気になるケータイの中身

独自コア採用、クアルコムの「Snapdragon」戦略を訊く


写真右から須永氏野崎氏
2008年当時のSnapdragonが動作する評価ボード

 国内の携帯電話市場が飽和状態にある中で、スマートフォン市場が成長分野として注目されている。携帯電話事業者がスマートフォンのラインナップを拡充し、ユーザーのスマートフォンへの関心度も非常に高くなってきている。

 こうした中で、スマートフォンの処理速度についても注目が集まるところだ。クアルコムのチップセットプラットフォーム「Snapdragon」は、Android端末のCPUでは事実上、スタンダートな存在となっている。今回、同社のマーケティング部長である須永順子氏、野崎孝幸氏にクアルコムのチップセット戦略について話を聞いた。

マルチコア化で消費電力を軽減

――まず、スマートフォンユーザーの中で悩ましい問題となっているのが、バッテリーの消耗です。頻繁に利用していると下手をすれば一日もたずに電池が切れてしまうこともあるようです。チップセットベンダーとしての消費電力の取り組みを教えてください。

須永氏
 Androidのユースケースを調査する中で、我々も電池の持ちが悪いとユーザーが感じるケースが多くなると予想しています。これはまず、インターネットなどにアクセスする頻度がフィーチャーフォン(従来型の携帯電話)とは比べものにならないことが関係しています。

 チップセットの取り組みとしては、マルチコア化して不必要な消費電力を抑えていきます。クアルコムの分析では、コアのクロックが1GHz以上になった場合、シングルコアでクロックを上げていくよりも、マルチコアで分散させ、各コアを1GHz、1.2GHz、1.5GHzなどと複数持つ方が、同じDMIPS値(Dhrystone MIPS、プロセッサの性能を表す指標)を達成するには有利であると出ています。

 つまり、仮にシングルコアの1.7GHzというチップがあったとして、それよりもマルチコアの1GHzの方がトータルで1.7GHzを達成するための電力消費が小さくなるということです。マルチコアは現在、高機能向けチップというイメージがありますが、電力消費などの関係から今後、ローエンドやエントリー向けに展開される可能性が高いでしょう。


Snapdragon夏モデルの複数のスマートフォンに採用されているチップセット

――なるほど、マルチコアはバッテリーの消耗にも貢献するんですね。

須永氏
 ただその一方で、現状ではディスプレイをONにしているだけで相当バッテリーを消費します。スマートフォンの登場によって大きな画面を見る回数が格段に多くなりました。ディスプレイの消費電流をいかに下げていくのか、スマートフォン全体の大きな課題になるのではないかと思っています。

野崎氏
 クアルコムはチップ屋として消費電力を抑えるためのさまざまな研究を重ねていますが、実際の使い方からみれば、ユーザーがディスプレイのバックライトをどれだけ使うか、という面がバッテリーの消耗に大きな影響を及ぼすでしょう。

独自コアは「Scorpion」から「Krait」へ

Krait搭載Snapdragon
Krait概要

――それでは、マルチコア化する上でクアルコムは、パフォーマンスの向上と消費電力の抑制、どちらに軸足を置いて展開されるのでしょうか。チップセット分野は今後も競争激化が予想されます。他社に対してクアルコムが先行している部分はどこだと考えていますか。

須永氏
 クアルコムでは性能と消費電流の両方に比重を置いています。組込分野で勝負をかけている以上、どちらか一方ということではなく、両方にというのが正確な表現だと思います。

 差別化の1つとなるのが、独自のコアを開発しているという点です。クアルコムは、ARM社より「ARMv7」のアーキテクチャライセンスを取得し、クアルコムの技術部隊が独自に開発したコアを採用しています。コアそのものは、ARM社がライセンスしているいわゆるCortexシリーズではなく、独自コアです。それが我々のSnapdragonシリーズに採用されている「Scorpion」と呼ばれるものです。今後、Scorpionに変わって「Krait」(クレイト)と呼ばれるコアが組み込まれていく予定になっています。

 また、クアルコムのマルチコアは、asynchronous(非同期)アーキテクチャを採用しています。これは、コア毎にクロックと消費電流を独立して設定できるものです。クアルコム以外のチップセットは現状、同期型のコアを採用していますが、消費電力の削減度は非同期型の方が大きくなります。

 Androidのドライバレベルで作り混みをしているため、マルチコアをどのように使うかを採用メーカー側が意識することなく、効率的な動作が実現しています。もちろん、メーカー側で任意にタスクを振り分けられるので、非同期ですが同期型としてふるまうことも可能な作りになっています。

非同期型コアを採用、クロックはスケーラブルに変更可能

須永氏「非同期型のコアはトレンドに」

――非同期型の効果と言えばいいでしょうか? どういった部分で非同期であることが活かされるのでしょうか。

須永氏
 負荷の少ないタスクがとろとろと定常的に流れているような場合ですね。GPSのトラッキングもそうです。ミッションクリティカルなシステムなど、低い負荷ながらプロセッサの処理を伴う場合、そこに大きなタスクが流れてくるとクアルコムのマルチコアのチップは、まず、片一方のコアに処理させて、もう一方は負荷の低い処理を続けます。これが同期型の場合、両方のコアでいっぺんに処理しようとするため、余計に消費電力がかかってしまうことになります。

