ドコモ「dメニュー」「dマーケット」担当者インタビュー

オープンなスマートフォンでコンテンツ活性化を目指す


 NTTドコモの「dメニュー」と直営コンテンツ配信サービス「dマーケット」が11月18日より提供される。ドコモのスマートフォンで利用できるという両サービスは、iモードで培われた、ドコモのノウハウを反映させたサービスだ。

 ドコモが認定したコンテンツを用意する「dメニュー」は、“スマートフォン版iモード”とも呼べるもの。モバイルインターネット市場を切りひらいてきたiモードは、ここ数年、日本独特の仕様としてクローズドなサービスという印象があるかもしれない。では、オープンなインターネットデバイスであるスマートフォン向けに提供される「dメニュー」で、ドコモはどういった価値や体験を提供しようとしているのか。

 今回、NTTドコモスマートコミュニケーションサービス部 ネットサービス企画担当部長の前田義晃氏に話を聞いた。取材を通して、ドコモが考えるスマートフォン向けコンテンツビジネスの課題や競合他社への対抗策、そしてオープン性を重視する戦略が見えてきた。

スマートフォン向けコンテンツ市場の課題

――以前から“iモード向けサービスをスマートフォンに”という話は、山田隆持社長も公言していましたが、あらためて「dメニュー」提供の背景から教えてください。

ドコモの前田氏

 市場の流れとして、先にiPhoneが登場して高い評価を受け、当社でも「HT-03A」を(2009年7月に)出しています。ただ、これまではスマートフォンがどこまで使いやすいものか、あるいはどこまで浸透していくものか、不透明な時期がありました。

 その後、iPhoneのサービスはどんどん洗練されていきましたが、その取り組みは、過去、日本の携帯電話キャリアが手がけた“垂直統合のパッケージ”と基本的に同じです。ドコモもそういった取り組みをAndroid向けに行わなければ、これまで培われてきた日本市場のビジネスの基盤が損なわれるかもしれない、ひいてはユーザーが享受してきた利便性などが損なわれるかもしれないと考えました。それが約1年半前、昨春のころです。それまでスマートフォンの登場でモヤモヤしてきた状況が、より明確になりました。

――スマートフォン市場における今後の懸念が見えてきたと。それはドコモだけの視点で見た話なのでしょうか。

 当時、スマートフォン上でのコンテンツのエコシステムは、コンテンツ供給者側にとって、柔軟なビジネスが展開できないように見えていました。基本的に、スマートフォンコンテンツは売り上げが立てにくく、ユーザーへどうリーチするのかという面でも混乱があってわからないことがある。(コンテンツプロバイダからは)「コンテンツを継続して提供できるのだろうか」という声は大きいのです。そうした課題は今も続いていると思います。スマートフォン向けのアプリマーケットがあるものの、基本は単品売りです。しかしコンテンツビジネスでは、ユーザーに来てもらい、会員になってもらって、という形で成立しています。そこでフィーチャーフォン(従来型の携帯電話)で築いてきたもの、ということですが、そのままスマートフォンに提供するのではなく、さらに進化させていくことで、ユーザーに受け入れてもらえるようになるのではないでしょうか。

――ドコモだけではなくコンテンツプロバイダにとっても、ということですね。結果的にユーザーには使いやすいコンテンツが多く揃う。

 もちろんオープンなスマートフォンですから「あのマーケットでなければ」と限定されることはない。ただし、コンテンツプラットフォームとしては柔軟な課金・認証といった基本的なスペックが必要で、そうした仕組み自体が(現状のスマートフォン向けマーケットには)ないのではないでしょうか。これまでは、良い物を作りたいと思っても、それだけでコストがかかり、ユーザーにもどうリーチしていいかわからない。しかも、スマートフォンの普及拡大で、これまでコンテンツプロバイダの方々がiモードでコストをかけて構築してきた会員基盤がいったんリセットされてしまいます。もう一度、スマートフォン向けで会員を集め直す、というのはさらにコストがかかる。つまり「コストがかかる」という話ばかりで、新しい価値を提供する環境になっていません。そのために、これまでのサービスをスマートフォンでも引き継げる、ということが必要です。しかしフィーチャーフォン向けコンテンツと全く同じでは進化感がないですし、「スマートフォンをせっかく買ったのに」という方への価値も提供できませんから、コンテンツプロバイダの方々にはスマートフォンならではのバリューアップを期待しています。

