インタビュー

ドコモの「瞬速5G」今夏に大規模エリア拡大できるワケを担当者に聞いた

アンテナ最大で通信できない事象も6月末までに解消へ

NTTドコモネットワーク本部無線アクセスネットワーク部長 平本 義貴氏

 5G専用に割り当てられた新周波数帯を使って、エリアの拡大を目指すNTTドコモ。

 2022年3月末には約55%、翌23年3月末には約70%、24年3月末には約80%の人口カバー率を目指し、現在もエリア展開を加速させている。

 大手3社の中では、4Gからの周波数転用に頼らず、5G用の新周波数帯でカバー率を広げているのが、大きな違いだ。新周波数帯は周波数が高く、帯域幅が広いため、速度が出やすいのが特徴。ドコモでは、これを「瞬速5G」と銘打ち、アピールしている。

 5G用の新周波数帯は3.7GHzや4.5GHz帯で、電波の直進性が高く、建物などに回り込みづらい。そのため、当初はエリアも十分ではなく、5Gが利用できる場所は限定的だった。

 ところが、ドコモが公開しているエリアマップを見ると、6月6日現在(本稿執筆時点)と2カ月後の8月末で、エリアの広さが急拡大していることが分かる。スポット的だったエリアが、面的にカバーできていると言えるだろう。

 一方で、エリアが急拡大している中、5Gならではの問題も発生した。5Gの電波が弱いエリアの「端」で、通信品質が極端に低下するというのが、それだ。ahamoのスタートで5Gユーザーが一気に増えていることも相まって、SNSでは「5Gなのに通信できない」という声が頻出。本誌でも筆者が『みんなのケータイ』にそのトラブルをレポートした。

 では、なぜドコモは夏にエリアを急拡大できるのか。また、現在発生しているトラブルの解決には、どのような手を打っていくのか。

 ドコモでネットワークの計画や設計、運用を担当するネットワーク本部 無線アクセスネットワーク部長の平本 義貴氏と、同部エリア品質部門 担当部長の牧山 隆宏氏、同部エリア品質部門 品質企画担当課長の水戸 章人氏の3名にお話を伺った。

エリア急拡大の理由

――6月6日時点のエリアマップと8月末のエリアマップを比較できるようになっていますが、2つを比べると、広がり方が急拡大しているように見えます。5月にエリアマップを見たときには、7月末までの間にも、かなり広がっていることが確認できています(ドコモのエリアマップは現在と2カ月後、5カ月後が表示されるため、現時点で確認すると8月末と11月末になる)。この1、2カ月の間に、何があるのでしょうか。

無線アクセスネットワーク部長の平本 義貴氏

平本氏
 7月をターゲットに、何か特別なことをするというわけではありません。ただ、従来の装置に対して、出力を上げたものを20年9月ぐらいから設置してきています。その数が徐々に増え、結果として7月からエリアが広がっているように見えているのだと思います。

――ドコモの5GはSub-6だとn78(3.7GHz帯)とn79(4.5GHz帯)の2つがありますが、高出力の基地局はどちらなのでしょうか。

平本氏
 エリアごとになりますが、関東に関しては4.5GHz帯が中心です。衛星との干渉がどうしてもあり、3.7GHz帯は(エリアが一気に広がるマクロ局だと)使いづらい。そのため、高出力タイプは4.5GHz帯で展開しています。

――速度的には変わらないのでしょうか。

平本氏
 出力を上げると、面で捉えられるようになりますが、1周波数帯あたりの容量という観点では、(スモールセルと)同一です。広く取れば取るほど、そのぶん薄くなり(速度は出づらくなり)ます。ここはトラフィックとの兼ね合いですが、トラフィックが集中的に発生する場所については、引き続き低出力の基地局でカバーしながら、マクロでは広く取っていきます。

――出力を上げると面的なエリアは広がりますが、建物内への浸透はいかがでしょうか。高い周波数帯のため、なかなか奥までは入りづらいと思いますが。

平本氏
 高い周波数ほど屋内浸透は弱くなりますが、基地局に近いエリアであれば、屋内に浸透したとしても高い電界強度は維持できると考えています。

――より広い範囲をカバーするということは、やはり高い場所に設置しているんですよね。なかなか場所の確保が難しそうですが、いかがですか。

平本氏
 半径を取ろうとすると、高い位置から発射した方がいい。そのため、高出力の基地局に関しては、より高い位置に設置するようにしています。場所の確保は確かに大変ですが、従来の周波数で確保している基盤があるため、そちらへ新周波数を追加することを基本にしています。(ビルの上は)取り合いになっているところもありますが、既存の基盤をうまく転換しています。