 なお、非同期のコアは今後の業界のトレンドのようです。ARM社でもCortex-A15(Eagle)で非同期の採用に踏み切ると発表しています。そういった意味では、クアルコムは3~4年は先行してチップへの組み込みを実現していると思います。

――ARMのコアを採用せず、コアを自社開発する理由を教えてください。

須永氏
 クアルコムは、当初より最大クロック1GHzを目標にScropionを開発してきました。それは、モバイルのコアにおいても、1GHzが必要な時代が来ると考えていたからです。たしか当時のARM純正コアは、600MHzぐらいで動作していたかと思います。我々は、高いクロックでもリーズナブルな消費電流を実現しようと開発を進め、ARMの純正コアよりも相当高いクロックの製品が実現しました。

 「MSM8655」は1.4GHzまで上がりましたが、これはScorpionの1GHz版のパラメーターを変更することで1.4GHzを実現しています。つまり、1つのコアの中でスケーラブルにクロックを上げられる技術を盛り込めました。

――2011年夏モデルでは、同じチップセットでクロックが異なる製品が投入されていますが、これがスケーラブルに変更できる技術の結果というわけですね。ところで、同じ型番のチップセットでもたとえば「MSM8655」なら「MSM8655T」になるという話を見聞きしましたが。

須永氏
 おそらくターボという意味なんだと思いますが、製品上区別をしているわけではなく、「T」は特につけていません。今回、1.4GHzを実現するためにパラメーターを変更しているので、1GHz版とは製造プロセスが異なっています。

野崎氏
 夏モデルでは、同じ「MSM8255」「MSM8655」のチップセットでも1.4GHzの製品と、1GHzの製品があります。高いパフォーマンスで処理すれば当然、電池が消耗するのは避けられないので、端末の性格に応じて1.4GHzと1GHzに分かれています。

LTEの時代へ、通信ソフトウェアの強み

3G/LTE対応のKrait搭載Snapdragon

――差別化という面では、クアルコムは通信のノウハウという強みがあるかと思います。他社も通信事業を買収する形で取り込もうとしていますが、通信面は今後も差別化のポイントとなるでしょうか。

須永氏
 クアルコムのチップセットには、必ずモデム機能が入っており、顧客である企業にソフトウェアを提供する際にはモデム制御まで含めて提供しています。モデムのソフトウェアは最終的に、主要な通信事業者とは相互互換テストが済んでいます。端末メーカーは、アプリケーションチップとモデムチップのインターフェイスについて、ソフト構築や実装の手間はかかりません。

 アプリケーションプロセッサとモデムプロセッサが独立している場合、物理的なインターフェイスだけでなく、ソフトウェアのプロトコルインターフェイスも存在し、その作り込みは大変なものです。サムスン電子の端末やアップルがそうですが、アプリケーションプロセッサとモデムプロセッサが分かれている端末は提供されています。現在の3Gであればすでに多くの製品が提供されており、経験の蓄積もあると思いますが、その次を見ると、インターワークが問題になるかと思います。

 次世代の通信方式として、LTEの導入が開始されましたが、LTEがモデムに追加されると、LTEと3Gのインターワークが必要です。エリアから外れた場合にどういった動きをするのか、エリアに戻ったときにどのように動作するか、そして、LTEと3Gで使う周波数がバラバラであることをどのように制御していくのか。LTEの導入によって、モデム制御の難しさは格段にアップします。クアルコムはそういった場合でも、各通信事業者の要求を入れた上で、1つのソフトウェアの中で検証し提供します。LTEの時代になっても、心配することなく導入できるため、端末メーカーにとっては良い結果となるでしょう。

クアッドコアも発表された3G無しのチップセット

――通信部分の一体化というアドバンテージの一方で、タブレット型端末などでは3G通信機能のない製品が増えています。3Gなしの製品展開はいかがでしょうか。

須永氏
 そうですね。iPadの3G+Wi-FiモデルとWi-Fiモデルのように、市場でもそういった製品が登場していますね。我々もすでにモデムなし版のSnapdragonを発表しています。クアルコムでは以前より、3G通信をOFFにするフライトモードをサポートしています。これは飛行機内で3Gを落とすためのものですが、これを利用し、アプリケーションプロセッサだけを提供する場合に、フライトモードに近い状態でチップセットを提供しています。そのため、3Gなしとするために特別な開発は必要ありませんでした。

野崎氏
 これまでのクアルコムの顧客は3Gの世界だけでしたが、3Gなしのアプリケーションプロセッサを発表したというのは、クアルコムとして非常には大きな出来事になりました。

――通信事業者は現在、3GからWI-Fiへオフロードさせようとさまざまな取り組みを展開しています。その一方で、AndroidはWi-Fiと3Gの繋ぎがいまいちといった印象があります。

