スマートフォンアプリ開発のツボ

アクロディアが進める新たな取り組みの背景を聞く


 「携帯電話のユーザーインターフェイスをカスタマイズする」という、今となっては一般的となったサービスは、携帯電話が普及し、着信メロディや待受画像などの利用が促進されたことで、新たに創出されたマーケットと言える。アニメや芸能人、スポーツなどを題材にしたメニューカスタマイズ用素材が提供される――こうしたサービスを実現するため、その基礎となるソリューションを提供してきたのがアクロディアだ。

 しかし、そうした機能を備えるフィーチャーフォン(従来型の携帯電話)は徐々に出荷数が伸び悩み、最近ではスマートフォンへの移行が進んでいる。こうして市場の流れが大きく変化すると、企業によっては業績に大きな影響を受けるところもある。アクロディアもそうした波をかぶりつつ、新たに「きせかえtouch」「スマセレ」といったAndroid対応サービスに取り組んでいる。その背景について、同社代表取締役社長の堤純也氏に聞いた。

 

スマートフォンがもたらした事業構造の変化

アクロディアの堤氏

――今春には、スマートフォンの販売数が全体の半数を超えた、という調査もあるほど、スマートフォンの人気が高まっています。こうした状況は予想されていましたか?

 昨年からフィーチャーフォンの動きや、Android端末の拡充といった流れを踏まえ、スマートフォンへの移行といった状況はある程度は予測していましたが、ここまでとは思っていませんでした。当社はフィーチャーフォン向けのソリューションを提供してきましたので、こうした流れで厳しくはなったのですが、「どうせ変化するならば早いほうがいい」と考えていましたので、驚きつつも、当然かなと受け止めています。

――では、どういった取り組みを行おうと考えてきたのでしょうか。

 最も大きな違いはキャリアさんとの取り組み方です。これまで当社は携帯向け組込ソフトを提供しており、当社にとってキャリアさん、メーカーさんは“お客様”でした。しかしスマートフォンでは、“お客様”というよりも“パートナー”と言うべき形になっています。“お客様”のときは、キャリアさんやメーカーさんからソフトウェアの代金をいただいていたのですが、“パートナー”になるとその逆で、ユーザーに当社サービスが利用されれば、アフィリエイトのように当社からお支払いする、という形です。全てのケースでそういう形になったわけではありませんが、コンシューマーへ直接アプローチするという取り組みも始めており、考え方もビジネスモデルも根本的に変化しました。

――そうしたビジネスモデルは最近登場してきたのでしょうか。

 いえ、実はフィーチャーフォンの時代でも、他社さんがそうした取り組みを行っていた事例があります。パソコンでもプリインストールアプリの扱いが徐々に変化してきたと思います。最終的にコンシューマーへ良いサービスを提供しよう、ということ自体は変化していませんが、当社の収益の入り方が大きく変化しました。これまでは端末1台あたりというビジネスですが、今回はユーザー数を増加させてレベニューシェア、ということですので、立ち上がりに時間がかかります。その立ち上がりまでの谷間がビジネス的には辛いのです。昨年11月からこうした取り組みを始めて、ようやく上り坂になってきたかな、というところです。

――昨年9月にはGMOインターネットがアクロディアの筆頭株主となりました。

 「コンシューマーへ直接アプローチする」と先に申し上げましたが、これまではキャリアさん、メーカーさん相手のビジネスを行っており、そうした経験は当社にありませんでした。スマートフォンでは“インターネット”と“ケータイ”が完全に融合してきますので、ネット系のサービスやプロモーションでノウハウを持つ方と協力しなければ、というところでGMOさんとの関係を築くことになったわけです。

 

DRMをベースに

――そうした結果、現在「きせかえtouch」「スマセレ」というサービスが登場したわけですね。

 フィーチャーフォン時代から、“着せ替え”の市場を技術的にある程度は我々が支えてきた、という自負があります。スマートフォンで着せ替えのニーズがあるか、半信半疑のところはありましたし、iPhoneでは難しいのですが、Androidでは技術的に可能ということで、auさんを最初のフラッグシップパートナーとして、「きせかえtouch」の提供を開始しました。

 一方、ソフトバンクモバイルさんとの取り組みである「スマセレ」は、プリセットアプリとホームアプリをセットで導入できる、というサービスです。リテラシーが高い方は自分でいろいろとアプリを選んで……といった使い方ができますが、そうではない方にとっては、どうしていいか全くわからない、というところから始まりますので、入口を拡げる必要があります。まずは必要最低限のアプリをまとめて導入できるような仕組みと、ということです。

――2つのサービスは、ユーザーインターフェイス、ユーザー体験に関わるものですが、性格は大きく異なりますね。

 はい、「きせかえtouch」は、フィーチャーフォン時代の“着せ替え市場”を踏襲し、さらにアイテム課金など、スマートフォンならではの要素をこれから盛り込んでいきます。

