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Act.16「美しき“モバイルビジネス”?」
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昨年秋、MNPがスタートし、一時の騒動もようやく落ち着いたかに見えるケータイ業界。しかし、国内では現在のケータイ業界のあり方を大きく変えてしまうかもしれない議論が進められている。すでに、一部で報じられているが、昨年、総務省が開始した「モバイルビジネス研究会」だ。今回はそこで議論されている内容とケータイ業界の反応などについて、紹介しよう。
■ モバイルビジネスを再検証する研究会
昨年末の記事でも取り上げたように、ここ数年、国内のケータイ業界はとにかく、一にも二にも「MNPをどう導入し、いかに切り抜けるか」がひとつのテーマになっていた。主要3キャリアだけでなく、端末メーカー、コンテンツプロバイダ、販売代理店など、この業界に関わるすべての人にとって、MNPは大きな課題であり、イベントだった。ソフトバンクの「0円騒動」や「受付中止トラブル」などはあったが、何とかMNPという制度がスタートし、春商戦ではケータイ業界も少し落ち着きを取り戻しつつある。しかし、そんな中、昨年末からMNPとは別に、ケータイ業界を大きく変えてしまうかもしれない議論が進められている。総務省が有識者を集め、昨年末から開催している「モバイルビジネス研究会」だ。
この研究会は「移動通信市場におけるユビキタスネットワーク化の進展を踏まえ、新たなモバイルビジネスの成長を通じた経済活性化や利用者利益の向上を図る観点から検討を行うため」(報道資料より抜粋、原文まま)に催されるものだという。ケータイ業界は今後、固定網との連携や融合を実現するFMC(Fixed Mobile Convergence)の導入を見据えており、従来の市場の枠にとらわれない新しい事業の展開が期待されている。そこで、従来のケータイ業界のビジネスモデルを見直し、SIMロックや販売奨励金なども含めた議論をしようというものだ。研究会は全8回が催される予定で、すでに4回が催され、夏には意見書がまとめられるという。
モバイルビジネス研究会ではいくつかのテーマが取り上げられており、それらについて携帯電話事業者や端末メーカー、コンテンツプロバイダなど、関係各社からの意見も求められている。なかでも注目を集めているのが「SIMロック」や「販売奨励金」によって、国内メーカーは国際競争力が低下しているのではないか、このビジネスモデルが国内市場でMVNO(仮想移動体通信事業者)の参入障壁になり、事業者間の公正な競争ができないのではないかというテーマだ。筆者は第4回の会合しか傍聴できていないため、必ずしも説明が十分ではないかもしれないが、筆者なりの意見も含め、このテーマについて考えてみよう。
■ 販売奨励金の功罪
すでに、本誌をご愛読いただいている読者なら、ご存知の通り、国内で販売されている端末は必ずしも物理的な商品の値段だけを反映しているものではない。端末メーカーが数万円で開発・製造し、これを各事業者が買い取り、各事業者は数万円の販売奨励金を付け、販売代理店を経由し、ユーザーに販売している。たとえば、1台あたり6万円で開発された端末に4万円の販売奨励金が付けられ、その結果、ユーザーは2万円で最新のケータイを購入できる、といった具合だ。
この販売奨励金というしくみは、そのユーザーがその後、一定期間、その事業者の同じ端末を利用し続け、月々の基本使用料などが支払われることを見越して、付けられている。裏を返せば、販売奨励金によって、ユーザーに端末を低価格で提供し、それを月々の基本使用料などによって、回収しているわけだ。研究会ではこのビジネスモデルに対し、ある程度、頻繁に(10カ月~1年程度の間隔)買い換えるユーザーは販売奨励金のメリットを享受できるのに対し、1台の端末を長く使い続けるユーザーにはメリットが少なく、不公平ではないかという意見が出ている。