既存周波数の転用による5G通信サービス

――一方で、他社が4Gから転用した周波数帯を使って、ドコモより広い5Gエリアを実現しています。ここに転用でキャッチアップするというお考えはありませんか。

平本氏
 その方針は今までと変えていません。ドコモとしては、お客様が5Gで期待される速度があると考えているため、5G用に新しく割り当てられた周波数帯を使って、しっかり展開していきます。ただし、既存バンドの5G化も、低遅延などの特徴を出すのに利用できるため、準備は進めています。いつ、どういう形で出すのかは、既存の周波数を狭めてしまうことにもなるので、今のお客様へのインパクトを見すえながら検討中です。

――ちなみに、3.5GHz帯を4Gで運用していますが、ここは5G化しやすいのではないでしょうか。あまりエリアは広がりませんが……。

平本氏
 どの周波数帯を転用するかを含めて検討中です。何に使うのかと、そのエリアに周波数帯があるのかは別の議論だと考えています。

――他キャリアの場合、DSS(ダイナミック・スペクトラム・シェアリング)で4Gと5Gを共用しているところ以外に、丸ごと5Gに転用してしまっている周波数帯もあり、後者の場合、単純な周波数の追加になるので速度が出ているような印象です。そういった形でも転用はないのでしょうか。

平本氏
 残念ながら、ドコモはすべての周波数を(4Gでも)使っているので……。

――なるほど。それを止めて5Gにするということもないんですね。

平本氏
 既存の4Gをすべて止めて5Gにしてしまうと、(4Gの端末を使っている)お客様にご迷惑をかけかねません。4G側の周波数はすべて使っているので、影響をしっかり見ながら考えていく必要があります。

パケ止まりの原因と解決法

――エリアが広がる一方で、5Gで通信できないという声が増えています。いわゆるパケ止まりですが、6月末までに対応すると発表もされました。まず、この原因を教えてください。

平本氏
 NSA(ノンスタンドアローン)という方式は、4Gと5Gの両方を使うシステムですが、いったん5Gで通信を開始したあと、特に電波が弱く、品質が悪いところで、4Gでの通信を追加せず、5Gだけでがんばってしまう場所がありました。そこに遭遇してしまい、スループットがなかなか出ないケースがありました。

――制御信号が通らないで通信が確立できないというのとは違うのでしょうか。

平本氏
 本当にスループットが出ない現象で、極端な場合だと数Kbpsになってしまっていたため、アプリ的に動かないものが出てきていました。

――そこに対して、どういった改善をしたのでしょうか。

平本氏
 5G単独ではなく、4Gを追加して通信するように設定を変更しています。NSAは5Gと4Gの両方で通信する仕様です。元々の設定は5G側だけでがんばって通信しようとしていましたが、ここを両方で通信するようにしています。この場合、少なくとも4G側のスループットが出ているので、通信はできます。

――5Gを切断して4G単独で通信するのではなく、EN-DC(NSAで4Gと5Gを合わせて使うキャリアアグリゲーションのような仕組み)の4G側を使うようにした、ということですね。元々NSAはそういう仕様だったと思いますが、なぜ5G側でがんばってしまったのでしょうか。

平本氏
 いろいろなパラメーターを調整して、実際に何で通信するかを決めていましたが、その設定がうまくいっていませんでした。

牧山氏
 元々は、(キャパシティの大きな)5G側でデータを流そうという思想でしたが、より早めに4G側でデータを流し始めなければいけなかったということです。

エリア品質部門 品質企画担当課長の水戸 章人氏

水戸氏
 ショートパケットを使う方も多く、まずは5Gで通信を終わらせてしまうという思想でした。

――なるほど。そこを引きずって、データが流れなくても5Gのままになっていたということですね。4Gを加えると、そちらの負荷が増えることになりますが、いかがですか。

平本氏
 そういう意味では、トラフィックは5Gと4Gの両方で処理していくことになります。5G化に関しても、まだまだ進めていきますし、エリア端をオーバーラップさせるところも増やし、5Gは5Gで通信できるようにしていきます。