 実はフィーチャーフォンでの市場規模は100億円程度に達し、ユーザー平均の利用回数は1.3回です。この利用回数は、実は結構凄いもので、ユーザー全員が必ず1回は利用した、ということになります。もちろん実際は1回も利用したことがない方、数回利用したことがある方、ということですが、利用頻度はそれなりに高い。しかし、利用傾向としては「機種変更直後に1回」という傾向なのです。スマートフォン向けサービスでも同様の傾向になりつつあるのですが、フィーチャーフォンでは通信機能の活用が厳しかったところ、スマートフォンはユーザーの承認を経た上で、通信機能を利用して、たとえば花火バージョンなど季節ごとのコンテンツや継続的なアイテム課金が可能になっています。「まずはフィーチャーフォンの成功事例を踏襲し、その後、スマートフォンならではの要素を」ということです。

 一方の「スマセレ」は、ユーザーインターフェイスのカスタマイズが必須ではありません。元々は、複数のアプリ(APKファイル)を導入しやすくするための仕組みとして検討を進めてきたもので、当社では「Multi-package Installer for Android」という製品を提供し、その上でのサービス形態として、ホーム画面を含めることで、ソフトバンクさんでは「スマセレ」という格好になっています。この仕組みを利用すれば、法人需要にも応えられますし、MVNOビジネスのようなことも実現できます。

――端末に搭載されるカメラを利用できないようにする、といったことも……。

 可能です。1台でプライベートな時間用、業務用、とオン/オフを切り替えることもできます。「スマセレ」は、当社からベースを提案して、キャリアさんとの間でブラッシュアップさせていきました。最終的にはエンドユーザー自身がインターフェイスを選ぶことになるのでしょうが、私自身も初めてAndroidに触れたときには戸惑いましたので、こうしたものが必要と考えました。ユーザーインターフェイスの切り替えは「きせかえtouch」の技術も用いていますので当社内でのシナジーもあります。

――アクロディアではAndroid向けのDRM製品も提供していますね。

 DRMは、「きせかえtouch」にも「Multi-package Installer for Android」でも使われています。コンテンツを配信する上での土台ですね。DRMの仕組みは、公開鍵暗号系で、コピーはできても暗号が解けない、といったものです。もともとは当社のサービス展開に備えて用意したものだったのですが、案外ニーズがありましたので、製品として展開することになりました。コンテンツをお預かりするサービスですので、クラウドの一種とも言えます。またサーバーはGMOさんのものを利用しています。

 

今後の展開

――スマートフォンに向けた製品群はある程度整ったということでしょうか。

 そうですね。そうした製品の1つである「VIVID Runtime」は、現在、GMOさんと共同展開しているAndroid向けゲームアプリプラットフォーム「Gゲー」で利用されており、さまざまなプラットフォームの垣根を越えたコンテンツ配信を可能にします。Androidは機種ごとの差分もありますが、「Runtime」では、AndroidのAPIを直接利用せず、抽象化して、我々の仕組みを利用してコンテンツを開発していただくということになり、Androidのバージョン違いも吸収します。フィーチャーフォンでも機種ごとの違いはありましたが、Androidは「昨日まで動作したアプリが、バージョンアップ後の同じ端末で動作しないことがある」がやっかいな点です。

 技術的に言えば動的にリンクさせていて、プログラムをオブジェクトの状態で配布して、ローカルで実行形式にしている、というイメージです。JavaVMのような仮想マシンの上で動作するのではなく、あくまでネイティブアプリにする、という形です。iPhoneでも理論的には可能ですが、現在は禁止されていますね。

 この「VIVID Runtime」は、実は、あるキャリアグループさんが進めていたアプリの仕組みとして検討されていましたが、その後の動向で立ち消えになりました。

――そのあたりは海外展開も検討されているのでしょうか。

 「Gゲー」では、既に米国で展開を開始しており、順次、その他の市場でも展開します。「きせかえtouch」についても、今夏を目処に、グローバルでのサービスを開始する予定です。そうした着せ替えサービスについては、これまで日本ならでは、と言えるものでしたが、Androidの普及で国ごとの垣根はなくなってきたと思います。

 海外展開そのものについては、従来と比べ、現地キャリアさんとのやり取りが減少し、メーカーさんとのやり取りが増えてきたと思います。

――体制が整った現在、課題は?

 ユーザー数の増加を進めるフェーズであることは間違いないですね。「きせかえtouch」もまもなく50万ダウンロードに達します。フィーチャーフォンの“きせかえ”は、2年半で普及しました。それくらいかけて端末が広まるということですが、スマートフォンでは予想以上に早いスピードで買い替えが進んでいて、冒頭に触れた現在の状況は、そういった点でも歓迎することなのです。

――提供先のプラットフォームですが、Androidの展開速度、それから他のプラットフォームについてはどう考えていますか?