確かに、ヘビーユーザーとライトユーザーの間に不公平感はあるだろう。しかし、ケータイの契約者数が9,000万を超え、ユーザーのニーズが多様化している現状において、どのユーザーに対しても公平なメリットがあるような販売のしくみを作ることは、事実上、難しいように見える。極端な話だが、買い換えるか否かはユーザーの判断であって、メリットがあるのに買い換えないと判断したユーザーのために、一定周期で買い換えるユーザーが数万円の負担を強いられるのはどうだろうか。
もちろん、それは逆も真なりなのだが、利用できる環境があるのに利用することを拒んでいるユーザーを同列で語っていいのかどうかは、疑問が残る。たとえば、自分はクルマに乗らないから、税金を道路整備に使うのは不公平だと言って、税金が返ってくるのだろうか。ウチの子はニンジンが嫌いだから、給食でニンジンが出るのは不公平だという話が通るのだろうか。これらは極端な比喩でしかないが、どんなサービスでもニーズが多様化してくれば、当然のことながら、多少のひずみも出てくるし、不公平感も生まれてしまう。
ただ、こうした現状を「しかたない」という言葉で片付けていいわけではない。やはり、事業者としては不公平感の生まれないようなプランを考えるべきであり、もっと多くの人がケータイをより便利に使えるように、しっかりとサポートをするべきだ。筆者自身も少しでもケータイリテラシーの高くないユーザーの方々が利用できるように、各方面で活動してきたつもりだ。ただ、料金的なものだけで使ってくれるほど、甘いものではないというのも正直な感想だが……。
また、不公平感については、ユーザーの消費動向についても考慮すべきかもしれない。たとえば、NTTドコモの903iシリーズは現在、10カ月以上、継続利用したユーザーの機種変更価格が約3~4万円、10カ月未満の継続利用ユーザーの機種変更価格が約4~5万円となっている。販売店によっては、24カ月以上、利用したユーザー向けの機種変更価格を設定しているところもあるが、10カ月超24カ月未満の機種変更価格の数千円安といったところだ。こうした価格構成の中で、前述のような1台の端末を長期間利用するユーザーが最新機種である903iシリーズを購入するかというと、必ずしもそうではないようだ。もちろん、ユーザーごとに選ぶ機種は違うわけだが、筆者が販売店などから聞いている印象では、機能よりも販売価格を重視し、1年近く前の旧機種を選ぶユーザーが多く見受けられるという。今のタイミングなら、2005年末に発売された902iシリーズ、昨年春に発表された702iシリーズなどが残りわずかながら、1万円前後で販売されており、それらが選ばれているようだ。
機種変更時の不公平感を比較するとき、果たして10カ月超で約4万円、あるいはそれよりも短い期間で5万円近くを払って、最新の903iシリーズを購入するユーザーと、24カ月程度まで使って、とにかく安さを重視して、1万円で残り少ない902iシリーズや702iシリーズを購入するユーザーと、どちらがメリットを享受していると言えるのだろうか。最近の価格差を見る限り、必ずしも短いタイミングで機種変更しているユーザーだけが得をしているようには見えないのだが……。また、これはキャリアとユーザーの関係だけの問題ではなく、キャリアと販売店、販売店とユーザーの関係も絡んでくるため、どの部分で誰が不公平感を感じるものなのかをもう少しよく分析するべきではないだろうか。
では、仮に販売奨励金の制度がなくなったとき、読者のみなさんが購入するケータイの価格はいくらくらいになるのか。これはすでに各社の決算発表などでも触れられているとおり、現在、各社の販売奨励金はおよそ4万円前後となっているため、前述の903iシリーズの販売価格を換算すれば、販売奨励金廃止時にはおよそ7~8万円で買わなければならない。はたして、読者のみなさんはこんな価格でケータイを買いたいだろうか。ちなみに、先週、本誌の「けーたい お題部屋」で「SIMロック無しだけど7万円のケータイ、購入する?」というアンケートを採ったところ、およそ2/3が「購入しない」と答えている。
短絡的な見方かもしれないが、こうした状況下において、販売奨励金廃止を導入すれば、開始直前にたいへんな数の駆け込み需要が生まれ、その後、一時的に店頭で端末が売れなくなってしまうかもしれない。もしかすると、オークションでは転売が横行するかもしれないし(現状でも十分に多いが……)、以前、イギリスなどで頻発したような高機能端末を狙った強盗などが起きることも考えられる。
