「ケータイ+AR」の現在と未来

話題の拡張現実「AR」って何?


 最近、ケータイ業界ではにわかに「AR」というキーワードが注目を集めている。

 ARとは「Augmented Reality」の略で、「augment(オーグメント)」は「増大させる」といった意味で、ARは「拡張現実(感)」や「強化現実(感)」などと訳される。

 語感が「VR(仮想現実)」と似ているが、その概念は大きく異なる。VRは現実には存在しない場所や物体を仮想的に作り出し、ユーザーに体感させる。VRはユーザーに「リアリティ」を感じさせるため、さまざまな入出力インターフェイスを使うが、基本的にはコンピュータの世界の中で完結している。

 対するARは、現実の場所や物体をコンピューターの力で「拡張」することに主眼を置く。あくまで現実がベースだ。たとえば、現実の物体の上に情報やCGといったものを表示し、その物体を「拡張」して見せる。ちなみに、このとき追加される情報やCGは「アノテーション」と呼ばれる。アノテーションはコンピュータが作り出した仮想の存在なので、現実と仮想現実(VR)を融合させるのがAR、とも言える。

iPhoneアプリ「セカイカメラ」

 昨今、ARがケータイと相性が良いと考えられるようになってきたため、ケータイ業界でARというキーワードが注目されだした。ケータイはいろいろな場所や物体に接触する機会があり、ARに必要な現実空間を認識するデバイス(カメラやGPSなど)も持っているため、ARを実現するにはうってつけなのだ。

 では具体的にどのようなものがARかというと、その定義はまだはっきりとしていない。一般的には「現実の風景に情報やCGを重ねて表示させ、視覚を拡張する」というようなシステムがARと呼ばれることが多いので、本記事でもそういったシステムをARと呼ぶことにする。

 フィクションでいうと、NHKのアニメ「電脳コイル」に登場した電脳メガネなど、透過型のヘッドマウントディスプレイを使ったARシステムが描かれることが多い。ドラゴンボールのスカウターなども、同様にヘッドマウントディスプレイを使ったARの一種と言えるだろう。

 透過型のヘッドマウントディスプレイであれば、現実の映像にスムーズにアノテーションを重ねて表示することができるため、現実の物体を直接「拡張」できる。ARの理想型のひとつは、こうしたヘッドマウントディスプレイを使ったシステムと言えるだろう。

 しかし現在のところ、ヘッドマウントディスプレイを使ったARシステムはほとんど一般では実用化されておらず、もっぱら「カメラの映像にアノテーションを重ね、パソコンやケータイの画面上に表示させる」という形式のものが実用化されている。

 まずはそうした実用化され運用中のARシステム、サービスから、ARがどのようなものかを紹介しよう。

 

10万人以上がダウンロードした「セカイカメラ」

 実際に運用中のARシステムとしてもっとも有名なものといえば、iPhoneアプリとして登場した頓智・(トンチドット)の「セカイカメラ」だろう。

 セカイカメラは、現実の場所に「エアタグ」と呼ばれるアノテーションを貼り、そのエアタグを同じ場所にいるほかの人に公開するというシステムとなっている。エアタグは、カメラからの映像に重ねて表示されるため、iPhoneを通すと見える「魔法の付箋紙」が空中に貼られているイメージとなる。

 セカイカメラはGPSや無線LANで位置情報を取得し、その座標データをエアタグのためのアドレスとする。セカイカメラのアプリを起動すると、座標データがセカイカメラのサーバーに送られ、その近辺にあるエアタグがダウンロードされる、という仕組みだ。

 座標は「エリアごと」などのおおざっぱな精度ではなく、かなり細かく記録される。近くにあるエアタグは大きく、遠くにあるエアタグは小さく表示される。電子コンパス内蔵のiPhone 3GSならば、カメラの向いている方向に画面上のエアタグが追従するため、エアタグが実際に空中に貼られているという感覚が得られる。

 セカイカメラのエアタグは、あらかじめ各地の公共施設などがランドマークとして登録されているが、ユーザーが自由に書き加えることもできる。エアタグの内容はテキストだけでなく画像や音声も使用可能だ。

 セカイカメラはiPhone向けに9月24日より配信が開始され、わずか4日間で10万件もダウンロードされたという。新しいガジェットが大好きなアーリーアダプター層を中心に広まり、秋葉原や渋谷などでは、ユーザーの手により読み切れないほどエアタグが貼られている。

セカイカメラはこのようにカメラを取るようにしてアノテーションを表示させる渋谷駅周辺には多数の「エアタグ」が貼られていた

 

ARアプリというけれど、それってホントにAR?