――iモードのノウハウを活かすということですが、そうした取り組みが「閉鎖的」「自由度がない」と捉えられる側面はないでしょうか。

 確かにこれまでのiモードは、「クローズド」と言われがちでした。しかし、もともとはオープンな作り方をしてきたつもりなのです。公式コンテンツはドライビングフォース(市場を牽引する力)として重要ですが、(iモードの)基本はインターネットゲートウェイサービスで、公式ではない一般サイトでも楽しめました。iアプリも公式コンテンツだけではありません。そうして(当時のマシンパワーにあわせて)インターネットに準拠して作ってきましたが、ドコモ向け、au向け、ソフトバンク向け、ひいては日本向けとなっていた。結果的に「(独自の進化を遂げた)ガラパゴス」と見られても仕方ない部分はあります。

 しかし、もともとそうしたいわけじゃない。オープンなインターネットの中でビジネス化していきたいのです。やっとスマートフォンでそれができる、とも言えます。dメニューの公式コンテンツとして提供されたものも、他社のスマートフォンでも利用できるはずで、(コンテンツプロバイダは)他社の課金やクレジットカード課金といった仕組みを利用することもできます。iモードが標榜していた、オープンなビジネスが、スマートフォンという標準的なプラットフォームの上で実現できると思っています。

スマートフォンならではの価値を提供

――iモードのノウハウをスマートフォンに活かす、といっても、たとえばiモード公式サイトの数は膨大で、ユーザーには選択肢がありすぎる、といった状況でもあると思います。そうした点を踏まえ、「dメニュー」の開発を進める中で、心掛けてきた点はありますか?

 1つは、iモードで実現していた使い勝手が落ちてしまうのはまずい、ということです。たとえばコンテンツのラインナップですが、iモードサイト2万3000サイトのうち、「dメニュー」で提供されるのは3600サイト(12月末時点)です。この3600サイトは、iモードのマイメニュー登録件数の7割を占めています。残り1万9400サイトはマイメニュー上の3割で、さらにその半分程度は、信用金庫など金融機関です。いずれにせよ、こうしたサイトを利用するユーザーが存在し、コンテンツプロバイダさんがもっと進化してスマートフォンでもチャレンジしたい、ということであれば、フィーチャーフォンからスマートフォンへのマイメニューの引き継ぎ機能の提供は当然実装しなければいけません。ただ、スマートフォン向けコンテンツは、ある意味、リフォームが必要でコンテンツプロバイダの方々とのコミュニケーションが必要です。我々のほうで得たノウハウがあればお伝えしていますし、かつてのiモード立ち上げ時にやっていたことをあらためて今取り組んでいるような感じです。

 それからdメニューのポータルサイトとしての価値についてですが、オープンなスマートフォンですからユーザーにとってもポータルの選択は自由に行えます。しかし、dメニューはビジネスの基盤になるところで、ここへユーザーが来てくれなければ(コンテンツビジネスが)瓦解します。ヤフーさんのようなライバルも存在する中で、我々ならではの価値を提供しなければなりません。

ショートカットアイコンからアクセス

――dメニューへのアクセスはショートカットアイコンから、とのことですが、たとえばフィーチャーフォンにおける「iメニューボタン」のようなハードキーは使いやすさに繋がっていました。極端な例として「dメニューボタン」のようなハードキーのほうが有効、と考えることはなかったのでしょうか。

 たしかにAndroidスマートフォンでは、ホーム画面アプリやユーザーインターフェイスそのものをカスタマイズできますから、アイコンだけという意味では、ハードキーがあったほうが誘導の確実性を高められる、という考え方はあるかもしれませんが、実際のところはわかりません。フィーチャーフォンは物理キーありきの端末で、スマートフォンはフルタッチパネルで進化してきていますから、スマートフォンに新たなハードキーを付加しても、同じような強みを発揮できるかわかりません。さらに余計な物を付けると、コストがかかったり、開発しにくかったりすることになれば、合理性に欠けるでしょう。アイコン経由で誘導するという現在の方針の上で、iモードのような強みが発揮できるかどうか、注意して運営していかなければいけません。