確かに、販売奨励金による販売は不公平感があるかもしれないが、だからと言って、短期間で機種変更をしてきたユーザーや現在の高機能端末を求めるユーザーが悪者のように言われてしまうのは、ちょっと筋違いではないだろうか。ケータイの進化を見ればわかるが、ユーザーがケータイを使い込み、機能がブラッシュアップされ、その結果、ライトユーザーにも使いやすい環境が整ったという経緯も少なからずあるはずだ。その昔、ケータイではじめてメールが利用できたとき、「ケータイでメールなんて……」「あんな小さい画面で……」「そんな文字数で何するの?」と随分、厳しい意見が聞かれた。しかし、今となってみれば、パソコンよりも簡単なメール環境として、幅広い世代に受け入れられ、多くのユーザーが当たり前のようにメールを使うところまで進化を遂げた。もちろん、キャリアやメーカーの創意工夫があったからこそ、普及したわけだが、それを便利と思い、面白いと思い、使ってきたユーザーがいたからこそ、市場が成長したという側面もあるはずだ。販売奨励金が廃止され、サービスや機能の進化のサイクルが遅くなれば、こうした進化も期待できなくなってしまう。
現在のケータイ市場において、ライトなユーザーに対する利用促進やサポート体制がまだ不十分なことは確かであり、そういったユーザー層のための料金プランや施策が必要なことは十分に理解できるが、それがいきなり販売奨励金の廃止につながるのは、あまりにも論点が飛躍しすぎているように思える。
販売奨励金廃止の功罪については、KDDIの小野寺社長が定例会見や記者発表の席で何度となく答えていることが非常にわかりやすい。「携帯電話市場が他の市場に比べ、短期間で普及できたのは、販売奨励金で端末を低価格で提供できたため」「販売奨励金に議論があることは承知しているが、単純に自社の契約者を増やすためだけでなく、ワンセグやデジタルラジオといった社会基盤となる新しいサービスを早く普及できるという役割も担っている」といった主旨の発言だ。つまり、販売奨励金というシステムに課題はあるものの、端末を安価に供給できるからこそ、ユビキタス社会を実現するためのおサイフケータイやワンセグ、デジタルラジオといった他業種と連携するサービスも一気に普及させることができたというわけだ。ちなみに、昨年、ワンセグが開始された当時から言われてきたことだが、ワンセグは携帯電話事業者にとって、まだ十分なビジネスモデルを描けていない。にも関わらず、1年目から数機種の端末が発売され、放送開始から1年で10機種を超える製品が店頭にラインアップされるほどになっている。販売奨励金もなく、7~8万円以上の端末を発売されていたら、ここまで普及することはなかっただろうし、ラインアップもこんなに揃わなかっただろう。
デジタルラジオのように、今後の普及が期待される段階のサービスもあるが、やはり、ケータイに搭載されることで、普及に弾みがついた技術や機能はいくつもある。身近なところでは、デンソーが開発したQRコードは元々、業務向けのものだったが、カメラ付きケータイに採用され、各社がサポートしたことで、今やさまざまなチラシにQRコードが使われ、クーポンなどにも広く利用されている。ケータイ全体から見れば、細かい機能のひとつかもしれないが、ユーザーがURLを一文字ずつ入力しなくても手軽にサイトにアクセスしたり、名刺などから簡単に電話帳データを登録できたりするなど、ユーザビリティ向上に寄与した部分は大きい。
また、よく知られているように、日本で生み出されたケータイのビジネスモデルは、英ボーダフォンによって、海外にも輸出され、「Vodafone live!」という形で一定の成功を収めている。ちなみに、余談になるが、ケータイ Watchのスタッフや筆者は、よく韓国やヨーロッパなどの企業や調査会社、国の関連機関から市場分析や説明の依頼を受けることがある。具体的には、日本市場で何が流行っているのか、どういう方向に進もうとしているのかなど、トレンドやビジネスモデルについての意見を求められるものが多い。彼らはそこから何かを吸収し、海外でのビジネスに活かそうと考えているようだ。裏を返せば、それだけ日本の市場が注目されているわけであり、それを生み出したのは販売奨励金というしくみ、現在のビジネスモデルが微妙なバランスで成り立っているからこそなのではないだろうか。