 AR的なアプリは、セカイカメラ以外にもいくつかがすでに存在する。それらを紹介しつつ、ARのエッセンスについて考えてみよう。

NearestWikiの表示例。実際に見えているかどうかは関係なく遠方のアノテーションが表示される

 iPhoneアプリの「NearestWiki」は、Wikipediaの情報の中から現在地周辺にある項目を探してきて、カメラの映像に重ねて表示してくれるアプリだ。観光旅行などに便利そうだが、都市部で使ってみると、視界に入っていないものが多数表示されてしまうので、視覚が拡張されるというより、その方向にあるスポットの情報を表示させているだけ、というイメージだ。

 Android端末で利用できるアプリ「Layar」はカメラの映像に周辺のスポットデータを重ねて表示してくれる。スポットデータをサードパーティが作ることも可能で、ナビゲーション用途からコミュニケーションのひとつとしてまでさまざまな使い方が可能になっている。しかし表示が実視点ではなく鳥瞰視点になっているため、カメラの映像にスポット情報が重なることがほとんどない。

 もっとも、カメラの映像とアノテーションが重ならない、という指摘は、位置情報をベースとするARアプリ全般に言えてしまう。前述のセカイカメラも例外ではない。GPSや無線LANを使う測位技術は、条件が良くても数mの誤差は避けられない。数mも誤差があると、数mサイズの物体、たとえばラーメン屋入り口くらいの大きさのものだと、近づいたときにアノテーションを正しく表示させることはできない。遠くからならば位置は合うが、建物の多い都市部だと、遠くからでは視界に入らないため、アノテーションだけ表示されても現実を拡張したという印象は乏しい。

 では、映像中の物体とアノテーションがリンクしないのにわざわざ実映像を使う必要があるのだろうか? 実際の映像を使わなくても、現実を拡張することはできるのだろうか。例えばKDDIが開発中の「実空間透視ケータイ」(地球アルバム)は、実際の映像だけでなく3Dイメージの映像上でもアノテーションを表示できるようにしている。こういった仮想の映像の上に表示した方が、アノテーションの位置関係がわかりやすい場合もあるくらいだ。

KDDI「実空間透視ケータイ」の「地球アルバム」では、実際の映像を使わないモードもNTTドコモ「直感検索・ナビ」は方角を認識しナビゲーション

 また、auの「Sportio water beat」(シャープ製)には「GPSゴルフナビ」というアプリが用意されている(利用は有料)。このアプリは、GPSの位置情報とゴルフコースの情報からグリーンまでの距離を表示したり、ショットごとの飛距離を計算したりできる。カメラの映像とリンクできたら、それはそれでかっこいいかもしれないが、映像なしでも実用性は高い。

 ちょっと古いが、2006年にボーダフォン(当時)が発売した「904SH」(シャープ製)は、加速度センサーと地磁気センサーを搭載し、「星座をさがそ」というアプリをプリインストールしていた。このアプリ、端末を向いている方角の星座を表示してくれるというもので、本当の星空では見えない「星座のつなぎ方」などを表示してくれる。映像なしだからこそできる星空の拡張アプリといえる。

 ただ、これらは現在の認識と比較して、ARアプリと呼べるかは微妙だ。ここまでくると、端末の方角と地図表示が一致するGoogleマップのようなアプリまでARになってしまうが、これらは「現実を拡張する」というより、「入力インターフェイスが特殊なナビゲーションアプリ」と見なすこともできる。どこまでARなのか、その定義は使い手の考え方次第なのかもしれない。

 

ARのカギを握る画像認識技術

 セカイカメラなど実映像を使うARアプリは、現実の風景を視覚的に拡張することを目指している。しかし、先にも指摘したように、ケータイの測位技術では誤差が大きく、数mの物体については、実際に見えているものに正確にアノテーションを付与することが難しい。

 視覚を拡張するというのでれば、画像認識技術を使うのが理想だ。画像認識ができれば、視界に入っているものに正確にアノテーションを付与できる。しかし、自然物を識別する画像認識は、技術的なハードルが高い。建物など比較的識別しやすい物体を画像認識するにしても、実際にケータイに実装して運用するとなると、技術面などで解決するべき課題が多そうだ。

