同じように見えて違うんです
ご存じの通り、国内ではスマートフォンが飛ぶ鳥を落とす勢いで普及している。米国でも、国内より一足先にスマートフォンの普及が進み、従来型の携帯電話であるフィーチャーフォンからスマートフォンへの移行が定着しつつある。
スマートフォンではフィーチャーフォンと異なり、メーカーが同一モデルの携帯電話端末を複数の携帯電話事業者へ提供するケースがある(実際は、各社の通信仕様等に合わせてカスタマイズしている)。例えば国内では、ソニー・エリクソンの開発した「Xperia acro」が、NTTドコモとKDDIの2社から発売されている。また、ソフトバンクモバイルの独占提供が続いていたiPhoneも、KDDIの参戦により、最新モデル「iPhone 4S」はKDDIとソフトバンクモバイルの2社から同時発売された。
この動向は米国でも同様で、例えばサムスンが開発した「GALAXY S II」は、加入者数シェア2位のAT&T、3位のSprint Nextel、4位のT-Mobile USAの3社から発売されている。iPhoneも、過去に遡るとAT&Tが独占的に提供していたが、2011年2月に発売された「iPhone 4」から加入者数シェア1位のVerizon Wirelessが、そして2011年10月にはSprintも加わり、「iPhone 4S」は米国TOP3携帯電話事業者による三つ巴の様相を呈すことになった。
こうなってくると気になるのが、同じ携帯電話端末を異なる携帯電話事業者が提供した場合、携帯電話事業者はどのようにして差別化を図るのかという点。今回は、米国で最も売れている「iPhone 4S」を例にとって、その状況を見てみよう。
まずVerizonだが、iPhoneに限らず、彼らは通信品質の高さやエリアの広さを一番のアピールポイントとしている。特に最大のライバルであるAT&Tが、トラフィックの急増によってネットワーク品質の低下を招いており、ユーザーから多くの不満の声があがっているため、安定してつながるネットワークは大きな強みとなる。したがって、「iPhone 4S」でもその強みを訴求している。
Verizonが放映しているiPhoneのCMは次のような内容だ。
――船が沈み、命とiPhoneだけが助かった数名。電話は不通。全員ズボンを脱いで筏を作ろうと提案するも断られる。そんな時、1人だけVerizonのiPhoneで電話がつながり、救助を頼んで皆救われる。――
一瞬、「iPhoneって防水だっけ?」と勘違いするようなCMだが、VerizonのiPhoneだけが電話がつながるということで通信品質やエリアをアピールしている。
また、「iPhone 4S」発売直後のVerizonショップでは「iPhone ON AMERICA'S MOST RELIABLE NETWORK」と書かれたポスターを掲示し、ネットワークの信頼性を訴求していた。
VerizonによるiPhoneのCM | 「iPhone 4S」発売直後のVerizonショップ(KDDI総研特別研究員 高橋陽一・撮影) |
次にAT&T。彼らがアピールポイントとしているのはマルチタスク機能と通信速度だ。マルチタスクとは文字通り、音声通話とデータ通信を同時に使える機能を指す。これはAT&Tが採用している「GSM」と呼ばれる通信方式でないと動作しないため、「CDMA」という通信方式を採用しているVerizonとSprintでは、音声通話とデータ通信を同時に使うことはできない。また、AT&TのiPhone 4Sでは、「HSDPA」と呼ばれる高速なデータ通信方式でデータ通信を行うことができるため、VerizonとSprintよりも通信速度が速い。とはいえ、あくまでも理論上であり、実際はトラフィックの混雑状況によって、遅かったりつながらなかったりするケースも見受けられるようだが……。
それでは、AT&Tが放映しているiPhoneのCMを2種類ご紹介しよう。
――夫が子守り中に、友人から『昨日のアメフトの試合を見たか』という電話。本当は見ていないのだが、見た振りをして話しながら、昨日の試合のハイライトをiPhoneでチェック。話を合わせているのを妻はあきれて見ている。――
――カップルがディナー中。男がケータイでアメフトの試合をチェックしているのではと疑う女。男は否定するが、試合内容に思わず反応してしまう。AT&TのiPhoneなら、他社のiPhoneよりも3倍早く観られる。――
前者のCMではマルチタスク機能、後者のCMでは通信速度をそれぞれ訴求しているのがお分かりいただけるだろうか。
AT&TによるiPhoneのCM |
また、「iPhone 4S」発売直後のAT&TのWebサイトでは、「Fast, Faster, Fastest」というシンプルなメッセージで、通信速度を訴求していた。
「iPhone 4S」発売直後のAT&TのWebサイト |
最後にSprintを見てみよう。これもiPhoneに限った話ではないが、彼らの最大のアピールポイントは定額制のデータ料金プラン。VerizonとAT&Tは、あらかじめ使えるデータ量に上限が設定されており、上限を超えると利用したデータ量に応じて課金される従量制のデータ料金プランを採用しているが、Sprintでは追加料金を気にすることなく自由にデータ通信を使うことができる。
SprintによるiPhoneのCM |
Sprintが放映しているiPhoneのCMは次のような内容だ。
――街中の至る所に散らばっているアプリのアイコン。iPhoneのアプリは50万、能力の可能性は無限と言われている。誰がiPhoneを制限することを望むだろうか。Sprintは制限しない。真に無制限なのはSprintだけ。――
ちょっとカッコいいと思ってしまったのは筆者だけではないはず。豊富なアプリが使えるというのはスマートフォンの大きな魅力であり、その魅力を押し出すことで定額プランの優位性をより引き立たせている。
「iPhone 4S」発売直後のSprintショップでは、「iPhone 4S」のポスターに重ねる形で「Unlimited」というフレーズを強調。SprintのWebサイトでも、「Only Sprint gives your iPhone unlimited data.」と掲載し、いずれも無制限のデータ定額プランをアピールしていた。
「iPhone 4S」発売直後のSprintショップ(KDDI総研特別研究員 高橋陽一・撮影) | 「iPhone 4S」発売直後のSprintのWebサイト |
Apple StoreにあるiPadで見られる携帯電話事業者の比較表(Enotech Consulting 海部美知氏・撮影) |
ちなみに、Apple Storeではどの携帯電話事業者の「iPhone 4S」も購入可能だが、来店者はiPadを使って携帯電話事業者の比較表を見ることができる。この比較表でも、これまで紹介してきたような差別化要素が記載されている。
いかがだっただろうか。先月のコラムでは、ほのぼのとした猫の登場するCMをご紹介したが、今月はドロドロとした内容になってしまった。こうした比較広告は、他社との違いをわかりやすく訴求できる一方、下手をすると消費者から反感を買ってしまう諸刃の刃でもある。筆者も、あからさまな比較広告は他社を貶している感じがしてあまり好きでない。国内でこうした比較広告をあまり見かけないのは、日本の国民性に合っていないと考える企業が多いのだろう。
2012/2/29 09:00