今回はケータイ業界の販売奨励金の是非が議論されているが、世の中には形や規模こそ違え、何らかの特典によって、商品を安く購入できるようなしくみはたくさん存在する。通信サービスで言えば、FTTHを利用したインターネット接続サービスを申し込むと、最近ではほとんどの場合、数カ月から半年近く、基本使用料などが無料になる。衛星放送も加入申込をすれば、チューナーとアンテナがタダになったり、安価に購入できたりするという販売も行なわれている。筆者は販売業をしているわけではないので、詳しいことはわからないが、販売奨励金やリベートといった類のものはある程度、一般的に商取引の中で行なわれているものであり、ケータイ業界だけが特殊というわけでもないだろう(最終的に端末が「0円」で販売されるのは特殊かもしれない)。
ユーザーの視点から見れば、どちらも同じように、安価に商品やサービスが手に入れられるものであり、これが制限されるのは逆に不満に感じるユーザーが多いのではないだろうか。少なくとも今までのモバイルビジネス研究会の配付資料や議事要旨を読む限り、販売奨励金廃止がユーザーのメリットに結びつく理由は見えてこないのだが……。
同時に、販売奨励金が廃止されたからと言って、それと引き換えにケータイのさまざまな料金が安くなるという確証もなさそうだ。現在、各事業者は今回の議論を受け、同じ端末を利用する期間を決め、基本使用料を割安に設定するコースの検討を開始したと伝えられているが、基本使用料以外の部分が引き下げられるかどうかはわからない。
■ SIMロック解除という課題
さて、もうひとつ議題に挙げられているのがSIMロック解除の問題だ。一般的にキャリアが販売する端末は、そのキャリアのSIMでしか動作しないようにロックが掛けられている。これは日本だけのことではなく、海外でもほぼ同じようなことが行なわれている。ただ、海外の場合、国によってはSIMロックを禁止していたり、一定期間、経過後に解除することを義務づけていたりする例もある。もちろん、まったくSIMロックの解除を強制していない国もある。
モバイルビジネス研究会では、このSIMロックというしくみが販売奨励金とともに、国内メーカーの国際競争力低下の要因になっていると指摘している。要するに、国内メーカーはキャリアが指定した仕様の端末を作り、国内市場で販売するというキャリアに保護された状態でいるから、国際市場で勝ち抜けなかったという論法だ。
確かに、世界のケータイ市場を見れば、ノキア、モトローラ、サムスン、LG電子といったメーカーがトップシェアを形成し、日本勢ではエリクソンとの合弁という道を選んだソニー・エリクソンが健闘している程度で、ボーダフォン日本法人が存在したときに海外展開の足掛りを得たシャープでも1%強、パナソニックやNECもほとんど変わらないシェアしか獲得できていない。現に、海外のケータイのオンラインショップなどを見ても日本メーカーのケータイは非常に数が少ない。第4回の研究会でもオブザーバーによるプレゼンテーションで、「なぜノキアが売れているのか?」「海外市場で韓国製端末が何故売れたのか?」「日本製の端末は、なぜ海外で売れないのか」という資料が提示され、日本メーカーの国際競争力がいかにしてなくなったかの分析が展開されていた。
ただ、こうしたモバイルビジネス研究会での指摘についても違和感が残る。日本の端末が海外で売れていない(売れなくなった)のは、ラインアップや価格が問題なのだろうか。あるいは、iモードやVodafone live!などの各キャリアのサービスに合わせた端末を開発しているから、市場に受け入れられなかったのだろうか。要因は決してひとつではないだろうが、筆者が関係者から聞く限り、「販売網」を理由に挙げる声が非常に多い。つまり、端末の開発はできるが、販売チャネルの整備などが不十分だったため、世界の強豪であるノキアやモトローラに勝てなかった、撤退せざるを得なかったとしているわけだ。筆者はこの話を聞いたとき、「納得できない話でもない」という印象を得た。なぜなら、他の製品ジャンルでもよく似た話を耳にするからだ。