須永氏
 クアルコムがアセロス(Atheros Communications)を買収したのもそこにあります。今後、3GとWi-Fiのインターワークと、消費電力を抑えたアーキーテクチャはどうあるべきかというところは追求されていくと思います。

Windowsの取り組み

Windows Phone

――Android以外では、マイクロソフトのWindows Phoneにクアルコムのチップが採用されています。iOSとAndroid、BlackBerryの3強といった中で、Windows Phoneにも取り組まれる理由を教えてください。

須永氏
 Windows Phone 7の市場性について、米国本社が非常に期待しているのは確かです。Windows PhoneはやはりなんといってもOutlookとの親和性が抜群によいですし、Windows Phone 7のタイル状のユーザーインターフェイスの評価も非常に高いようです。

野崎氏
 チップ屋のクアルコムは、プラットフォームに対しては中立的な姿勢でいます。ビジネスが成り立つものであればやらない理由はありません。Androidは当然として、HPのWebOSやWindows Phoneを展開しているのはそのためです。


幅広いプラットフォームに対応する6月、Windows 8向けのチップセットが発表された

――それではWindowsの今後の戦略とも関係していきそうなパソコンの領域についてはどう取り組んでいかれますか?

須永氏
 積極的に取り組んでいきます。Windowsについては、メーカーさんと組んで必ず良いものを提供します。Windows 8関連では、次世代のSnapdragonシリーズということで、非同期のマルチコアを採用した3G/LTE対応「MSM8960」を発表しました。その次の製品として、通信機能を搭載しないクアッドコアのチップセット「APQ8064」を投入する予定です。

――パソコンの分野は、インテルを筆頭に強いメーカーが存在しています。この分野でクアルコムがポジションを築いていくためには、何が必要でしょう。

須永氏
 通信部分と消費電流がポイントになると思います。Windowsのパソコンは、クアルコムとしても新しく挑戦する分野です。このため、これまで携帯電話で使っていたコンピューター言語が使えなくなる場合もあるなど、それなりにチャレンジが必要です。

 最初のクアッドコア製品となる「APQ8064」は、消費電流は高いけども、価格の安いメモリ「PCDDR」もサポートしています。従来製品のシリーズとなる「MSM8960」までは、PCDDRのインターフェイスを持っておらず、「LowpowerDDR」のインターフェイスはをサポートしていました。LowpowerDDRは、消費電力は小さいものの、コストは少しかかります。

 PCDDRのサポートによって、メーカーはよりパソコンに近いものが作れるようになるはずです。パソコンメーカーは既存の部品を使いたかったり、同じ部品メーカーを使いたいという事情もあります。そういった各社の事情になるべくあわせながら、「将来的な観点からモバイルの方を向いていかなければダメだよ」と、メーカーへ啓蒙活動もしていければいいなと考えています。

パソコンからその先へ

モバイル市場が主戦場であることは変わらない、と野崎氏

――我々は普段からノートパソコンを利用し、それを持ち歩いてはいるものの、市場を現実的に見ていくと、ユーザーによってはタブレット端末で十分にモバイルPCとしての用途をカバーできてしまう人も増えてくるでしょう。そうなると、モバイルのパソコン市場はこれ以上の広がりは期待できないのかもしれません。ボリュームが期待できるケータイ市場から、パソコン市場へと展開していくことに、どういったメリットがあるのでしょうか。

須永氏
 まず、クアルコムはケータイの市場で負けるつもりはありません。ケータイの市場はきちんと守った上で、パソコンにも展開し、将来的な情報機器のすそ野の広がりに対応していこうと考えています。

野崎氏
 昔、Wi-Fiが広がっていくと3Gが死ぬのではないかという嘘みたいな話がありました。当時、よくワイヤレスとモバイルの違いについて聞かれましたが、モバイルというのはワイヤレスだけど、Wi-Fiのネットワークをきちんとサポートするもので、3Gを補完し、無線LANスポット的なものがワイヤレスなんだと答えていましたが、それは事実だったと思います。3GなしのSnapdragonを投入し、アセロスを買収したことの意味は、モバイルの世界をきっちり守りながら、逆にワイヤレスの領域まで商売を広げていくというものです。

 ちょうど今年、スマートフォンがパソコンの出荷台数を上回るという調査も出ており、さらに従来のカテゴリにあてはめにくいような、高機能端末の登場も期待されており、そういった機器に3Gが搭載がされるかは不透明です。3GのWi-Fiルーターが増加し、スマートフォンのテザリング対応が増えている中で、APQのシリーズで3Gなしの製品にも応えられるようにしました。

 年間で十何億台が売れているであろうモバイル端末の市場は、これまで通りクアルコムの主戦場であることは間違いはありません。そこをきちんとした上で、周辺のデバイスにも展開していこうというものです。

――なるほど、お忙しい中ありがとうございました。

 




(津田 啓夢)

2011/6/27 12:28