――そういえば、iモード、iチャネルのように“i”はドコモのコンテンツサービスで利用されてきましたが、今回は「dメニュー」という名称になりました。

 「i○○」といった名称にする案はありました。iモードのブランド力、親しみやすさは、当社の調査で、ユーザーから高く評価されていると捉えています。ただ、新しい感じはせず、調査では「過去のもの」というコメントもいただきました。新しい時代に、新たなチャレンジをしようというときに、「i○○」というネーミングでは、僕らの考えを表現しきれないのではないか、と考えました。

 「dメニュー」の“d”には、もちろんドコモの“d”という意味もありますが、“discover the new way”(新たな道を発見する)という意味を込めています。これまでのスマートフォンにはない、新たな楽しさや便利さを一緒に見つけようというニュアンスを込めました。

「dメニュー対応機種」に求めるのはブラウザのみ

――dメニュー対応機種かどうか、といった要件で、特別な仕様はあるのでしょうか? あるいはブラウザさえ搭載されていれば、ということで良いのでしょうか?

 ブラウザ搭載であれば、ということだけですね。
※編集部注:マイメニュー登録などはspモード契約が必要

――iモード端末と比べ、パソコンと同等のブラウザを搭載するスマートフォンでは、その分、脆弱性などでリスクが高い、と考えられると思いますが、「dメニュー」の開発で懸念はありませんでしたか?

 iモードブラウザでも、JavaScript対応(2009年夏モデルで導入)でそういった面での対応を行ってきました。ブラウザに脆弱性があった場合、たとえばユーザーIDが抜き取られるかもしれません。もちろんドコモとしては、そうしたことが発生しない環境を整えていきますが、今回はOpen IDの仕組みを参考にしたり、コンテンツプロバイダに提供する認証の仕組みを1ユーザー対1 IDという形にしたりして、気を配っています。ただ、これはdメニューだけの話ではなく、スマートフォン全体の安全性をなるべく担保していく必要がありますので、ドコモとしては「あんしんスキャン」などの提供で全体的な取り組みを行っています。

――dメニュー対応機種はブラウザのみ、ということでユーザー保護もさることながら、著作権保護といった観点でも、何らかの特別な仕様が必要なのか、という疑問もありました。

 これまでのiモード端末では、そのあたりが強固過ぎて、ユーザーの利便性が落ちていた部分がありました。たとえば、当初のiモードブラウザではコピー&ペーストができませんでした。12年前のiモード開始時には、コンテンツホルダーにとってセキュアな環境を整え、コンテンツを増加させようと取り組んでいましたが、これまでのインターネットの進化を経て、現在も同じスタンスか、と問われればそうではありません。

dマーケットはiTunes Store対抗サービス

――dメニューの中で提供される、直営の「dマーケット」についても教えてください。iモードでも「ドコモマーケット」として、ドコモ直営という形でアプリや書籍、楽曲が配信されてきました。

 はい、それらを引き続き利用できるようにする、という意味が1つあります。ただ、ドコモがなぜ直営で、という意味で、今回は書籍、楽曲に加えて、映像も用意しているのですが、このあたりはプレーヤーが数多く存在するものの、ユーザーにとっては誰が提供しても違いがあまりありません。多くの事業者がいることで活性化する一方で、セールパワー(販売力)は分散され、コンテンツホルダーへの影響力を持ちにくい。dメニューという形で、より新しいステージで新しいバリューを提供するには、こうした面でのインパクトが必要ですから、ドコモ直営という形になっているのです。

 映像配信も同じ考え方ですが、今回は525円で5000タイトル、という規模です。この価格帯で、この規模感は、世界に類を見ないサービスです。社内で「SSクラス」と呼ぶ、興行トップ20に入るような人気コンテンツを順次追加していきますが、他のサービスに比べ、10倍くらいの規模になっています。つまりコストが相当かかっています。それだけコストをかけても、525円という手頃な価格にしているのは、「ドコモが本気でお客さまに伝えて、使っていただきたい。ドコモが市場作りをする」ということなのです。こうしなければ、新しい価値観、世界は作れません。そしてもう1つが競争相手との優位性を保つ上での武器になると思っています。