たとえば、日本の自動車市場における輸入車を見た場合、メルセデス・ベンツ、BMW、アウディなどのドイツ車は一定の成功を収めているが、世界トップシェアのGMをはじめとするアメリカ車はどうだろうか。一部に人気モデルはあるが、トータルで見れば、ドイツ車の成功には及ばない。こうした差が生まれた背景にも複数の要因があると言われているが、よく指摘されるのが販売チャネルとハンドル位置だ。筆者はクルマの専門家ではないので、詳しくは触れないが、やはり、製品をその国で売る以上、その国に合わせた売り方も必要だろうし、ハードウェア(ハンドル)もその国の仕様に合わせた方がより多くの人に受け入れられやすい。日本で英語仕様の端末を販売しても特定のニーズを持つ人たちにしか売れないのと同じだ。「それは日本の話。欧州は違う」という指摘もあるかもしれないが、その昔、日本の家庭用ゲーム機が海外に進出したとき、商慣習の違いや販売チャネルの構築などで、かなり苦戦したと言われており、「欧州市場こそ特殊である」と主張する人もいる。
また、日本メーカーが欧州をはじめとする世界市場で苦戦する要因として、GSM方式のライセンス料を挙げる声も多い。日本以外でもW-CDMA方式による3Gサービスが開始されたとは言え、まだ世界的に見れば、GSM方式は圧倒的に強い存在であり、GSM方式をサポートできなければ、海外市場で戦っていくのは難しい。ただ、GSM方式をサポートしやすい状況にあるかというと、関係者の声を聞く限り、必ずしもそうとは言えない状況のようだ。現在、世界でトップシェアを持つノキアやモトローラをはじめ、エリクソン、ルーセント、シーメンスなどの各社は、GSMの特許を数多く保有しており、それ以外のメーカーはライセンス料が高く、安価にGSM方式のケータイを作れないというのだ。ただ、韓国勢のように、GSM方式をサポートしながら、海外で成功を収めている例もあり、一概にGSM方式だから戦えないということでもなさそうだが、それでもライセンス料の問題は日本メーカーにとって、ひとつの障壁になっているようだ。今後、世界的に3Gケータイが主流になれば、状況は変わってくるのかもしれないが、先行きは不透明だ。
そして、日本メーカーがノキアやモトローラと張り合えないもうひとつの理由は、やはり、ボリュームだろう。今年1月に発表されたIDCの調査によれば、2006年は全世界で10億台超のケータイが出荷され、ノキアはその内、34.1%ものシェアを獲得している。つまり、単純計算をすれば、ノキアは3億台以上の端末を1年間に出荷していることになる。モデル数も多いため、1機種でどれくらいの台数を生産しているかはわからないが、普及モデルともなれば、1機種で軽く1,000万台以上を生産し、出荷していることが容易に想像できる。これだけの台数を生産できるのであれば、自ずとコストは下がってくる。たとえば、液晶パネルを調達するとき、50万台分と1,000万台分では全然、コストが違ってくるわけで、それがそのまま、端末価格に反映されるわけだ。
こうした物理的なコストにライセンス料が加わり、さらに販売網が絡んでくれば、日本メーカーが海外メーカーになかなか太刀打ちできなくなってくるのもある程度、納得できる話だ。SIMロックのないオープン仕様の端末を積極的に開発せず、そのノウハウが不十分だったために、海外市場で十分な結果が得られなかったというのも一因にはなるだろうが、それ以外にも数多くの要素があることをよく精査する必要があるだろう。
研究会では「ノキアには素晴らしいオープンなプラットフォームがあるから、世界中で強い」といったノキア礼賛のような発言も何度となく聞かれたが、これはニワトリとたまごの関係でもあり、すでに世界でトップシェアを獲得しているノキアが提供するプラットフォームだから、世界中でサービスが提供されるという考え方もあるわけで、シェアの少ない陣営が異なるプラットフォームを提供し、それがオープンな仕様だったとしても必ずしも支持されるとは限らない。筆者には、世界トップシェアを持つノキアという一企業の優位性とオープンな仕様のアドバンテージを混同させるようなプレゼンテーションが行なわれているように見えた。プラットフォームだけでノキアが強いわけでもないだろうし、オープンな仕様の端末だから、必ず売れるというものでもないだろう。たとえば、Symbian OSを採用した日本のある端末を見て、海外から日本のメーカーに対し、「同じようなものを作れないか」という話も来ているという。大切なことはプラットフォームがどうなのかということではなく、ユーザーに使いやすい環境を提案できているかどうか、それがその市場にマッチしているかどうかだろう。
