ケータイ用語の基礎知識

第742回:ソフトウェア無線 とは

ソフトで周波数や変調方式などを自在に

 「ソフトウェア無線」は、英語で「Software Defined Radio」となります。その名の通り、“ソフトウェアで定義された無線機器”です。

 従来、無線機器は、使う周波数ごとに専用機器を作ります。変調方式が違えば、また異なるハードウェアが用意されますし、信号処理のための回路や専用LSIが作られました。このように、半導体が行ってきた処理の多くの部分を、ソフトウェアで行うのが「ソフトウェア無線」です。

 ソフトウェア無線を使うことで、ひとつのハードウェアを使って、ソフトウェアを書き換えるだけで、使う電波の周波数帯や変調方式の無線を受信したり、あるいは送信したりできます。

 ソフトウェア無線の中でも、特に、携帯電話や無線LAN、衛星通信、GPSといったさまざまなシステムを1台で利用できる端末を「マルチモード無線機」などと言うこともあります。これまでも、ハードウェアとして2つの無線機を1台のボディに詰め込んだ“デュアル端末”といったものが発売されたことはあります。ソフトウェア無線は、もっと柔軟に多くの無線方式に対応でき、しかもソフトウェアの書き換えだけでそれまで使われていなかった変調方式などにも対応できるといった特徴があります。

 ソフトウェア無線に関しては、「Wireless Innovation Forum」という世界的な研究グループがあり、ここが技術標準の策定などを行っています。

よりパワーのあるコンピューターの発達で実現可能に

 ソフトウェア無線の歴史は意外に新しく、米軍が軍事用通信技術として構想し始めたのが1970年代、民間では電気通信関係の学会誌などで原理が紹介されるようになったのが1990年代半ば以降です。ソフトウェア無線の原理は簡単なものの、MHz/GHzといった信号を処理するためには、それだけの処理能力があるコンピューターが必要で、そうした製品が世に出回るようになったのが近年になってからという事情によります。

 ソフトウェア無線機は、理想的には信号のアナログ・デジタル変換器(AD/DAコンバータ)以外の全ての無線機能をソフトウェアで実現することですが、2016年現在であっても、利用可能なハードウェアでそれを実現するのはあまり現実的ではない、とされています。

 そのためどの部分をハードウェアで処理し、どの部分をソフトウェアで処理するかのすみ分けが最も適しているかという問題は、現在も研究対象です。たとえば、あるハードウェアで周波数変換機、シンセサイザー、AD/DAコンバーター、アンプなどを作ります。一方、フィルター、モデム、等化器、同期機能といった辺りをソフトウェアで処理します。これで、無線機のモデム部分をDSP(Digital Signal Processor、デジタル信号処理用に設計されたコンピューターで、単純な処理を高速に繰り返す動作を得意とする)で信号処理機能をプログラマブルに実行するようにします。これで使用帯域や、データの伝送速度、変調方式といったパラメーターを変更できるようになるわけです。

 ソフトウェア無線では、DSPやRISCプロセッサー(命令数を減らし高速演算を可能としたコンピューターチップ)で行われることが多かったのですが、最近ではパーソナルコンピューターに使われるような汎用的なプロセッサーの性能も向上しており、たとえばパソコン向けにUSB接続のソフトウェア無線受信機というような製品も存在しています。

 2016年現在では、現在、ソフトウェア無線方式は、一部の携帯電話基地局などで採用されています。特に方式変更などでは非常にコストがかかる基地局などでは、既存のハードウェアをそのまま流用して新しい方式に対応できるソフトウェア無線は、インフラの有効活用に役立っています。

 端末としても過去にNTT未来ねっと研究所がPHSと無線LANの両方に対応できるSDR機を試作するなどしており、将来的には端末側にも、たとえば、マルチモード無線機端末などで利用されるだろうとされています。

 ソフトウェア無線端末で無線信号を処理するためには、信号処理中、高速なプロセッサーを活動させておく必要があります。つまりそれなりに電力を消費するという課題になるのです。バッテリーが限られたモバイルデバイスでは、より低電力・低パワーで信号を処理できるような技術の開発も必要です。

大和 哲

1968年生まれ東京都出身。88年8月、Oh!X(日本ソフトバンク)にて「我ら電脳遊戯民」を執筆。以来、パソコン誌にて初歩のプログラミング、HTML、CGI、インターネットプロトコルなどの解説記事、インターネット関連のQ&A、ゲーム分析記事などを書く。兼業テクニカルライター。ホームページはこちら
(イラスト : 高橋哲史)