 たびたびバージョンアップするAndroidですが、意外と早く新バージョンに触れられるな、という印象です。フィーチャーフォンは、製品が発表されるまで、サービス提供事業者はなかなか仕様がわかりませんでしたが、Androidはそのあたりオープンだと思います。もっとも、グーグルさんの方針が変更される可能性はありますが……。

 「きせかえtouch」はAndroidのホームアプリに特化したサービスですが、先述した「Runtime」はさまざまなプラットフォームに対応します。「Gゲー」のサービスのとしての対応は未定ですが、「Runtime」の技術としては、Windows Phoneもそうですし、サムスンさんのbada、iPhoneなど、他の環境にも対応していきたいですね。

――なるほど。

 あとは課金が課題でしょう。クレジットカードのみ対応ですと、日本ではユーザー層が限られます。海外ではPayPalなどしか選択肢がありませんので……。またAndroid Marketでは、手数料(キャリアと課金事業者に支払われる)である(売上の)30%が厳しいですね。Android Market以外での配信を検討するコンテンツプロバイダさんもいらっしゃるでしょうから、そうしたところでの取り組みも必要でしょう。

 

位置情報サービスと着せ替え

――6月21日に、「GREE」向けの位置情報ゲームが発表されました。

 サービスとしては、まだ本格展開とは言えませんが、着せ替えコンテンツとソーシャル系の連携は今後考えられますので、ノウハウを蓄積すべく取り組んでいます。内容もゲームらしさを押し出したものではなく、コレクションするような内容にしています。考えているのは、ユーザーがP2P(Peer to Peer)で繋がる、といったところでしょうか。着せ替えコンテンツは、ゲームコンテンツに比べてユーザー数は限られますが、接触時間はゲームよりも圧倒的に長くなります。そこで着せ替えにソーシャル的なエンターテイメント要素を入れるとすると、たとえば育成系ですとか、時間や位置情報といった要素が重要になってくると思います。

 先にmixi版を提供していますが、狙い通り、さほど多くのユーザーに利用されているわけではないのですが、接触時間が長いコンテンツという傾向です。ぜひ、着せ替えのコンテンツのこういったノウハウを注入していきたいと思っています。

ライブ壁紙によるメニューカスタマイズも

――端末メーカーさんも、そうした狙いの取り組みを行っていますね。

 もちろん協業はできます。現在はホームアプリとして「きせかえtouch」を提供していますが、エンドユーザーの中には、もともと提供されているキャリア版、あるいはメーカー版のホームアプリを利用したいと考える方もいます。そうしたユーザー層に向け、ライブ壁紙を活用したコンテンツを検討しています。詳細は今後あらためて案内しますが、端末オリジナルのユーザーインターフェイスでありながら、ライブ壁紙だけカスタマイズすると、そのライブ壁紙上のメニューに触れて操作する、といったことが可能です。

――今後はどのような展開を検討しているのでしょうか。

 DRMを核にして、GMOさんと一緒にコンテンツ配信事業には取り組みたいですね。それから、これもまだ詳細は言えませんが、P2P通信を利用した超流通というか、コンテンツをバイラルで拡げるといったあたりを考えています。「きせかえtouch」はホームアプリで接触時間が長くなりますので、こういったP2P通信の連携で、ユーザー間のコミュニケーションを面白くできると思います。P2Pの延長にはM2Mもあるのかなと思います。

――スマートフォンでは比較的自由に通信を活用できる、といったところで期待できそうですね。フィーチャーフォンと比べ、スマートフォンは期待できる部分が多い、と言えるのでしょうか。

堤氏(左)と同社副社長の國吉芳夫氏(右)

 それぞれ良い面も悪い面もあると思います。日本のキャリアさんは、すごく真面目で、フィーチャーフォンでは、コンテンツで通信するときに毎回ユーザーの確認を求める場面もあったりしました。

 しかし、古い機種で積み重ねてきたレギュレーションがある意味、制限になってしまうことがありました。その一方でスマートフォンでは、過去の互換性を考慮せずともよかったため、全ての制限がリセットされたと思います。端末に備わっている個々の機能、あるいはCPUなどのレイヤーはフィーチャーフォンもスマートフォンも大きな違いはないのかもしれませんが、この過去のレギュレーションの有無は大きな違いではないでしょうか。たとえば、非常にわかりやすく言うと、Webコンテンツでの画像コンテンツのサイズ、あるいはアプリの容量、通信制限などですね。そうした制限はスマートフォンでリセットされ、より幅広い発想ができるのではないでしょうか。

 これは決してこれまでのキャリアさんの取り組みが悪い、という意味ではありません。かつてのバッテリー容量、通信速度などに即したレギュレーションをコンテンツの互換性のため、積み重ねてきたものだったのですから。

――現実にあわせて徐々に、ということですね。

 そうして積み重ねられてきた仕組みは、サービスの連続性などを考えると、キャリアさん自身がリセットするのは大変難しかったと思います。

――そうですね。本日はありがとうございました。

 




(関口 聖)

2011/6/23 18:04