ノキア製端末が素晴らしいことは認めるが、前述の販売奨励金で不公平とされているようなケータイリテラシーの高くないユーザーに、現状のノキア製端末を渡したとき、日本メーカーのケータイと同じように使えるだろうか。たぶん、しばらくは横について教えてあげなければ、ひと通りの機能を使うのはかなり難しいだろう。これは決して、ノキア製端末が使いにくいということではなく、ノキア製端末は世界各国でトップセールスを記録する素晴らしいスペックを持っているのに対し、日本製端末は特定のユーザー層に受け入れられるようにきっちり作り込まれているという違いがあるからだ。同時に、国によって、ユーザーが持っているリテラシーも文化も異なる。こうした違いをわかったうえで、見習うべきところは見習い、独自で行くべきところは独自で行くというのが賢明な判断ではないだろうか。SIMロックを外し、オープンな仕様にしたから、日本メーカーの国際競争力が向上するという考えは、販売奨励金の議論同様、あまりにも飛躍しすぎていないだろうか。
また、現在の日本市場では、SIMロックを解除したとしても混乱が増えるだけで、具体的なメリットは乏しいとも言われている。本誌読者なら、よくお分かりだろうが、日本のケータイは各事業者の仕様に基づいて開発されている。そのため、SIMロックが解除され、他事業者の端末にUSIMカードが挿せたとしても音声通話などの基本機能以外に、実用上のメリットがほとんどないからだ。あるとすれば、海外旅行時などに現地の安価なプリペイドSIMを利用できることくらいだろう(解除された端末が海外でも利用できる仕様であればの話)。
国内の利用においては、iモード端末にソフトバンク3GのUSIMカードを挿したとしてもブラウザやアプリの仕様が異なるため、今どきのケータイらしい使い方は何もできないし、FOMAカードをauの端末に挿せたとしても元々、通信方式が異なるため、ほとんどメリットがない。そんな限られた条件の環境でしか利用できないのなら、MNPでキャリアを移行した方が簡単だ。
「それならば、サービスの仕様を統一して、移行しやすくすればよい」といった意見もあるが、それは本末転倒な話だ。現在、ここまで作り込まれている日本のサービスを解体し、仕様を統一していくのだろうか。それでは現在の9,000万契約のユーザーに混乱を招き、不利益を被ることにならないだろうか。日本メーカーの国際競争力向上という命題があったにせよ、既存のユーザーが使いにくくなる環境や不利益を被る施策は避けるべきだ。
不利益という点では、今回の議論の中で、オープン仕様の端末のデメリットであり、日本のクローズドなケータイのメリットである部分があまり語られていないことも気になる。たとえば、セキュリティ面もそのひとつだ。国内で販売されているケータイは、一部の機種を除いて、各事業者が提供しているアプリ機能などでしか、アプリケーションを追加できない。しかもユーザーが作成したアプリが利用できる機能の範囲は、かなり限定されている。これが「クローズドなケータイ」「クローズドな仕様」と言われるゆえんだが、各事業者は「セキュリティを考慮しての仕様」だとしている。
これに対し、海外で販売されているオープンな仕様のケータイは、警告などが表示されるものの、ある程度、自由にアプリケーションなどを追加することができる。これはメリットである半面、リスクでもある。メーカーが販売するのであれば、パソコンと同じように、アプリケーションのインストールは「At Your Own Risk」で押し通せるかもしれない。しかし、日本のキャリアが国内で販売する商品となれば、おそらく、その理屈は通らないだろう。こうした考えがあるから、各キャリアはクローズドな仕様を取らざるを得ないという側面もあるわけだ。現に、海外ではケータイをターゲットにしたウイルス感染が何度となく報じられているが、今のところ、国内ではケータイのアプリ機能などを狙ったウイルス感染は、少なくとも我々が知る限り、報告例がない。あまり意識されていないが、これはユーザーが安心してケータイを利用するうえで、非常に重要なポイントだろう。