――通信できない場所は、電波強度が低いエリア端でしたが、そこを見つけるのは結構大変なのでは……と思います。

平本氏
 今回の事象で非常に苦労しているのが、原因をつかむことでした。発生した場所を見つけるのが大変で……。発生時のログを取り、原因究明をするまでに時間を要してしまいました。また、基地局側のパラメーターを変えることになるため、ここを変えたからといって、ほかに影響が出てはいけません。効果確認とともに、ほかへの影響が出ないかを確認しているところです。いろいろなお声はいただいているので、早急に直さなければいけないのですが、今の時点での取り組みとして最短が6月末になります。

エリア品質部門 担当部長の牧山 隆宏氏

牧山氏
 ただし、6月末というのは、全国で完了する日程です。場所によっては、もう少し早く終わっているところもあります。

――NSAを使った高い周波数帯の5Gは、海外でも一般的です。先行して商用化した国や地域で、似たような事例はなかったのでしょうか。

平本氏
 標準化された仕様には則っていますが、どのリソースをどう使うかは設定次第なところがあります。ですから、実際に海外でそういった事例が起きているのかどうかは把握していません。

今後のエリア展開とSA方式

――マクロ局が増えればオーバーラップするエリア端も増えるので、ある程度その効果も出そうですね。現状では、どういった場所をエリア化しようとしているのか、改めて教えてください。

平本氏
 エリアは展開していきたいと考えています。22年3月末で人口カバー率55%と言わせていただいていますが、基本はトラフィック需要が高いところや、お客様がたくさんいるところで、駅周辺や商業施設、オフィス街からと考えています。もう1つ、5Gでは法人ソリューションとの連携もあり、法人部門とは密にやり取りしています。企業との連携で、5G化してほしいという場所については、都市部に限らず並行してエリアを展開しています。

――8月末から「home 5G」(関連記事)が始まります。あちらも4Gは使えますが、5Gで通信した方が速度も出ますし、キャパシティも確保できそうです。住宅街の5Gエリア化はいかがでしょうか。

平本氏
 状況は同じで、基本は都市部に近いところからになりますが、広げていく方針です。

――マクロ局が増えても、4G並みになるまではまだ時間がかかり、エリアの穴もあると思います。そういった穴はどうやって見つけているのでしょうか。

平本氏
 5Gだからということではないですが、従来からトラフィックを見たり、牧山の部隊がしっかり現地で測定してきたり、お客様の声を聞いたりということはやっています。それに加えて、最近力を入れているのが、「エリアプランナー」です。全国に200人、エリアを専門に見る部隊を作っていて、このエリアはこの人というように属人でやっています。今の状況をしっかり把握し、何か改善をするときにはその人に提案するというのは、かなり特徴的なところです。

牧山氏
 各支店にそういう人がいます。例えば埼玉なら埼玉支店、千葉なら千葉支店にそういった人材を配置しています。東京駅のように重要なエリアに関しては、エリアプランナーもかなり細分化しています。

平本氏
 3G、4G、5Gと3世代の運用をする中でかなり複雑になってきているので、マクロで見るより、エリアごとの特性を把握するメンバーを作り、その人の意見を反映させて対策を打つようにしています。

――3Gから4Gのときと比べて、5Gのエリア展開の難しさはどこにあるのでしょうか。

平本氏
 人によって意見は違うと思いますが、私の感覚では周波数の高さです。4Gでベースがある中で、5Gの高い周波数が入っているので、リンクの仕方をしっかり把握し、それに適した4Gと5Gの組み合わせを考えていくのは大きな課題です。今回起こった問題も、その課題の一端だと考えています。

牧山氏
 NSAの状態でeLTE(enhanced LTE)と組み合わせていますが、eLTEにはいろいろな周波数帯があります。どのLTEで待受けたときに5Gで通信するのかも、きちんと設定していく必要があります。LTE側の(eLTE化)設定を忘れてしまうと、5Gが使えないですからね。ただ、なんでもかんでも設定すればいいかというと、それも違います。ピクトに「5G」と出て、期待されても5Gにつながらない場所が広がってしまうからです。それをバンドごとに設定しなければいけないので、足元ではかなり苦労しています。

平本氏
 展開が広がり、5Gがオーバーラップしてくれば問題ないのですが、今は過渡期だと捉えています。

――その辺は、SA(スタンドアローン)が導入されると、よりシンプルになるのでしょうか。

平本氏
 SAは5Gの中に閉じた制御になるので、よりシンプルになります。

――今の端末はそのまま使えるのでしょうか。

牧山氏
 そこも含めて、まだ検討中の段階です。

――本日はどうもありがとうございました。