ニュース

干渉を抑えて電波を有効活用、ソフトバンクが新技術披露

 12日、ソフトバンクモバイルは、LTE-Advanced対応の「ネットワーク連携三次元空間セル構成技術」の実証実験を報道関係者向けに公開した。同技術は今後、トラフィック(通信量)が大幅に増えることが想定される中、限られたリソースでそのトラフィックをさばくための将来技術として開発された。

自動車で移動しながらフィールドテスト

 ソフトバンクの技術は、これまでの考え方では干渉が発生して、まともに通信できない手法に対して、干渉を大幅に抑える工夫を採り入れたというもの。デモンストレーションでは、全く干渉対策を行っていない状態と干渉対策をONにした状態を披露。屋内でのデモ、そして屋外の実験局と車載装置を使ったフィールドテストどちらも、大幅に効果があることが示された。

増え続けるトラフィックへの対処法

ソフトバンクの藤井氏

 スマートフォンの普及もあって、トラフィックは日々、増え続けている。そのペースは「年率2倍、2020年には、2013年の200倍以上になる」(ソフトバンクモバイル研究本部長の藤井輝也氏)とされている。この増加する一方のトラフィックをいかに処理するか、その手法の1つは、新たな通信技術の採用で、世界的にもLTEの次は「LTE-Advanced」と呼ばれる次世代技術を採用する流れ。また、新たな周波数を使うのも解決策の1つで、日本ではLTE-Advanced用の周波数帯は3.4GHz~3.6GHz帯になる。そしてもう1つの解決策がエリア設計での工夫だ。

 通常、携帯電話のサービスエリアは、複数の基地局を設置して面を広げていく。人口の多い場所では、周波数の異なる基地局を組み合わせたり、1つの基地局の周囲360度を複数に分割したり、ごくわずかな場所だけカバーする基地局を用意したりする、といった手法を採る。つまり、できるだけ多くの基地局を設置していくことになる。

急増するトラフィックをいかにさばくかが課題
セル設計も難しくなる

 現在も、都心部の繁華街には、数百mごとに基地局が設置されているが、これからさらにトラフィックが増えることに対しては、今まで以上の工夫が要求される。その工夫の1つとして想定されているのがHetNet(ヘットネット、ヘテロジニアスネットワーク)だ。これはカバーする面積が異なる、大小さまざまな基地局を組み合わせて構築するネットワークのことで、NTTドコモやKDDI、あるいはエリクソン、クアルコムといった企業は、HetNet向けの技術の開発を進めている。大小入り乱れる基地局が設置されると、エリア設計は複雑を極める。基地局自身に、周辺の基地局の電波をチェックして電波出力を制御する、といった仕組みもあるが、藤井氏は「単一の基地局が自律的に制御するのは、数が多すぎて難しくなってきた」と述べ、ネットワークを通じて基地局同士が連携する仕組みを採り入れたとする。

干渉抑圧技術の解説をしたソフトバンクモバイル研究本部無線アクセス制御研究課長の長手厚史氏
ネットワーク制御について解説したソフトバンクモバイル研究本部モビリティネットワーク研究課長の岡廻隆生氏

干渉を抑えて同じ周波数を利用

 今回、ソフトバンクが開発した「ネットワーク連携三次元空間セル構成技術」もHetNet向けの技術の1つ。三次元空間、つまり地上を広くカバーするマクロセル基地局とビルなど屋内に設置された複数の小規模な基地局(今回、ソフトバンクでは極小セル局と呼んだ)を組み合わせ、“三次元”的にエリアを作る際に用いるものだが、ここで前提となるのが「マクロセル局も極小セル局も同じ周波数を使う」こと。

 同じ周波数をマクロセルと極小セル局で使うと、基本的に両方の電波が届く場所では電波がぶつかり合って干渉しあい、まともに通信できない。スループット(通信速度)は極端に低下する。しかし干渉を抑えられるのであれば、限られた電波を有効に活用できる。