もし、仕様をオープン化することで、仮に事業者やメーカーの競争が拡大したとしてもユーザーにリスクを負わせるような構図が果たして正しいのだろうか。ケータイの仕様をオープンにすることを議論するのであれば、まず、こうしたセキュリティ面の課題をクリアにすることが前提だ。パソコン以上に幅広いユーザー層が使う機器だからこそ、もっと真剣にセキュリティ面について話し合うべきだろう。
■ オープンな仕様を活かす環境も必要
では、日本のケータイが今のまま、各キャリアの仕様に準拠したクローズドな仕様でいいのかというと、必ずしもそうではない。これだけ市場が成熟してきたのだから、そろそろオープンな仕様のケータイも安価に利用できるサービスを作るべきだろう。
たとえば、今年3月、NTTドコモはFOMAにおいて、ようやくフルブラウザ対応のパケット通信料定額制サービス「パケ・ホーダイフル」を開始した。auはすでにPCサイトビューアー(フルブラウザ)をダブル定額及びダブル定額ライトに対応させており、ソフトバンクもX01シリーズを対象にした「パケットし放題/PCサイトダイレクト」、他機種を対象にした「パケット定額フル」などでPCサイトブラウザ(フルブラウザ)を利用できるようにしている。ただ、いずれも各社のケータイに搭載されているフルブラウザで利用することを前提としており、国内外で販売されているオープン仕様の端末ではこれらのパケット通信料金割引サービスの恩恵を受けられない。たとえば、ノキアは各キャリアのサービスに依存しない「NOKIA E61」「NOKIA 6630」という機種を国内向けに販売しているが、これらの端末に搭載されているブラウザは、パケット通信料定額制サービスの対象にならない。パケット通信料はパソコンとケータイを接続して利用するときと同額が請求されてしまい、料金は青天井になる。
さらに、3社が提供しているフルブラウザ向けのパケット通信料定額制サービスは、提供時期が異なるものの、結果的に現時点では月額料金が5,985円で揃う形になってしまった。競争後の到達点という見方もできるが、こういった結果だからこそ、「競争がない」と突っ込まれてしまうわけだ。仮に、フルブラウザ向けのパケット通信料が揃ってしまうにしても他社に対するアドバンテージをもっと積極的にアピールし、サービス面で差別化を打ち出すといった方法を期待したいところだ。
また、バックボーンや既存ユーザーへの影響もあるため、なかなか実現は難しいかもしれないが、利用端末にとらわれないパケット通信料定額制サービスをそろそろ検討するべき段階ではないだろうか。2003年にauが初のパケット通信料定額制サービス「EZフラット」(現在のダブル定額)を導入するとき、「メールやムービーなど、転送するデータのサイズをある程度、コントロールでき、転送量などが予測できるからこそ、定額制が実現できた」と話していたが、あれからすでに3年以上を経過し、端末に搭載されているフルブラウザでも定額制が利用できるようになった。そうなれば、オープン仕様の端末を活用したいユーザーのために、各事業者が提供するメールやコンテンツ閲覧サービス、アプリなどの機能もない音声と通信のみに特化したようなサービスプランを提供することはできないだろうか。もちろん、ISPやレンタルサーバなどと同じように、転送量制限などは必要だろうが、海外では転送量制限によって、オープンな仕様の端末での定額制も実現しているという。ケータイ業界に新規参入し、今月末にサービスを開始するイー・モバイルでは、スマートフォンの「EM・ONE」とデータ通信カードの両方でパケット通信の定額制を実現しており、ある程度、条件を限れば、サービスの提供が可能であることを示している。
■ 誰のためのモバイルビジネスなのか?