 一方で、ケータイで画像認識がまったく不可能かというと、そうとも言えない。自然物を識別しないでも、マーカーを使うという手法があるからだ。ケータイは関係ないが、2008年10月に発売された芸者東京エンターテインメントの「電脳フィギュア ARis」を、画像認識を使ったARの例として紹介しておこう。

 電脳フィギュア ARisは、専用の模様(マーカー)が描かれたキューブとパソコンソフトからなる。USBカメラでそのキューブを写すと、パソコンの画面にはキューブの上にCGのフィギュアが立っている様子が映し出される。キューブを動かせばフィギュアの位置も変わり、付属のスティックで触ることもできる。キューブという現実の物体をうまく拡張して見せている。

 こうやって文章で書いても伝わりにくいものだが、実際に動いている様子は芸者東京エンターテインメントのサイト上で動画が見られるので、まだ見たことがない人は是非ともチェックしていただきたい。

(電脳フィギュアARis http://www.geishatokyo.com/jp/ar-figure/

 マーカーを使ったARは、研究者レベルではよく使われている。枯れた技術というと言い過ぎかもしれないが、「ARTookKit」など公開されたライブラリを使い、個人レベルで応用している人もいるくらいだ。

 マーカーならばケータイに実装するハードルは比較的低い。例えば、店の看板などにマーカーとなる大きなQRコードを描いておくとする。ARアプリはQRコードが画面内に入ると、それを読み取り、QRコード内のURLからアノテーションをダウンロードしてきて看板の上に表示させる、といった使い方が考えられる。看板などにQRコードを設置するというのがハードルになってしまうが、不可視のコードを使ったり、ロゴを兼ねるマーカーを使う手もある。

 余談になるが、QRコードとインターネットURLというオープンな技術が使えれば、さまざまなプレイヤーが参加できる可能性も提供できる。いまあるARアプリは、どれも基本的にアプリ開発者がアノテーションを管理しているが、QRコードとインターネットURLならば、誰もがアノテーションを勝手に公開可能だ。

 アノテーションだけでなくARアプリも、誰もが作ることが可能になる。ちょうどパソコンのブラウザのように、さまざまなARアプリが登場する可能性があるわけだ。ARアプリがプラグインに対応すれば、ウェブで言うFlashなどのように、さまざまな形式のアノテーションが登場する可能性もある。

 オープン性や標準化についても、AR分野では議論が始まっている。ARアプリごとに異なるデータしか見られないようでは、インターネットのような普及するプラットフォームにはなり得ない、という考え方だ。確かに普及していくのには避けて通れない議論だが、この先どうなるか、なかなか見えてこないところでもある。

 

ARはどこに向かうのか

 ARは一般的に使えるツールとして登場して間もないこともあり、どのように使われるか、まだはっきりとしていない。

 たとえば現在のセカイカメラは、ユーザーが好きにエアタグを書き込めることから、掲示板的(あるいは落書き的)なコミュニケーションツールとして使われている。ほとんどの人は、「実用」というより、「面白いから使っている」という段階だろう。セカイカメラは商用のプロモーションツールとして使われた例もあるが、まだまだ実用ツールよりコミュニケーションツールやエンターテインメントツールを中心に模索している段階に見える。

 ほかのiPhone向けARアプリも、使いやすさや便利さからARアプリとして作られていると言うより、位置情報を使ったアプリを面白そうだからARにした、という印象が強く、まだまだ模索段階にある感は否めない。

 では、ARは今後どのように使われるのだろうか。さまざまな意見があるかと思うが、筆者はARならではの「見せ方」が生きる分野、たとえば広告やファッション、情報サービス、ゲームなどで活躍すると考えている。たとえばお店の看板からCGキャラクターが生えて特売情報を叫び出すとか、絵画の展示会でネームタグが作者の略歴を紹介するなど、ざっと考えただけでもさまざまな応用が考えられる。

 そのようなAR的な「見せ方」が実際の街角で活躍するまでには、解決するべき課題は多そうだ。ARがそのような方面に進まず、ナビゲーションツールやコミュニケーションツールに向かっていく可能性もある。正直なところ、このままARが普及せずに消えていくことだって大いにあり得ると思う。しかしARが普及すれば、これまでにない面白いことが実現する可能性もある。今後のARの普及・発展には期待したいところだ。

 



(白根 雅彦)

2009/10/9 14:29