 今回の「ネットワーク連携三次元空間セル構成技術」では、屋外のマクロセルと屋内の極小セルとの干渉を抑える「連携eICIC」「連携セル間干渉キャンセラー」、そして隣り合うビルで、近くにある極小セル同士の干渉を抑える「学習型ビームフォーミング」および極小セル用の「連携eICIC」で構成される。そして干渉を抑えるためには、基地局同士がネットワークで繋がって連携する必要があり、それぞれを同期させる技術としてGPS、および周囲の基地局の情報を把握する「リスニング方式」が採用されている。

時間で区切る「連携eICIC」

 「連携eICIC」は、3GPPのRelease10で採用された「eICIC」(enhanced Inter-Cell Interference Coordination)を、ソフトバンクが独自に拡張したもの。

 LTEには、電波の送出を0~1023に区切る、という“独特の時計”のような考え方が採り入れられている。「eICIC」では、1つ1つに区切られた“フレーム”を複数の基地局で同期、つまり全く同じ時間・タイミングでコントロールし、「今はマクロセルが電波を発射する番」「次は極小セルの番」と時間で、電波を発射する順番を切り替えている。干渉が起きるのは、マクロセルと極小セルが同時に電波を発射している場合であり、どちらか片方が休んでいれば干渉は起きない、という理屈だ。今回のデモでは、全10ミリ秒(100分の1秒)を1ミリ秒単位、10個に区切り、マクロセルと極小セルで分け合う形として、3:7(マクロは3ミリ秒、極小セルは7ミリ秒)、あるいは5:5、はたまた10:10、0:10というさまざまなパターンの試験が披露された。

わずかにずれている2つの基地局のタイムスロット
同期してピッタリ揃えた

 ごくわずかな時間に切り替えを行うため、「連携eICIC」には、完全にタイミングをあわせるという高精度なコントロールが不可欠で、そのためにGPSを使う。ただし、屋内に設置される基地局の場合は、GPS衛星の電波を受信できないこともある。そこで、マクロセルから届く電波に同期信号を含ませておき、それを受信した極小セルはマクロセルの時刻にあわせるという「リスニング方式」もあわせて採用されている。こうして基地局同士が連携することから、今回の技術は「連携eICIC」と名付けられた。これらで同期する各基地局の時刻のズレは1マイクロ秒(μsec、100万分の1秒)以下にしなければ効果が出ないという。

5:5で配分したところ
端末が極小セル内でマクロセルに近づいては戻り……という動きを繰り返したシミュレーション。Wの字のようになっているグラフは、10:10という配分にして、干渉を受けてスピードがダウンしている様子。配分を変えて干渉しないようにすると安定する

 タイミングによって切り替えるeICICは3GPPで標準化されたものだが、もともとは1日1回切り替える、といった想定になっていた。しかし、繁華街やオフィス街では昼間と夜間で人口が異なるといったこともあり、ダイナミック(動的)にマクロセルと極小セルの時間の使い方を切り分ければ、もっと効率的に電波を使える。たとえばオフィス街では昼間は極小セルのほうがより多く時間を使う形にしておく、といった形だ。今回の実験では、手動で時間の割り当てを切り替えていたが、ソフトバンクではトラフィックの状況を見ながら、自動的にリソースを割り当てる仕組みを導入する方針だ。

 マクロセルと極小セルで、電波発射のタイミングを切り替えるときにはABS(Almost Blank Subframe)と呼ばれる信号を発射する。通信時には、まず制御チャネルという部分で信号を送り、そのあとデータチャネルと呼ばれる部分でユーザーがやり取りするコンテンツなどのデータが送受信される。ABSも本来は制御チャネルとデータチャネルの両方に含まれるが、データチャネルに含まれると干渉してスループットに影響する。そこでソフトバンクは、MBSFN(Multicast/Broadcast over Single Frequency Network) ABSという仕組みを採用した。これは、制御チャネルだけABSを入れて、データチャネルには入れないというもので、データチャネルへの干渉を除去できる。

HetNet時代の「干渉キャンセラ」

 大小のセルを組み合わせてトラフィックを分散処理していく、というHetNetだが、場合によってはマクロセルのすぐそばに極小セルが設置されることも考えられる。携帯電話端末からすると、どの電波がマクロセルから届いているのか、極小セルからなのか、判別できないことも十分あり得る。