日本のケータイ市場は世界に比べ、特殊だと言われることが多い。筆者も海外のケータイ事情などを見聞きするたび、日本市場との違いを実感することが多い。しかし、それは決して、「日本市場が特殊だからダメ」という話ではないはずだ。筆者のような一介のライターでも海外の調査会社などから連絡をいただき、「日本のケータイについて教えて欲しい」と言われることがある。筆者の周りでも海外企業などから取材を受けた、インタビューされたという話はよく耳にする。特殊だと言われつつも日本市場の先端的なサービスや端末の機能は、世界中から注目を集めている一面と見て差し支えないだろう。
ところが、モバイルビジネス研究会で語られている内容を議事要旨などで読む限り、どうも日本のケータイ市場が特殊であることが問題で、それを世界標準にしなければならない、世界市場で日本メーカーが活躍しなければならないという前提から話がスタートしているように見える。
しかし、冷静になって、考えてみて欲しい。我々ユーザーは、日本のケータイを世界に送り出すためにケータイを使っているわけではない。普段の生活に必要で、便利で、楽しいからこそ、使っているわけだ。自動車や家庭用ゲーム機、AV機器などのように、我々が使っている製品やサービスが海外市場でも受け入れられれば、それはたいへんうれしいし、名誉に感じるかもしれないが、それを実現するために、現在のユーザーの利用環境が制限されたり、デメリットを被ったりしてしまうのは本末転倒であり、お門違いではないだろうか。もし、現在、議論されていることから導き出される内容によって、本当にユーザーが将来的にメリットを享受できるのであれば、多くの人が理解できるように、より具体的にわかりやすく説明する必要があるはずだ。
総務省は研究会において、「誰のためのモバイルビジネス」を議論しているのだろうか。少なくとも現在までに公開されている議事要旨や内容を見聞きする限り、どうもユーザーからの視点が置き去りにされているように見える。モバイルビジネスに限ったことではないが、ユーザーを置き去りにしたビジネスに成功はないだろうし、ケータイのようにパーソナルな持ち物だからこそ、実際に使っている9,000万人超のユーザーの声が大切なのではないだろうか。
「販売奨励金廃止」や「SIMロック解除」という言葉は、一見、ユーザーのために議論されていることと受け取ってしまいそうだ。しかし、本稿でも説明してきたように、現在の日本のケータイ業界が置かれている状況を見る限り、ビジネスモデル的にも今ひとつ現実感がなく、ユーザーが享受できる十分なメリットも担保されていない。料金についても契約期間限定の料金プランで基本料金が下がることは期待できるものの、安定したサービスの提供を考えれば、通話料やパケット通信料を一気に低廉化することは事実上、難しそうだ。こうした現実的な面を十分に考えず、「販売奨励金廃止」や「SIMロック解除」という言葉だけがひとり歩きをして、議論が進んでしまうと、結果的にユーザーに混乱を与えることになるかもしれない。今後、研究会において、どのように議論が進められるのかを我々ユーザーもメディアもしっかりと見守っていく必要があるだろう。
■ URL
モバイルビジネス研究会(総務省)
http://www.soumu.go.jp/joho_tsusin/policyreports/chousa/mobile/
(法林岳之)
2007/03/27 12:45
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