。
澤近氏
グローバルだから、というわけではありません。一つ前の304SHでもストラップホールを外しています。デザインに注力する端末では、少しでも要素を減らし、メインのデザイン要素に注力したいので、ストラップホールは外すことがあります。今後すべての商品でストラップホールが付かないというわけでもありません。
――今回のモデルは北米のSprintなどでも販売されます。開発段階からSprint向けということを考えていたのでしょうか。
澤近氏
基礎検討はもっと前からやっていて、それを商品化するにあたりソフトバンクさんと協議していく中で、アメリカ向けも採用に至った、というイメージです。もともとアメリカ向けという話があったわけではありません。
――デザインをする上で北米展開も想定されているのでしょうか。
小山氏
このデザインの感動は日本だけではなく、すべての人が感じられると考えました。ただし色については日本だけピンクとブルーを追加していて、色は分けています。
――EDGESTの発展形が今回のフレームレスなのでしょうか。
澤近氏
フレームレスは以前から展示会などでは参考出品の形で技術展示をしていました。それを商品化して欲しいという声ももらっていたのですが、サンプルが作れても、製品化へのハードルは高いです。それがようやく技術やデザインを組み合わせることで製品化にこぎ着けました。
――今回、ディスプレイはS-CG Silicon液晶ですが、フレームレスデザインはIGZOでも技術的に可能なのでしょうか。
前田氏
IGZOでも当然可能ですが、このいち早いタイミングでタイムリーに商品化を実現する手段としてはS-CG Silicon液晶が最適ということで選択しました。
――あとは防水仕様にもなっていません。この構造で防水は難易度が高いのでしょうか。
澤近氏
かなり高いです。それこそ新しい要素技術を開発しないと商品化できません。防水の要望が多いのはわかっていますが、今回はそれ以上にフレームレス感を見ていただきたいと考えました。今後の検討課題ですが、ここは本当にハードルが高いです。
小山氏
前面パネルと筐体との接着部分、ここは妥協すると絵が映らなくなってしまいますが、それだと作る意味がありません。狭さにこだわるところでもあるので、本当に難しいです。
――今回は同時にAQUOS CRYSTAL Xも発表されましたが、これらは同時に企画された端末なのでしょうか。
澤近氏
時間差はありました。まず最初にフレームレス構造のAQUOS CRYSTALを提案したあと、日本仕様を入れたAQUOS CRYSTAL Xを商品化したいよね、という話になりました。
――AQUOS CRYSTALは搭載しているチップやシステムメモリ、ディスプレイ解像度もミッドレンジ仕様ですが、これは最初からそういった端末として企画されていたのでしょうか。
澤近氏
最初からミッドレンジとして企画していました。こういった製品を提供する場合、どういったレンジの商品が良いか、悩みます。当然、フラッグシップに新しい機能を、という考えもありますが、フラッグシップは機能オリエンテッドになる傾向があります。とくに弊社はそういった傾向です。しかしAQUOS CRYSTALは画面の感動を伝えたい商品です。画面を見せたいとき、フラッグシップでは合わないのでは、と考えました。このデザイン、見え方といった感動をいちばんの訴求項目にするために、まずはこのプラットフォーム、価格帯が良いのでは、と。
――日本のキャリアがそういったところを受け入れるのは珍しい印象も受けますね。
澤近氏
今回うれしかったのは、ソフトバンクさんにもこのフレームレスの感動に強く共感いただいたことです。本当に嬉しかったし、頑張ろうという気になりました。今回は技術的な面などで越えるべきハードルがかつてないほど高かったのですが、そこを乗り越えるには、みんなが「コレがいいよね」と思わないとダメだったと思います。
――Sprintなど北米向けモデルは素のAndroidに近いUIになっているようですが、アプリなども素に近いのでしょうか。
澤近氏
カメラなどはシャープ製のアプリを搭載しています。検索ファインダーやFeel UXはないですが、Clip Nowは搭載されています。
――北米での反響を早く見てみたいですね。
澤近氏
フレームレスの感動は地域などに関係がないという仮説を元に展開します。北米での発表時もメディアの反応が良かったです。それが北米のユーザーにも伝わり、その感動を体験してくれれば、と思っています。
――本日はお忙しいところありがとうございました。