 その対抗策が「ネットワーク連携セル間干渉キャンセラ」だ。マクロセルと極小セルの両方の電波が届く場合、「マクロ側はユーザーが多いため、できるだけ極小セルに繋がるようにしたい」(藤井氏)とのことで、端末側はマクロセルから届く電波をノイズとして処理したい。そこで、端末には極小セルから「これはマクロセルの信号だ」というヒント(送信方式情報)が届く。このヒントをもとに端末側では、「2つ届く電波のうち、こちらがマクロセル側」と、マクロセル側の電波を元に戻し(復号)、全体から差し引くことで、極小セルだけの信号を生かすのだという。これが干渉キャンセラの仕組みだ。

極小セル同士の干渉を抑える「ビームフォーミング」

 ビルが立ちならぶ場所では、隣り合うビルの中に携帯電話基地局が設置されることがある。もし隣のビルの同じ高さに基地局があれば、窓を通して、その電波が届いてしまい、干渉が発生することがある。

 ソフトバンクの「ネットワーク連携三次元空間セル構成技術」では、そうした状況への対策として、「学習型ビームフォーミング」が用いられる。これは、屋内の極小セルにアンテナを4つ用意しておき、ユーザーがいる方向にだけ指向性のある電波を発する「ビームフォーミング」で電波を届くようにする。

 もしユーザーが室内を移動して、窓から入ってくる他のビルからの電波も受信してしまう、つまり干渉の影響を受ける状態になった場合、基地局が干渉してくる隣の基地局へビームの向きを変えるよう連絡する。連絡を受けた側は、ユーザーの通信状況から、品質に影響しないビームの向きを割り出して向きを変える。これで、干渉を受けていたユーザーは、干渉から解放される。ちなみに複数のユーザーが極小セルの中にいる場合も、電波の位相を制御し、1人1人にビームフォーミングで電波が届くようにしているとのこと。

 このとき、制御を簡単に行えるようにするため、あらかじめ基地局同士は、そばにある基地局の電波を測定しておき、干渉の度合いを把握(テーブル化)しておく。特定のセルの品質が悪化すると、テーブル化したデータから干渉元を見つけだし、ビームの方向を変える、という流れになるという。

移動局にあたる装置をゆっくりと尖った四角錐の電波を吸収する壁と壁の間(窓に見立てている)に置くと干渉を受ける
干渉を受けてグラフ(赤)は下がり、スピードタウンしたが、ビームフォーミングの向きが変わると干渉がなくなりスピードが戻った

マクロセルと極小セルを使ったフィールドテスト

 室内実験では、極小セル同士の干渉を抑えるビームフォーミングの制御、そして極小セルでのeICICが披露された。時刻を同期させると、基地局同士の電波が揃い、配分を決めると、即座に反映され、その配分によって通信速度が変わることが示された。

フィールド構成図
最初はマクロセルの配分を0に

 フィールドテストでは、台場に設置されたマクロセル、そしてテレコムセンタービルに設置された極小セルと、2つの基地局の電波が届く場所を車が走る、という形で実施された。この時も連携eICICで、マクロセルと極小セルの時間の配分を適宜、変更しながら走行。最初はマクロセルを7、極小セルを7という配分にすると、6Mbps程度だったが、車が進んで台場にあるマクロセルがビルの陰に隠れると、マクロセルの影響が少なくなってやや速度がアップ。次いで5:5という配分にすると、通信速度は10Mbps前後に向上。さらにマクロ:極小を3:7にすると、通信速度は15Mbps前後になり、最後は極小セルに10にしたところ速度は20~30Mbpsになった。

 ソフトバンクでは実用化の時期は未定としつつ、将来的には三次元でのエリア設計は導入する方針とのことで、今回の技術が役立つとした。

続いて両方とも最大(配分10)にすると、速度(ピンクのグラフ)は著しく低い水準になった。マクロセルの影響を受けないビル陰に入るとスピードが上がることもわかる
5:5で事件したところ(中間のグラフ)
実験の最後には段階的に割合を変化させた(黄色のグラフ)
最終的に極小セルを最大にすると、青いグラフ(最初に極小セル最大で実験した例)に重なった

関口 聖