【英国大使館 ビジネスフォーラム インタビュー】

シリコンバレーより魅力的!? ロンドン東部の「Tech City」とは


 iPhoneやAndroidをはじめとしたスマートフォンの普及により、これまで国や言語圏ごとにバラバラだったモバイル市場が、お互いの距離を急速に縮めている。端末仕様が世界的にほぼ統一化され、オンラインアプリストアの整備が進んだことから、より容易に、サービスを国外展開できるようになったからだ。

 これにより、海外のモバイルコンテンツ企業が日本へ参入しやすくなったと同時に、日本企業もまた、海外市場へ進出するチャンスを掴んだと言える。この状況下にあって、ヨーロッパ市場は総人口数やスマートフォン普及率の観点から見ても、有力な進出候補地と言えるだろう。

 そのヨーロッパの中心地の1つである英国・ロンドンに、「Tech City」と呼ばれるエリアがある。ウェブやデジタルコンテンツに強みを持つ企業が数多く集まることから「英国版シリコンバレー」とも位置付けられ、英キャメロン政権下では政府によるサポートが本格化しつつあるという。今回は、英国貿易投資総省 Tech City投資チーム デジタルコンテンツ・スペシャリストのトニー・ヒューズ氏に、その概要を伺った。

英国貿易投資総省 Tech City投資チーム デジタルコンテンツ・スペシャリストのトニー・ヒューズ氏

ロンドン東部のおしゃれな街に、IT関連企業が集結

 ヒューズ氏の来日は今回が3回目。在日英国大使館主催のビジネスセミナーを通じ、英国モバイル市場の最新動向をさまざまな角度から紹介しているが、今回は特にTech Cityにフォーカスして話を進めてくれた。

 Tech Cityとは、デジタルコンテンツやウェブ関連の企業が数多く集まる地域の名称で、地理的にはロンドン東部に位置する。もともとは、オールドストリートと呼ばれる街路がその中心だったが、2012年ロンドンオリンピックのメイン会場にもほど近いため、その会期終了後の跡地にまでTech Cityを拡大する計画が政府などによって進められているという。

 ヒューズ氏は、Tech City拡張の狙いとして2つの要素があると語る。「1つは中小のデジタル関連企業の誘致であり、もう1つは、オリンピック開催に伴って整備された不動産施設や各種インフラの有効活用だ」という。

 ヒューズ氏は「Tech Cityにはすでに500社ほどの企業があるが、いずれもインターネットをプラットフォームとして活用している点だけが共通している。ソーシャルメディア、ゲーム、出版、ファッションなどさまざまな企業が集まっている」と説明する。

 Tech Cityの中心部たるオールドストリートは街並み自体が非常に古く、もともとは工場、ガレージなどが多い地域だったため、賃料が安いという。そのため、創立間もない企業や若手の芸術家、ミュージシャン、ファッションデザイナーらが集まった。結果として、おしゃれな街としての認知が高まり、若者を惹きつけ、その中からさらに新しい才能や技術が生まれる好循環があると、ヒューズ氏は説明する。

 ITに完全特化した街ではないことから、米国のシリコンバレーとは異なる点も多いという。「シリコンバレーは新しい技術の開発に特に力を入れているだろうが、Tech Cityはそれと同時に、既存の技術をどう活かすかといったことにも重きを置いている」と、街並みがもたらす独特の雰囲気についてもヒューズ氏は言及する。

 Tech City自体はそれほど広い地域ではなく、すでに英国以外の企業も多数進出している。エリア内に拠点を設けた企業同士が、積極的にコラボレーションするという文化も既に生まれているのだという。

 その上でヒューズ氏は「日本企業が英国、ひいてはヨーロッパへ進出しようとする際には、やはり多くの困難があるだろう。特に中小企業では、足がかりとして現地企業を買収するのも難しい。そこで、英国進出の最初の入り口として、Tech Cityを活用してもらいたい」と提案する。


Tech Cityは自律した街、政府サポートはより慎重に

 Tech Cityと呼ばれるようになったその地域は、政府のテコ入れでデジタル関連企業が集まったのではなく、もともと自然発生的に誕生した“クラスター”なのだという。自律的、有機的に成長を遂げていたが、1年ほど前に英国のキャメロン首相がその成長力に注目。政府として、発展をサポートしていくことになったという。

 しかし、サポートは一歩間違えれば“介入”になってしまい、自然発生ゆえの良さを打ち消してしまう可能性もある。そこで、サポートの具体論は特に慎重に決められたとヒューズ氏は明かす。

 まず実施された方策は、中小企業がグローバル展開する上でのノウハウの伝授だ。LinkedInのヨーロッパ地区CEOを務めた人物ら、ビジネス拡大で実績ある人物らを招聘し、指導にあたってもらった。また、企業の運転資金も常に課題となるため、ベンチャーキャピタルとの橋渡しなども行っていく。この途上、経営規模が大きくなった会社には、オリンピック会場跡地ビルなどへ転居する道も開く。

 またヒューズ氏は、Tech Cityがロンドンにあるという点も重要だと強調する。「製品やサービスを作り出すには、さまざまな知的財産などが必要になる。これを米国に置き換えて考えてみると、シリコンバレーで新技術を見つけ、音楽配信に必要な著作権をクリアするにはロサンゼルス、広告や出版を考えるとニューヨークへ行く必要があるだろう。しかし(多くの分野の企業が拠点を持つ)ロンドンなら、ここ1カ所ですべて解決する。」

 政府としてのTech Cityへの取り組みは、まだ始まったばかり。対外的なPRが本格化するのもこれからだ。そのため、日本企業はまだまだ少ない。ただ、Tech Cityの外国企業に勤める日本人自体は、相当数いるという。

 とはいえ、Tech Cityに拠点を構えたからといって、たちまち外部企業とのコラボレーションが成立したり、経済的成功が約束されるわけではない。その点も考慮されており、投資家を招いてイベントや大規模なコンファレンスも随時行う予定で、直近では11月に計画されている。「もちろんアルコールを伴うインフォーマルなコミュニケーションも重要だろう。実際、そういった集まりは現地で頻繁に行われているし、それが苦手な人には、朝食会もある」とヒューズ氏は笑う。Tech Cityで働く人の間では、そうした交流を歓迎する空気が少なからずあるようだ。


スマートフォンの普及が進む英国、Facebookも圧倒的人気

 EU加盟国の国債信用問題など、さまざまな課題を突きつけられているヨーロッパだが、英国のモバイル市場自体は堅調だ。「英国では、新しく販売される携帯電話の6割がスマートフォン」と、やはりスマートフォンへの急速なシフトが進んでいることをヒューズ氏は説明する。

 さらに「英国内で携帯電話を契約している人の1/3がスマートフォンを利用している。台数にしておよそ2000万台だ。2010年は特にAndroidの成長率が高く、数値にすると634%増。このうち半分がHTCのシェアで、サムスン、ソニー・エリクソンが続いたという。

 端末の性能向上、さらにパケット定額制の浸透によって、よりリッチなコンテンツが求められる一方で、モバイルでもっともアクセスされているサイトは「Facebook」だという。「会員数は3000万人。英国民の約半数が利用している。2位以下のサービスとの差も圧倒的だ」と、英国におけるFacebook人気の高さにも言及。日本企業の英国進出にあたっては、ソーシャルメディアの活用が欠かせないことを窺わせた。

 




(森田 秀一)

2011/10/28 06:00