開発者支援「KDDI ∞ Labo」に込めた思い、夢破れた田中氏の過去


会場の様子
KDDIの田中氏

 KDDIは、Android向けのソフトウェアやネットサービスなど、開発者をサポートするためのゆるやかな支援プログラム「KDDI ∞ Labo」(ムゲンラボ)のキックオフイベントを秋葉原で開催した。

 「KDDI ∞ Labo」は、日本発、世界に通用するAndroid向けサービスの開発を支援するためのサポートプログラム。ベンチャー企業(従業員10名以下、設立3年未満)やエンジニアを対象としたもので、法人・個人を問わず1チーム最大3名で応募できる。応募期間は5月17日~7月22日で、現在までに11、12チームの応募があったという。

 応募の中から、選抜されたチームに対して、KDDIは事業部門からのメンタリングや、事業化や経営のアドバイスを行うほか、六本木にコミュニティスペースなども用意する。選抜チームは3カ月後のβ版リリースを目指し、au one MarketやWebサイトでのプロモーションなども受けられる。また、ビジネスプランの検証や、出資や事業提携なども検討する。プログラム中の資金的な援助ではなく、開発しやすく、事業化しやすい環境を提供するプログラムとなる。

 アドバイザーには、KDDIの高橋誠氏(代表取締役執行役員専務 新規事業統括本部長)や雨宮俊武氏(理事 新規ビジネス推進本部長)、増田和彦(プロダクト企画本部長)らが就く。また、社外アドバイザーとして、グリーのCFOである青柳直樹氏や頓智ドットのCEO 井口尊仁氏、LunascapeのCEOである近藤秀和氏、コロプラの取締役副社長 千葉功太郎氏、ベンチャーキャピタル、経営コンサルタント、弁護士、研究者らが名を連ねている。

 制約の少ない支援プログラムとなり、プログラム期間中の出資や業務提携協議こそKDDIの承諾が必要となるが、NTTドコモやソフトバンクなど他事業者向けのサービス提供も可能となっている。

頑張るエンジニアの力に、KDDI田中氏の本音

 22日、秋葉原において「KDDI ∞ Labo」のキックオフイベントが開催された。KDDIは当初、代表取締役社長の田中孝司氏の挨拶を予定していたが、田中氏は自らプレゼンテーションを行うことを志願し、開発者を支援しようという自身の意気込みを訴えた。

 今から25年以上も前のこと。田中氏は、米スタンフォード大学に留学し、プログラムの研究開発を行っていた。スタンフォード大学といえば、言わずと知れたシリコンバレーの中心にある名門校であり、IT・コンピューター関連企業の創業者など多くの著名人の出身校となっている。同氏が留学していた1984年は、アップルからマッキントッシュが登場し、日本と米国がインターネットで初めて繋がった年でもあった。当時はDNSもなく、インターネットでメールを送信するためには長いアドレスを入力する必要があったという。

 田中氏は、新たなビジネスを立ち上げようと留学したものの、英語が話せないこと、ソフトウェア(の記述コード)が美しくないこと、そしてお金がないことの3つをハンディキャップとして指摘されたという。当時のシリコンバレーでは、ビジネスプランを書くとすぐに数千万円を貸してくれる時代だったが、同氏は「能力がなく帰ってきた」という。

 田中氏は、当時の苦い思い出が「KDDI ∞ Labo」に繋がっているとする。国内の携帯電話市場について飽和状態にあると説明した田中氏は、「スマートフォンの時代になり再びチャンスがやってきた」と語った。

 プレゼンテーションの冒頭、田中氏は「KDDIと一緒にグローバルで通用するインターネットサービスを作っていこうじゃないか。企業支援というとサービスを支援するような形もあるが、どちらかというと“一緒に”やりたい。KDDIと“一緒に”が重要」と話した。開発者と一緒にやっていきたい、という思いは同氏の過去と繋がっているようだ。

 「頑張るエンジニアの力になる。これが本音」と語った田中氏が「社長なのでそれなりに自由になるお金もある」と続けると、会場からは笑いと拍手がおこった。同氏は、「チャレンジする人が集まる場所を作りたい。スタンフォード時代、英語がうまくしゃべれず、すごく厳しかった。今回日本に場所を作った。KDDIはもう一度わくわくできる世界を作っていきたいと思っている。Androidを中心としたサービスの提供を期待しているが、もちろんたまにはiPhoneでもかまわない(笑)。成功は一握りだが、切磋琢磨して良いものが出てくればいい。Facebookのように、アイデアと活力だけで世の中は変えられるのではないか。私の夢破れた思いを皆さんと一緒にやれればいいと思う」と語った。



KDDIのプラットフォームを活用してアイデアを具現化

KDDIの塚田氏

 イベントでは、KDDIの新規事業統括本部 新規ビジネス推進本部 副本部長の塚田俊文氏よりプログラムの概要が説明された。開発支援の中でau oneや、au Smart Sports、LISMOなどのKDDIのさまざまなプラットフォームが活用できることや、端末貸与、サーバー環境なども提供することが語られた。