電子書籍にも注力
ラインナップを揃え、手ごろな価格で映像コンテンツを提供

――競争相手が持つ魅力はどう分析していますか? それにどう対抗するのでしょう?

 dマーケットは、アップルさんのiTunes Store対抗です。アップルさんはデバイス~サービスまで統合的にパッケージされているのが素晴らしいと思っていて、私自身も利用しています。デバイスとサービスを含め、いかに統合感を出していくかは課題です。Androidという端末と、その上のサービスをどうつなぎ合わせていくか、まだ正解にはたどり着いていませんが、たとえばマルチデバイス環境を整備していくのは当然で、継続的に準備を進めています。

 それから楽曲配信では、(競合と目す)iTunes Storeでは音楽配信を行っていないレコード会社もありますので、現在の日本の音楽市場で流行している楽曲全てを用意しているわけではありません。一方、「dマーケット」の楽曲配信では一通り、日本の市場にあわせた楽曲を揃えていますし、価格についても、既にiモード向け配信において、カタログ化している楽曲を半額にするといった実験的な取り組みを行っているサービスもあります。音楽業界としても、楽曲配信の価格については検討を重ねておられるようですから、今後、うまく収まっていくのではないでしょうか。動画も、iTunes Storeに比べ、タイトル数や価格帯で競争できると思っています。書籍配信は、現状、アップルさんの日本向けサービスはほぼありませんので、我々が先行している格好です。iモードでもこれまでやってきて、各出版社から評価をいただいています。これまではコミック中心でしたが、小説・実用書といったあたりをiモード向けに配信してきて、月商で1億3000万円といったあたりまで成長してきています。そのあたりで手応えはありますね。

――そういえばXi(クロッシィ)対応タブレットの発表時に、映像配信サービスの「Hulu」などの協力体制が案内されましたし、電子書籍関連では大日本印刷との協力で「2Dfacto」が存在しています。ユーザーにとって選択肢が多いのは良い一方、さきほどの「販売力の分散」になっているのでは?

 Huluについては、Xiタブレットの特性にあわせたサービスとして紹介しました。タイミング的にも、dマーケットがこの時期になったように、少しずれていますね。ただ、ドコモとしては映像配信サービスは本格的にやりたいと考えており、継続的に取り組んでいきます。2Dfactoについては、電子書籍配信において、出版社や書店などさまざまなプレーヤーが存在する中で、ドコモとしてリアルとの連携を踏まえたサービス展開をにらんでいます。ただ、dマーケットの電子書籍は、スマートフォン向けに特化したものに注力しており、少しラインナップが異なりますね。

――今回はdメニューという形で、iモードのノウハウがスマートフォンに持ち込まれることになりました。最後に、その意義をあらためて教えてください。

 コンテンツについては、iモードと全く同じものを出す、ということに大きな意味はありません。ビジネススキームやビジネスの基盤を構築する上で、iモードと同様の取り組みは行いますが、コンテンツそのものは、iモード版をそのまま引き継ぐのではなく、スマートフォン向けに進化させることになります。そのため、iモードコンテンツでもジャンルによってはスマートフォン向けに適さないものもありますので、それは落としていきます。そうしてサービスを進化させることが、大きな前提ですので、今後にぜひ期待していただきたいですね。

――進化、というのはビジュアル面でのリッチ化、という意味だけではないのでしょうか。

 そうした点はありますが、スマートフォンの画面サイズ、表現力だからこそ実現できることがあると思います。だからこそ、スマートフォンで観賞しよう、使おうというコンテンツが今後でてくるはずです。そこへコンテンツプロバイダの方々かどれほど提供していただけるか、ドコモとしても促進させるべく環境を整えていきますし、スマートフォンらしいコンテンツも登場して欲しいですね。

――ありがとうございました。




(関口 聖)

2011/11/11 11:46