 また、最新OSの情報についても、Google側にかけあっているところという。端末メーカーの中には、一緒にやろうという声もあるとし、参加者の中にはメーカー関係者の姿も見られた。

 開発プログラムは半年間をワンクールとし、最初の3カ月でβ版提供、その後ビジネス化に向けて検討される。こうした開発プログラムとは別に、オープンな形でセミナーを毎月開催していくという。



KDDIのオープンな時代のオープンなやり方

画面右から田中氏と塚田氏

 田中氏と塚田氏のプレゼンテーションが終わると、報道関係者は別室で両氏への質問時間が設けられた。

 今回の支援プラグラムは、田中氏の発案によるものという。田中氏は「これまでの垂直モデルのように、KDDIだけのサービスを作ってもらうわけではない。auからサービスが出れば、他のキャリアでも使ってみたいのは当然。オープンの時代はオープンにやりたい。囲い込むのはつまらない。予算としても大きなものではなく、ラボのスペースを用意して、サーバーを置くぐらいなもの。あとは手弁当になるだろう」と語り、さまざまな制約をつけずにまずは運用してみようという姿勢を示した。

 このため、プログラムに参加する選抜メンバーの給料についてもKDDIが出すという類のものではない。あくまで食い扶持はそれぞれが用意する必要がある。β版のリリース後、出資や提携など、本格的なビジネスに向けた資金の用意もあるが、多くはスタートアップの法人や個人であり、出資があったとしても年間1億円もいかない見込みとした。

 なお、強制ではないが、サービスは最初にKDDIから提供される形を期待しているという。田中氏は「オープンプラットフォームでは各社差別化できないと言われるが、先行してauから出るということが非常に重要と思う。一商戦期をカバーできるだけで大きい。それには、できるだけ早い段階で種を拾っていくことが必要で、早い段階で活動していかなければならない」と語った。

 KDDIでは、研究開発部門として、KDDI研究所を持っている。田中氏は、研究開発に関して、さまざまな流れがなければ、幅広いニーズには対応できないとの考え示し、研究所と今回のプログラムなど、複数の開発チャネルを持つ必要を説いた。またシリコンバレーにも常駐スタッフを置いているという。

 ネットサービスやベンチャー投資などに積極的に展開しているKDDIだが、これについて田中氏は、「新しいアイデア、新しい試みは外の人たちから生まれるんじゃないかと思っている。我々がちゃんと支援すれば花が開き、KDDIにとってもその人達にとっても良い結果になる」と話した。

 このほか、コロプラへとの資本提携について、第三者割当によってKDDIがコロプラ株式の5%を持つことは事実とした。出資金額については守秘義務の関係から言えないとしている。

パネルディスカッション、クレイジーなアイデアを形に

 「KDDI ∞ Labo」のキックオフイベントの最後、パネルディスカッションが行われた。KDDIの高橋誠氏をモデレーターに、ゲストとして、頓智ドットの井口氏、グリーの青柳氏、コロプラの千葉氏、Lunascapeの近藤氏、経営共創基盤の塩野氏が登場した。

 アイデアが思いついた瞬間というお題に対して、頓智ドットの井口氏は、2008年当時カメラにはまっており、散歩中に、「カメラの中にあらゆる情報が映ったら……」と突然天かからアイデアが降りてきたとした。

 Lunascapeの近藤氏は、「Inteernet Explorer 6をもっとよくしたいと考えていたところ、たまたま窓の杜で取り上げられ、自分だけでなく日本中の人が欲しかったと気づかされたことが大きい」と話した。

 コロプラの千葉氏は、当時のDDIポケット(現在のウィルコム)が業界としては初めて基地局ベースの位置情報を提供し、そこにパケット定額サービスが始まったことでサービスを思いついたとした。

 GREEに青柳氏は、アイデアを出す人達をうまく引き出すひつようがあるとし、アイデアをもんでより洗練されたプロダクトに仕立てて、いかにビジネスにつなげていくかが必要とした。

 また、ベンチャー企業にとっては優秀な人材との出会いが不可欠であるという。各人の意見をまとめると、クレイジーなアイデアを持っている人がいる前提で、それを形にしてビジネス展開できるようなチーム力が問われるようだ。Lunascapeの近藤氏は、「シリコンバレーでは周りがみんなクレイジーであり、クレイジーであることが普通」という。経営共創基盤の塩野氏は、EvernoteやDropBoxといったサービスに投資する際に、投資家達はチームの能力をチェックしていたことなどを語った。

 最後にKDDIの高橋氏は、「KDDI ∞ Labo」によって、「元気な日本を創造していきたい」と語った。

写真左からKDDI高橋氏、経営共創基盤の塩野氏、グリーの青柳氏写真左から頓智ドットの井口氏、コロプラの千葉氏、Lunascapeの近藤氏


 




(津田 啓夢)

2011/6/21 20:14